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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第八章 箱入り娘の冒険/悪意の降臨
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92.魔導刀・翼颴

 ピースに貸していたマナ・ライド。その中に仕込んでいたのはマナ・ポインタ。

 かつて、シンの窮地をフェリーが救う。その切っ掛けとなった魔導具。


 少量の魔力でも作動し、相手の位置を知る事が出来る。

 他のマナ・ポインタとの干渉を考えて世に流通させる事は止めた。

 だが、自分が使用する分には役立つからといくつかを作成していた。


 その結果、廃教会(ここ)を簡単に見つける事が出来た。

 おあつらえ向きの怪しさ満点な建物。中から聞こえてくる騒音。

 面倒事が起きているという事は想像に難くない。


 マレットは足早に廃教会の中を進んでいく。

 段々と大きくなる騒音と悲鳴が、緊急性を伝えているようだった。


 事実、マレットが石造り部屋へ到達した時には、既に地獄絵図が完成しつつあった。

 頭から血を流しながら、蹲るピース。

 床を濡らし、小刻みに震えている黒いローブの女。

 身体の様々な所を失い、血を床へ垂らしている肉塊。

 

 極めつけは、黒と白が入り混じった達磨のような怪物。

 真っ黒に染まり、肥大化した左腕。そのアンバランスさが、マレットに警鐘を鳴らした。


 その危険を感じさせる左腕(それ)が、ピースに向かって振り上げられている。

 あれを振り下ろさせてはいけない。マレットの直感が、銃口を怪物へ向けさせた。


 重力弾グラヴィティ・バレットを放つ。巨体が幸いしたのか、上手く怪物へ命中をした。

 増幅された重力が、怪物の巨体を地面へ圧し潰す。

 

 代償として、銃を持つ右腕が反動で痺れる。シンしか扱わないという事で、全く使用者への負担を考慮していなかった。

 むしろ、彼は反動(それ)に文句を言った事が一度も無い。泣き言を一切言わない事が、今は裏目に出ていた。

 実験台(サンプル)でもあるのだから、きちんと報告をして欲しいものだと舌打ちをした。

 

 ……*


「色々、訊きたい事はあるが。まずは目の前の怪物(コイツ)だ。

 ピース、何があったんだ?」


 地面に縫い付けられている邪神から離れ、ピースはマレットの元へと駆け寄る。

 恐らく魔導弾(マナ・バレット)を放ったのだろう。流石というべきか。

 使用者が変わっても、その威力は健在だった。

 

「こいつは、邪神だ」

「コイツがか……?」


 マレットは眉を顰めた。散々、色んな人間をひっかきまわしている存在が、目の前に居る。

 ただ、『神』と名乗るにはあまりにも醜い。

 

 図体はでかいだけで、知性も品性も逞しさも感じられない。

 そこいらの魔物の方が、余程可愛げがある。


 同時に、彼女はこうも思った。

 シンからの手紙に綴られていた怪物。それに近しい存在なのではないかと。

 だったら、その存在は不完全ではないのかと。


「こいつ、もしかして完成していないのか?」

「分かるのか、マレット!?」

「いや、今かなり適当に言ったが。

 『神』を名乗るにしては、あまりにも不細工だろう」


 不完全だと考えた根拠はそれだけではない。

 シンから渡された指輪の石は、真っ黒だ。ドス黒く、悪意を煮詰めたような不快な色。

 この邪神からも、その片鱗を窺う事は出来る。だが、同時に白い部分が身体に巻き付いているように思えた。

 まるで黒の行動を縛るような印象を、マレットは持っている。


「それはおれが邪魔をしたからかも……」

「なんだ、それ? まあ、いいや。その件は後で訊くとして……だ。

 邪神(コイツ)を、どうするんだ?」

 

 マレットが顎で邪神の方向を示す。

 重力弾グラヴィティ・バレットの支配下にある邪神は、石の床に身体をめり込ませながらを起き上がろうとしている。

 このまま重力弾グラヴィティ・バレットの効果が切れれば、堂々巡りになるのは明白だった。


「……こいつは、放っておけない。ここで叩きたい。

 マレット、あれを撃てるか?」


 ピースが示したのは、左腕が抉れたように欠けた石像。

 マレットにはそれが何か解らない。だが、所々反射する光からそれが魔石を用いている事は解った。

 そして、地面に描かれている魔法陣。


(石像を媒介にして、神を召喚した? いや、そもそも召喚という表現が正しいのか……?)

 

 確認できる情報を元に、自分なりに『神』について分析を試みる。

 時間が欲しい所だったが、実際に生み出された邪神を前にピースが焦りを見せている。


 本来なら石像はきちんと調べたい代物だったが、彼の様子を見ているとそんな我侭が許される状況ではなさそうだった。

 マレットは稲妻弾(ブリッツ・バレット)を、石像へ向かって放つ。


 銃口から放たれた稲妻は、石像とは全く関係ない天井へと放たれた。


「……マレットさん?」


 ピースが信じられないという顔でマレットを見る。

 ちょっと外した程度ならともかく、飛んでいったのはあさっての方向だ。


「悪い、アタシじゃ無理っぽいわ。

 さっきの重力弾グラヴィティ・バレットでまだ手が痺れてる」


 右手をプラプラと振りながら、マレットは言った。

 重力弾グラヴィティ・バレット一発で、普段身体を動かす事のない彼女の手首は限界が訪れた。

 更に言うなれば、邪神に一発目が当たったのはたまたまだ。

 素人が撃って簡単に当たる代物として、この武器は作られていない。


「ちょっ、マジか……」


 ならば自分が魔導刃(マナ・エッジ)で破壊するべきだと、ピースが前に出る。

 同じ時をもって、地面に這いつくばっていた邪神が自力でその縛りから抜け出そうとしていた。

 再び相見える事は避けられそうにない。


「……やっぱ、アイツとやるしかないのか」


 正直に言って、魔力がどれぐらい残っているかをピース自身も把握をしていない。

 魔導刃(マナ・エッジ)が形成できなくなったら終わりだが、希望は魔導刃(それ)しか残っていない。

 最悪、マレットだけでも逃がすべきかと考える。


「ピース、これ使え」

「……これは?」


 そんな彼の迷いを見抜いたのか、差し出されたのは一本の剣。

 鞘から抜くと、片側にだけ刃がある。ピースがすぐに想像したのは、刀。

 刀身は短いが、美しい翠色をしている。初めて見る魔導具だった。


魔導刀(マナ・ブレード)翼颴(ヨクセン)魔導刃(マナ・エッジ)を発展させた魔導具だ。

 魔導石(マナ・ドライヴ)の方も――」

「ごめん、今ちょっと余裕ない! 後で絶対にちゃんと聞くから!

 そんで、ありがたく使わせてもらう!」


 本当はきちんと、マレットの話を聞きたかった。魔導刃(マナ・エッジ)との違いが、一体何なのか。

 ただ、動き始める邪神がそれを許してはくれない。

 

 ぶっつけ本番で全く扱えない物を、この状況で彼女が渡すはずもない。

 その信用から、ピースは魔導刀(マナ・ブレード)に残った魔力を込めていく。

 翠色の刃を魔力が包む。刀身が延びるように、透き通る翠色の刃が形成された。


 体感だが、魔導刃(マナ・エッジ)より多くの魔力を吸い取られている感覚に追われる。

 それと同時に力強さも感じていた。媒介の段階で形状が安定しているからか、より剣としての機能が高まっているように思う。

 もうひとつ、魔力の流れがスムーズになっているような気がする。


 魔導刀(マナ・ブレード)に搭載された魔導石(マナ・ドライヴ)は、マレットが新たに創り上げた新型だった。

 魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)と、彼女は後に名付ける。


 起動時に魔導石(マナ・ドライヴ)内で魔力を循環させ、中でその力を最大限に増幅させていく。

 その代償として必要とする魔力は、過去の物より遥かに多い。マギアの人間で、扱えるものは居ないと断言できる程に。

 実質的には、ほぼピースやフェリー専用で創った魔導石(マナ・ドライヴ)だった。


 そして、彼はマレットの期待に応えて見せた。

 魔導刀(マナ・ブレード)を起動し、蝋燭の灯りが翠色の刃を照らす。

 後は、邪神に打ち勝つという結果を見せるだけであった。


 重力弾グラヴィティ・バレットの呪縛を破り、立ち上がる邪神。

 折れたはずのか細い脚は、いつの間にか真っ黒な者が生えている。

 喰らった人の肉や、魔石でできているような歪や色や形。薄気味悪さが増強されていた。


 間近で見ていれば、思わずたたらを踏んだであろう。

 幸いなのは、距離がある事。そして、足元を気にする余裕が無かったという事。

 立ったという事実に驚きはしたが、元々自分の理解が及ばない怪物。千切れた脚が生えてくる事もあるだろう。

 ピースは自分にそう言い聞かせた。


 魔導刀(マナ・ブレード)を振りかぶり、邪神へと叩きつける。

 前に繰り出されるのは、漆黒の左腕。魔力で形成された魔導刀(マナ・ブレード)の刃が、総てを喰らう左手に触れる。


 今まで物質、魔術を問わずにあらゆるものを喰らい尽くしてきた邪神の左腕。

 魔導刀(マナ・ブレード)で生まれた刃は、それに反発するかのように刃の形を保っている。

 正確には、全く喰われていない訳ではない。ただ、循環した魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)が破壊を越える速度で再生をしていく。


「ぐ……っ」


 しかし、それは同時にピースの魔力を今までの比ではない速度で奪っている事を意味する。

 脱力感が、身体を侵食し始める。完全に魔力が切れるまで、猶予が少ない事をピースは感じ取った。


「まけ……るかあっ!」


 歯を食いしばり、残る力を全てを注ぎ込む。体重を乗せ。この左腕を斬る。

 力を込めるピースに反発するような形で()()は起きた。


 突如、魔導刀(マナ・ブレード)の刃が折れる。根本から、ぽっきりと。

 マレットがつけてくれた実体部分が宙に舞い、いくつもの破片となって空中に散る。


「え……。ええぇぇぇぇ!? ちょっと、マレットさぁん!?」


 実体部分が失われても、魔力で形成した刃は形を保っている。その点のケアは流石マレットだと思った。

 だが、同時にこうも思う。機能に変化が無いのであれば、何故刀身を付け持ち運びを不便にしたのか。


「いや、()()()()()。ピース、死んでも魔力を切らすなよ」

「は!?」


 魔力を途切れさせるなという意味は解る。そうなった瞬間、自分はこの邪神(かいぶつ)に喰われてしまうだろう。

 それよりも、マレットが言った言葉。「それでいい」とはどういう事なのか。

 ピースはその答えを、言葉より先に体験する事で理解する。


 いくつもの、魔力を帯びた物体が宙を舞っている。

 それは美しい、翠色を放っていた。


「な、なんだこれっ!?」


 宙に舞うのは、折れた魔導刀(マナ・ブレード)の刃。いくつもの破片が、意思を持っているかの如くピースの周囲に浮いている。

 魔導刀(マナ・ブレード)に搭載されたもうひとつの武装、『(フェザー)』。

 刀身自体にも、魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)の機能が組み込まれている。

 魔力が注ぎ込まれた『(フェザー)』は、自立した小型の魔導刃(マナ・エッジ)と化す。


「ピース、やれ」

「……任せろ!」


 感謝より先に、感動がピースを襲う。

 生前の自分が見たフィクションの物語。その武器を元にして、魔導具を生み出してくれた。

 しかも、こんな短期間で実用できるレベルにまで仕上げてくるとは思っていなかった。

 彼女は十分すぎるほどに期待に応えてくれた。後の結果は、自分次第だ。


 『(フェザー)』の操作は、実に直感的だった。

 かつて、アメリアが教えてくれた言葉を思い出す。

 魔導刃(マナ・エッジ)は詠唱とイメージを受け持ってくれるという話。

 天才発明家(マレット)師匠(アメリア)の正しさを、自分が証明するだけだった。


 『(フェザー)』が部屋中を舞い、刃となって邪神の死角から襲い掛かる。

 致命傷には至らないが、その一撃は表面を確実に少しずつ削っていく。

 それを鬱陶しそうに払う邪神。意識は、完全に『(フェザー)』が奪った。


 邪神へ放った『(フェザー)』はそれが全てではない。

 残った数枚の『(フェザー)』が、邪神の意識から消えた瞬間を見計らう。

 風切り音が部屋に響くと同時に、『(フェザー)』が石像を貫いた。


 刹那、頭を天へ向け、風切り音を遥かに超える叫び声を邪神が放つ。

 まずは左腕がポロリと砕ける。それが『核』だったのか、黒と白が混じり合った身体は砂のように崩れていった。

 最後に総てを喰らい尽くし、この場を恐怖に染めた黒腕。それすらも、炭のようにボロボロと崩れて消えてしまった。


「終わったか」


 全ての挙動を見逃さないとしていたマレットが、呟いた。

 その言葉を聞いた途端、ピースの張り詰めていた糸がぷつりと切れた。


「……はあああああぁぁぁぁぁ」


 尻餅をついて、固く握りしめていた魔導刀(マナ・ブレード)がカランと床へ転がる。

 襲い掛かる脱力感が、彼をそのまま横たわらせた。

 魔導刀(マナ・ブレード)も、『(フェザー)』も、もうただの板と棒と化している。

 ピースの魔力は完全に、使い切って空っぽとなっていた。


「まぁ、なんだ。……おつかれさん」


 彼の元へと歩み寄り、見下ろしながらマレットはケタケタと笑う。

 その笑いを見て、ピースは心から安堵した。


「なんだあ、お前、またムネ見てんのか?」

「……じゃあ、そんな体勢しないでくれよ」


 マレットがまたケタケタと笑うと、釣られてピースも頬を緩ませた。


 ……*


 精根尽き果てたピースを連れ、マレットはロベリアの街で一泊する事を提案した。

 もう思考する体力すら残っていないピースは素直に頷き、ロベリアの宿で一晩を過ごす。

 

 翌日、ロベリアから西に進んだ海岸を目指し、ピースとマレットはマナ・ライドに跨る。

 それと、ピースの背中にもう一人。廃教会で唯一生き残ったローブの女。名をコリスと言うらしい。

 彼女は僅か15歳の少女だった。魔術師という存在に憧れていた少女。


 憲兵に突き出す事も考えられたが、マレットがそれを止めた。

 どうやら、ゼラニウムを出る時にひと悶着あったらしい。

 自分の動向を知られるのはまずい。そして、邪神に関する情報が少しでも欲しいと手元に置く事を提案した。

 

 コリスが抵抗する可能性を考慮して、連れていく際に拘束する事も視野に入れていた。

 だが、彼女はあっさりとピース達との動向を決める。むしろ、連れて行って欲しいと懇願をしてきたぐらいでピースは驚いた。

 

 魔石なしでは碌な魔術も使えない彼女を、二人は脅威として認識していない。

 結果、暴れないのであれば拘束をしない事に決めた。

 情報を得るにしても、敵意を見せないほうが話してもらえるだろうという判断でもあった。


 それを聞いて、コリスも胸を撫で下ろしていた。

 どうやら、一人でこの場に取り残される事を恐れていたらしい。

 邪神の顕現が不完全かつ、大量の死者を出した自分を組織は生かしておかないだろうと語っていた。

 その辺は、旅の途中でじっくりと訊く事にする。


 三人が目指す先は、ミスリア。

 それはミスリアが疲弊するという情報と、コリスが邪神を顕現させる前にミスリアで命令を受けていた事に由来する。

 ミスリアでも、マギアでも起きた騒動。その中心は、間違いなく魔術大国ミスリアだった。


「よし、行くぞ」


 マレットの言葉に、ピースは頷いた。

 アメリアやセレン、ゴーラと言った恩人への再会。

 そこにはもしかするとシンやフェリーも居るかもしれない。


 出来れば、再会を喜び合いたい。

 そのためには、色々と知らなければならない。知っている事を伝えなければならない。


 今一度、ミスリアへ向かう為にピースはマナ・ライドを走らせた。

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