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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第八章 箱入り娘の冒険/悪意の降臨
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87.ピースの胸騒ぎ

 ゼラニウム。

 マギアの誇る天才かつ天災発明家、ベル・マレットが住まう街。

 古市にはマレットの生み出す発明品。その遺物がゴロゴロと転がっている。

 中には、マレットの興が乗らなかった為に量産されなかった物も転がっている。

 それらを参考に、彼女の技術を盗もうとする者達が集う場所でもあった。


 だが、マレットの域にまで届いたものは居ない。

 それはひとえに、魔導石(マナ・ドライヴ)の存在が大きい。

 魔石を改造して造られたそれに、魔力の塊以上の意味を持たせる事が出来るか否か。

 ベル・マレットへ至るまでの境界線は、そこにあった。


 ただ、この雰囲気は好きだった。活気があって、独特の雰囲気がある。

 自分が売り買いする訳でも無く、ただ雰囲気を楽しむためにあえてこの道を選んでいる。

 

 しかし、ピースがゼラニウムの街を歩いていると、ひそひそと噂話をされる事が増えてきた。

 噂話の内容は大体同じで、「マレットの奴隷」だとか「マレットの実験台(モルモット)」だとか好き放題言われているのが聞こえてくる。

 

 枕言葉に「マレットの」とつくのは、それだけ存在が大きい証拠でもあるのだろう。

 だが、その多くは良い意味で使われていない。


 理解しがたい存在への怖れなのか、自分達より高みにいる者への嫉妬なのか、どうにも気に障る言われ方をする。

 マレット自身は「好きに言わせておけばいいだろ」と言っていた。きっと、慣れているのだろう。

 彼女がそういう方針だからこそ、ピースも反論はしていない。だが、好きな雰囲気を壊されるようで、嫌な気持ちにさせられる。


「あれ、マレットさんトコの」


 一人だけ、例外がいた。

 かつてシンに殺し屋をさせ、マレットの権力に屈した貴族。

 白く輝く歯を見せる、筋肉質な中年の男。ペラティス。


「ペラティスさん。こんにちは」


 挨拶だけをすると、ペラティスはニカッと笑い白い歯を見せた。

 頻繁にマレットの家へ魔石を持って現れる為に、ピースとも互いに顔見知りぐらいにはなっている。


「ピース君だっけ? 今日はギルドに行くのかい?」

「はい。この辺の土地勘を掴むのも含めて。

 ペラティスさんは、魔石集めですか?」

「ああ、その通りさ」


 ペラティスはそう言うと、力こぶを作って見せた。

 ピースの知っている彼は、好漢とまではいかないが気の良い男だった。

 過去に奴隷市を仕切っていたり、シンを殺し屋として飼いならそうとしていたとはとても思えない。


「あの、ペラティスさんって昔は奴隷市を仕切ってたんですよね?

 今は、こんな下っ端みたいに魔石を集めても平気なんですか?」


 その事が禁句(タブー)ではないと、マレットから教えてもらっている。

 なので、ピースはそのまま思った事をぶつけてみた。

 マレットが居たなら、きっと彼は本心を語らないだろうから。

 尤も、自分がマレットの家に居候をしている事を把握しているのだから、この場もおべっかで済ます可能性も勿論あるけれど。


「ううん。そうだな――」

 

 ペラティスは腕を組み頭を捻る。

 下手な事を言ってはいけないと、言葉を選んでいる風ではない。

 ただ、素直に人へ説明をした事が無いから困っている。そんな様子だった。


「まあ、最初は『一生、この女の小間使いが確定した』ぐらいには思っていたかもしれないね。

 だけれど、今は感謝しているかな」

「感謝?」


 意外な単語が出てきたので、ピースは思わず復唱をしてしまう。

 ペラティスは頷くと、そのまま続ける。

 

「そう、感謝。マレットさんどんな魔石でも買い取ってくれるし、量も必要としてくれる。

 あのまま奴隷市を続けていても、僕はきっと人から怨まれていただろう。

 いつかは手痛いしっぺ返しを喰らっていたかもしれない。それを思うと、今は誰にも怨まれない。

 昔よりずっと、過ごしやすくなった気がしているよ」


 嘘を言っている雰囲気では無かった。

 確かに、奴隷市なんて要するに人身売買だ。

 マレットの話ではクリーンな商売を売りにしていたらしいが、いつ誰に怨まれてもおかしくはない。

 神経がか細い人間であるならば、耐えられなくなるかもしれない。

 そう思うとマレットの介入で足を洗えたというのは、ペラティスにとっても僥倖だったのかもしれない。


「そういうピース君は、どうしてマレットさんのところに?」


 どう伝えるべきかと、ピースは頭を悩ませる。

 彼にあまり本当の事を言いふらす気にはなれない。

 今はこの通り改心しているかもしれないが、シンとのいざこざも聞かされている。

 シンに感謝をしているピースとしては、ペラティスを完全に信用するには至ってはいない。


「ちょっと特異体質で、マレットに診てもらってるんですよ。

 元々はミスリアにいたんですけど、シンさんの紹介でゼラニウム(ここ)まで来ました」

「そうなんだ。大変だったね」

 

 シンの名前を出した途端、ペラティスの眉がピクリと動いた。

 笑みこそ崩してはいないが、複雑そうな顔だ。

 マレット曰く和解済みらしいが、ぎこちなさは残っているようだ。


「そ、そういえば。この間来たときに、南部に不穏な動きがあるって言ってませんでした?

 あれって、何かあるんですか?」


 微妙な空気に耐えられなくなり、ピースが話題を変える。

 実際、気にはなっていた。マレットの話では、過去にも内乱があったという。

 魔導石(マナ・ドライヴ)を爆弾代わりにした結果、大量の死者を生み出したと。

 そして、南部の人間は魔導石(マナ・ドライヴ)を開発した自分を怨んでいるだろうとも。


 その残党が、マレットへ怨みを晴らそうとしているとすれば。

 魔導石(マナ・ドライヴ)を作ったのは紛れもなくベル・マレットだ。

 報復の対象に選ばれてもおかしくはない。それが逆怨みだとしても。

 

 彼女自身は戦闘能力を持たないただの人間だ。何かあるのなら、自分が護らなくてはならない。

 シンがフェリーを撃った時のように、自分の思い違いならそれでも良かった。

 前世のように楽観視した結果、友が傷つくよりはずっといい。


「ああ、それなら……」


 ペラティスは右手の親指を立て、自分の背中に向けて指し示す。

 顔を合わせないように、目線を合わせないように。

 意図を汲んで、ピースも横目で彼の親指が示した方向を確認をした。


 その先に居るのは、黒いローブを着た人間。三人いるようだが、ローブに隠れて顔はよく見えない。

 彼らは身振り手振りで、大げさなパフォーマンスを見せながら市場を通る市民へと語り掛けていく。


「この国は、魔導具で繁栄を成し遂げた!

 しかし! 同時に多くの犠牲を生み出した!

 高価な魔導具は貧富の差をより広がらせ、貴族だけがその私腹を肥やしている!

 それでいいのか? 否、立ち上がる時は今なのだ!」


「……そうなんですか?」

「まさか。マレットさんが貴族に媚びるような人間だと、思うかい?」

「そりゃ、ごもっともですね」


 ペラティスの言う通り、マレットなら誰が相手だろうが気に入らない人間に魔導具を譲るような真似はしないと思う。

 逆に言えば、気に入りさえすればシンやフェリーのように貴重な魔導具を惜しげもなく譲ってもらえる。

 勿論、資金調達だとか色々理由はあるから全てが当て嵌まる訳ではないだろうが。

 実際のところは、貴族がマレットの顔を伺っていると言った方が正しいように思える。


「マギアも魔導具の存在により、急速に発展を遂げた国だからね。

 ただ、それに反対する人達も居たんだ」

「それが、南部の人間?」


 ペラティスはこくりと頷いた。


「元々、南部は遺跡から古代魔導具(アーティファクト)が発掘されるということで、マギアでも栄えていたんだ。

 ただ、魔導具が出来るとみんながそっちへと走った。

 そりゃそうさ。命を懸けて使えるかどうかも解らない道具を発掘するより、役に立つ事が判っている魔導具を使いたいに決まっている」

 

 勿論、そういった事情が一番最初に出てきたのは間違いないだろう。

 しかし、ピースが思うに魔導具の最大の利点(メリット)は量産性に尽きると思う。

 欲しい道具。こんな事が出来ればいいなという物が、自分も手に入れる事が出来る。

 それが流行(ブーム)を生み、文化として根付いていったのだろう。


「じゃあ、あの人達がしている事は……?」

「やっかみだよ。マギアの人間は、みんな解っているさ。

 この国が豊かになったのは、間違いなくマレットさんのお陰だって」


 肩を竦めながら、ペラティスは言い切った。

 確かに、ローブを着た三人の言葉に足を止めて聞き入る者は居ない。

 市民も皆、解っているのだ。魔導具がどれだけ、この国に反映を齎しているのかを。


 ピースは胸を撫で下ろした。

 ゼラニウムの市民が暴徒となって、マレットの身に危険が及ぶ事はなさそうだ。

 いくらマレットがこの街で浮いていると言っても、それなりの敬意を持たれている事はなんだか嬉しかった。

 それなら、陰口を言うような事は減らしてもらえるとありがたいのだが……。

 

 ただ、ペラティスはこうも続けていた。

 最近、大量の魔石を集めている輩が居るらしいと。

 大きさも濃度も気にしていない。まるで、マレットのように。

 採掘された魔石が南部に運ばれているという情報を入手したので、マレットへ注意を促していたとの事だった。


「何を企んでいるかは、解らないけどね」


 ペラティスはそれだけ言い残すと、魔石の採掘があるからと行動を別にした。

 市場に残ったピースは、黒いローブの集団に視線をやる。

 冷やかしの人間以外が足を止める事は無い。それにも関わらず、淀みなく彼らは叫び続ける。

 その姿に、少しだけ畏怖を覚えた。

 

「我々には、魔導具だけではない! 神がついておられる!

 今はまだ、そのお姿を現してはいない。しかし、その御霊は常にお傍に在られる!」

 

 古市を去る前に聞こえた単語。

 前世なら、聞き流していただろう。だけれど、今はその言葉が引っかかる。

 『神』という、その存在に。


 ……*


「おれ、なに見てんだろ……」


 ピースは自嘲気味にそう呟くが、行動自体に迷いは無かった。

 ゼラニウムのギルドで、ふと目に入った依頼。

 内容自体がどうというものではない、気になったのはその場所だった。

 

 南部のダチュラという街。そこへ、物資を運ぶという依頼。

 物資の中身はゼラニウムで造られたお菓子と、果実や野菜と言った傷みやすい食べ物。

 だから、とても急いでいるという。


 その依頼を手に取り、考える。ペラティスの話を聞いて南部の様子が気になってしまった。

 あのローブの集団が、ただ市民を煽っているだけで終わるとは思えない不安。

 勘ゆえに、ピース自身もそれを言語化出来ない。

 ただ、文句や不満を口にするという事ははっきりと負の意思を表示している事になる。


 そういった人間は賛同する人間や同調する人間を取り込みやすい。

 取り込んだ人間が、更にはっきりと断れないぐらい力の差がある人間を巻き込む。この世界で言うなら、奴隷が最も当て嵌まりやすいだろうか。

 最終的に捨て駒にされるのを理解していても、弱い人間は居場所としてその身を置かざるを得ない。


 自分がかつて風祭祥悟だった時に、親友の受けた嫌がらせがまさにそのパターンだった。

 今回の件がそうなるとは限らない。ただ、あの街にはマレットがいる。

 彼女にヘイトの矛先が向いた時、きっと自分は同じ過ちを繰り返してしまったと後悔するだろう。

 そう考えた時に、自然と南部が気になっていた。


 問題は、依頼の達成だった。

 急いでいる事からマナ・ライドの使用が推奨されていると依頼書に記載されていた。


 市場に出回っているマナ・ライドの値段を確かめると、とても手が出る代物では無かった。

 あれの改造品を盛大に爆弾として扱ったシン。彼はどんな気持ちで稲妻弾(ブリッツ・バレット)を撃ったのだろうか。

 そうまでして護ってくれたのだと、改めて彼に感謝をした。

 同時に南部へ行くには彼女の力が必須だという事を、改めて理解させられた。


「どう説明しようかな……」


 マレットならば、マナ・ライドを持っている。

 どう言えば、すんなり貸してもらえるだろうか。


 賢しい彼女をどう説得するか。

 ピースは頭を悩ませながら、マレットの屋敷へと踵を返した。


 古市では、まだ黒いローブの集団が声を張り続けていた。

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