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システムは名探偵の夢を見せるか

「――名探偵になってみる気はない?」



 放課後に行われる月例委員会の後。無人の教室に戻り帰り支度をしていたときだった。そんな誘い文句でクラスメイトの愛波あいば謳子おうこが声を掛けてきたのは。

 ミステリアスな雰囲気を纏っている愛波とは、委員会が同じこともあり話す機会は多い。普段から俺をよくわからないことに巻き込んでくれる彼女だが、今回の台詞はその極めつけだった。

 一応、尋ねてみる。


「誰が?」


 俺が尋ねると、愛波はくつくつと喉を鳴らした。その仕草に合わせて長い黒髪が微かに揺れる。何かおかしなことを言っただろうか。


「もちろん。鳴須めいす衣理いりくん、貴方よ」


 愛波は悪戯っ子のような表情で笑って、続ける。


「おめでとう。貴方は誰でも(Daredemo)名探偵(Detective)だぜ(Daze)システム(System)――通称『ス○ーDS』のテスターに選ばれたわ」


 何だそれ。


 にこやかに告げる愛波には悪いが、それが俺の正直な感想だった。

 ス○ーDS。と聞いて真っ先に思い付くのは、某ゲーム会社の携帯ゲーム機だ。だが、愛波が言っているのはどうやら違うらしい。何と言っていたか。確か。


 ――誰でも何処でも名探偵システム、だったか。


 何ともふざけたネーミングだ。あまりに酷過ぎて、もはやギャグですらない。大方、『3DS』の略称から思い付いたパターンだろう。

 まあ、それはともかく。


「――辞退する」


 俺は端的に言った。

 愛波が持ち込んでくることなど間違いなく面倒ごとだ。関わろうものならばロクなことにはならないだろう。


「困ったひとね。またそんなことを言って……」


 さも、俺の本心はわかっている、とでも言いたげな口振りで愛波は言った。まったく。甘く見られたものだ。俺が本心をそう簡単に明かすとでも思っているのか。


「でも、口では何と言おうと、本当はやりたいんでしょう? 鳴須くんは天邪鬼だものね」



 何でバレたァ――!?



「驚いているようだけど。鳴須くんって興味があるとき口元が緩むからわかりやすいのよ」


「え。本当に?」


 思わず口元に手が伸びる。そんな癖があったなんて気がつかなかった。以後気をつけよう。


「もちろん嘘よ」


「嘘かよッ!」


 何故、愛波は呼吸するように嘘がつけるのだろう。危うく騙されるところだったではないか。危ない危ない。しかし、わかっていたことではあるが、再度認識する。愛波謳子は悪女であると。


「さて、鳴須くんも乗り気なことだし。早速やってみましょうか」


「その前に『ス○ーDS』とやらを説明しろよ」


「そんな……私の口から言わせないでよ……」


「俺にどうしろとッ!」


 何で頬を赤らめながら目線を逸らした?


 愛波から言い出したことだよね?


 しかし、愛波は俺の叫びを気にした様子もなく、鞄から取り出した某携帯ゲーム機型の端末を取り出した。その端末を確認しながら口を開く。


「――百聞は一見に如かず、と言うわ。難易度は『易しい』にしてあるから、試しにやってみなさい」


「一聞ぐらいさせてくれよ!」


 俺が抗議している間にも端末を確認している。そのまま俺に目もくれず答える。


「答えようがないのよ。私も使うのは初めてだから」


「……」


 ん? いま、なんか怖いこと言わなかった?


 俺が先の発言に引っ掛かっていると、確認が終わったらしく愛波は端末から顔を上げた。その愛波に問う。


「……お前、動作確認とかしてないの?」


「当たり前でしょう。それをするのは貴方の役目よ、鳴須くん。貴方はモルモッ――テスターなんだから」


 いまモルモットって言おうとしたよなっ! 全然誤魔化せてねーぞ!


 俺が文句を言おうと口を開くよりも早く、愛波はわざとらしく咳払いをした。


「――昨晩のうちに設定は済ませておいたわ。ジャンルは『学園もの』で、ひとは死なないようにしてあるし、私も協力するから安心して」


 安心できねーよ。あと、昨夜からやること決まってたのかよ。


 俺の心中は不安しかなかった。だが、愛波は絶対に気付いていながらそれを無視して、さらに鞄から何かを取り出した。


「あと、これを着けておいて」


 差し出されたのは小型のインカムだった。


「これは?」


「このインカムを通して、システムのAIが事件に関する情報だったり、これから取るべき行動を教えてくれるわ」


 ス○ーDS、何てふざけた名前ではあるが、一応サポートをする気はあるらしい。意外と良心的なのかもしれない。ただ、そのシステムが何なのか不明であることを除けば、だが。


「事件発生は午後五時に設定しておいたから。そろそろ――」


 インカムを右耳に取り付け、愛波の話を聞いていたときだった。


「――きゃぁぁあああぁああ」


 俺の耳に女の悲鳴が届いたのは。

 愛波と顔を見合わせ、俺達は鞄を持って教室を飛び出した。廊下を走っている最中にインカムから音声が聞こえてきた。



『事件が発生しました。探偵役は女子更衣室へ向かってください』



 おお! ちゃんとサポートしてくれるのか!


 聞こえてきた機械音にそんな感嘆を抱きながら、俺は愛波に先導されるように廊下を曲がる。愛波も同じ型のインカムを着けていた。目的地はわかっているはずだ。

 廊下を曲がると、すぐに目的地である女子更衣室が見えてくる。


 ……あれ、俺、女子更衣室に入るのか? それ大丈夫? 


 ふと疑問に思ったが、気にしているだけの時間は残されておらず。すぐに女子更衣室前へ辿り着いてしまう。俺が逡巡していると、愛波に手を掴まれた。


 ……へ? そして、愛波に手を引かれるがまま、俺は女子更衣室内へと雪崩れ込む。これ俺悪くないからな!


 雪崩れ込んだ室内には、俺と愛波を除くとふたりの少女がいた。


「誰!?」


 少女達が俺と愛波の姿をその視界に収めて言った。


『行動を選択してください』


 インカムから機械声が流れてくる。なるほど。これが愛波の言っていた取るべき行動を教えると言うことか。



『A:「ただの通りすがりの名探偵さ」

 B:「すーはー。……あれ? 女子更衣室ってあんまり良い匂いしないな」

 C:とりあえず脱ぐ』



 ――おかしくね!?


 どの選択肢を選んでも、ただの変態にしかならないんだけど!


 抗議の視線を愛波へと向ける。彼女も同じ音声を聞いていたはずだ。この選択肢のおかしさはわかっているだろう。

 しかし、俺の視線に愛波は口元を手で隠し肩を震わせながら、「早く選べ」と言うように顎で俺を促す。


 ……こいつ、楽しんでやがる。


 問いに答えようとしない俺達に少女達は訝しげな視線を向けてくる。だから、俺は腹を括った。


「ただの通りすがりの名探偵さっ!」


 やけくそに叫ぶ。

 案の定というか何というか、少女達はより一層疑惑の視線を強めただけだった。


「冗談はおいといて。私達はさっきの悲鳴を聞いて来たのだけど。いったい何があったのか、良かったら教えてくれないかしら?」


 そんな少女達の様子を見かねたのか、愛波が事情を説明する。


 始めからそうしてくれませんかねぇ!


 けれど、それだけで部外者に事情を説明するものだろうか。疑問に思ったのだが、そこは外面の良い愛波のおかげか、少女達は顔を見合わせゆっくりと口を開く。


「あのね、愛波さん。実は――」


 少女の片割れがここ、更衣室で起きた事件について説明し始めた。そのときだった。


『彼女の名は前田まえだらん。被害者の友人です』


 インカムから話している少女の説明が流れてくる。


『今回の事件は、被害者比嘉井(ひがい)詞矢しやのロッカーに赤い絵具塗れの人形が置かれていた、というものです』


 インカムの情報を確かめるように、俺はちらりと開けっ放しになっているロッカーへ目を向ける。そこには情報通り赤く染まった人形が置かれていた。ぱっと見ただけなら血のように見えるだろう。ロッカーを開けてすぐあれが目に入ったら、悲鳴を上げても仕方がない。

 俺がひとり納得していると、前田から事情を聞き終わったらしく愛波が尋ねるところだった。


「人形が置かれていただけ? 何か盗まれたりしてない?」


 どうやら確認していなかったらしく、問われた比嘉井はロッカーの中身を整理し始める。そして。


「なくなってる! あたしの下着!」


 悲鳴のように声を上げる。その声に反応してどこからか小さく物音が鳴った。何の音だ。俺が首を傾げていると、インカムがノイズを鳴らした。


『行動を選択してください』


 またか。俺の呆れには構わずインカムは続ける。



『A:左から二番目のロッカーを開け放つ。

 B:「じゃあいまノーパン?」と言いつつ、確認のためスカートを捲る。

 C:とにかく脱ぐ』



 やっぱり選択肢がおかしいっ! どんだけ俺を脱がせたいんだよ! それどこに需要があるんだよォ!

 ……とりあえず、この選択肢の中で選べそうなのは『A』一択だ。

 俺はおもむろにひとつのロッカーの前へ行き、その取っ手を掴む。そして、力任せに勢いよく開け放つ。そこには。




 女性用下着パンツを被った男がいた。




 息を乱して戸を開けた俺を見上げる男がいた。

 手と制服の袖口を赤い絵具で汚して身を潜める男がいた。

 その男を見て俺が思ったことはひとつ。



 ――犯人こいつじゃね?



 それ以外考えられない。状況証拠どころか物的証拠までご丁寧に揃っている。これで疑うなと言うのが無理な話だ。


『彼の名は瀬戸せと半次郎はんじろう。今回の事件の犯人です』


 言っちゃった。システムが言っちゃったよ!


 難易度『易しい』は伊達じゃなかった。『易しい』というより『馬鹿にしてる』と言った方がしっくりくるYO。


「おい、愛波。犯人って」


 システムの同じ音声が聞こえているはずの愛波に向かって問い掛ける。


「鳴須くん。先入観を、持って捜査に臨むのは、危険よ。いくら見るからに、怪しい人間だって、真犯人は別にいるかも、しれないで、しょう?」


 いやいやいや。さすがに女子更衣室に女物のパンツ被った男がいるこの状況で怪しいも何もないと思うが。それに、愛波だって笑いをこらえているせいで、台詞が途切れ途切れじゃねーか。


『事情聴取を行うべきかと……んふっ』


 システムも吹き出してんじゃねーかっ! というか、やっぱり馬鹿にしてるよなこのシステム!


 俺はため息をついた。

 仕方がない。さっさと事情聴取とやらをしてこの茶番を終わらせよう。まずは、見るからに怪しい目の前に座り込んでいる男から。


「えーっと、お前は……」


「すいませんすいません! 自分が盗りましたっ! 許してくださいぃ! 出来心だったんですぅ!」


 自供早っ!?


 でも、出来心の割にはその被ったパンツ取ろうとしないね。反省してないの?


「それはわかったから。とりあえずその被りもの取ろうか……」


「そんなご無体な!? ――あ、いや、接着剤で貼ったんで簡単には取れないっす」


 どうして貼っちゃったのかなァ? お前本当に出来心だったの!?


「仕方がないわね。――皮膚ごと剥がしましょう」


 怖っ!? 何怖いことさらっと言っちゃってるんですか愛波さん!?

 本気で皮膚ごと剥ぎ取りそうな愛波には触れないことにして、瀬戸に向かって俺は口を開く。


「取れないパンツは置いといて。絵具塗れの人形はどうしたんだ? あれはさすがに出来心じゃないだろ?」


 そう。パンツを盗んだ動機はまだ出来心でも納得できる。接着剤は意味不明だが。けれど、血塗れのような人形はあらかじめ用意しておかなければ置くことはできない。


「え? 俺、人形なんて置いてないっすよ。自分がこのパンツ盗るときにはすでにあったっす。パンツ盗るために退けたんで、ほら、手が真っ赤に」


「何だって!?」


 ていうか人形に少しは驚けよ! どんだけ平常心なんだよ。訓練され過ぎだろ! やっぱこいつ常習犯だな!

 ……まあ、それは置いとくとしてだ。


「じゃあ、あの人形はいったい誰が……」


 瀬戸の証言が事実ならば、人形を置いた犯人は別にいるということになる。簡単だと思っていた事件が、一気に面倒な事件に変わってしまった。容疑者の枠が全校生徒にまで及ぶ可能性が出てくるなんて予想外だ。誰だよ難易度『馬鹿にしてる』とか言ってたやつ!


 俺は頭を抱えた。


「ごめんなさい! 人形は私がやりましたっ! ちょっと悪戯するだけのつもりだったんですぅ!」


 ごめん。犯人すぐ見つかったわ! やっぱ、馬鹿にされてたわ俺!


 泣き崩れながら、自白を始めたのは被害者の友人、前田蘭だった。彼女は涙ながらにその心中を語り始める。まるで決定的証拠を示された犯人みたいだ。証拠なんて示してないけど!


「ちょっと驚かせてショック死すれば良いな、って思ってただけなんです! こんなに大事になるとは思ってなかったんですっ! 悪気はなかったんです! 本当です! 信じてください!」


 いや、お前が思ってたことの方がよっぽど大事だからな。むしろ悪気しかないからな。殺す気じゃねーか。


「許すよ。私は蘭のこと信じる」


 何で!? いまの話に信じられる要素皆無だったよ!?


 比嘉井は泣き崩れている前田に歩み寄り、子供をあやすように抱き締める。そして、お互いに縋りつくような形でふたりは泣き出した。


 何だこれ。


 何で美しい友情みたいな感じになってんの? 大げさに言うとこのふたり、殺人未遂犯とその被害者だからな。


『これにて一件落着ですね。お疲れ様でした名探偵』


 ほとんど何も解決してないんだけど!? 確かに犯人は明らかになったけど! こんな釈然としない解決があってたまるか!


「なかなかの名探偵ぶりだったわね」


「何処がだよ」


 意地の悪い笑みを浮かべた愛波に俺は吐き捨てた。褒めたつもりかもしれないが、ただの皮肉にしか聞こえない。


 それはそうとして。

 愛波の手が赤く汚れているのは、絵具塗れの人形に触れたからだろうか。そんな様子はなかった気がするが。しかし何故、その赤を拭っている布切れが何処かで見たことある女性用下着パンツなのだろう。……いや、きっとハンカチと間違えただけだ。このうっかりさんめ。

 そして、このうっかりさん(ということにする)は、俺の顔を覗き込みながら口を開く。


「話しかけるだけで犯人が自白するなんて、どんな名探偵も裸足で逃げ出すわよ?」


 確かにそんな名探偵がいたら他の探偵はたまったものではないだろうが。


「そうだ。次は『落としの鳴須』って名乗りましょう。あと、一分で事件が発生することだし。さすがに『通りすがりの名探偵』は痛いわよ」


 思い出し笑いをしながら愛波は言った。


 ……ちょっと待て。いま聞き捨てならないことを言わなかったか?


「あと一分で何だって?」


「ふたつ目の事件が発生するわ。……言ってなかったかしら?」


「聞いてねえよ!」


 思わず叫んだ。初耳である。


「悪かったわね。今日はあと二件解決すれば終わりだから頑張りましょう。コ○ンくんよりは楽なスケジュールよ」


 勘弁してくれ! あと、比較対象がおかしいだろ! 奴は死神の類だぞ!

 俺が頭を抱えていると、つけっぱなしだったインカムが再びノイズを立てた。



『事件が発生しました。探偵役は女子トイレへ向かってください』



 もう名探偵はこりごりだぁ――!

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