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第91話 この山、想像以上に過酷

 登頂開始から四日目。

 俺は今、山の中腹にいる。


 調子の良かった二日目から崖を登り始めて。

 三日目は試行錯誤しつつも登山のコツを掴んだ。

 それで今、中腹付近の安全地帯で夜を明かした所さ。


 ただ、外は生憎の吹雪で動くにはちと厳しい。

 本来なら時を見計らってテントで待機が得策だろう。

 

 だけど、俺はそれでも進もうと思う。


 もちろん無理にじゃないぞ。

 吹雪の中でも進める自信があるからだ。

 なんたって、山を登り始めた二日間でそれなりに学んだしな。


 俺なりの霊峰攻略法って奴をね。


 基本的には普通の登山と変わらない。

 自ら岩の隙間を見つけ、手を掛けてよじ登る。

 もし登れる場所が無ければピッケルを使って強引に登ればいい。


 ただ安全ロープなんて物は無いぞ。

 そんな物を掛ける様な消耗品は用意出来なかったし。

 それに今の俺に落ちる要素はほぼ無いに等しいからな。


 なんたって今、俺の足にはとある輝操術が備わっているのだから。

 それも意思一つで岩に貼り付く力が。


 その名も【輝操(アークル)塑履(クラッフ)】。


 原理的には気空滑(レベイラー)の逆といった感じだ。

 備えた部分が物体と貼り付き、何があっても外れない。

 もちろん意思次第で簡単にON/OFFの切り替えも出来る。


 まぁ貼り付いた部分が砕けたりすれば話は別だが。

 その点を踏まえて貼り付き方も考えればなんて事は無い。


 つまりこの力のお陰で一日半を掛けて中腹まで登れたという訳だ。

 即席で考えた能力だが、思った以上の効果を発揮してくれたよ。


 そうさ、何も力を使っちゃいけないって訳じゃないんだ。

 むしろ全てを駆使してでも登ってしまえばいい。

 例え俺だけの特権たる力であろうとも。


 相変わらず外気は寒く、闘氣功による体温調整が無ければ即凍死だろう。

 それどころか現状は凌ぐので精一杯ときた。

 そんな悪環境下でフェアプレイ精神なんて無意味以外の何者でも無いのさ。


 登りきる。

 今の俺に必要なのはこの精神だけなのだから。


 故に全力を尽くすまでだ。

 輝操術を全力で駆使して一気に駆け登ってやるぞッ!!

 幸い、集中するには充分過ぎるくらいに静かだからなッ!!


 ならこの調子で頂上までもすぐに辿り着けそうだ……!






 ――なんて息巻いていたんだけれども。

 正直な所、それでも甘かったと言わざるを得ない。


 現在六日目の早朝……というかまだ夜。

 俺は今、山の中腹上部にいる。

 

 二日掛けてこれだ。

 俺なりには必死だったんだけども。

 特に五日目は快晴で登るのにも最適だと思ったんだけどさ。


 それが罠だったんだ。


 というのも、とにかく空気が薄い。

 そして何より、陽射しが痛いんだよ。


 寒さはこの際当然として。

 空気が薄いから動作がどうしても鈍くなってしまう。

 こんな場所での運動訓練はしていたが、この環境は想定以上だ。

 油断すれば酸欠で即座に意識を持っていかれかねない。


 それに陽射しの影響は想定外だった。

 余りにも強過ぎて顔を上に向けられないし、暑さ以上に痛みが来るんだよ。

 肌を刺す感じっていうのかな、それが服をも突き抜けて全身に届く。

 まるで拷問を受けている様な気分だったね。


 なので五日目は途中でギブアップ。

 日陰を見つけてテントを張り、そこで一旦睡眠を取る事に。

 これなら吹雪中か夜中の方がずっとマシだと思ったから。


 まぁ囲隔(クルセット)を使って凌ぐのもありだけれど。

 今は塑履(クラッフ)に集中しないとまた失敗しかねない。

 輝操術は便利だが、欲張り過ぎると足元を見られてしまうからな。


 だったら多少の不都合は目を瞑ろう。

 環境に合わせて妥協点を見つけ、自分の身体を合わせていくしかないんだ。


 そう決めて、俺は暗い内から再び登り始めた。


 寒いには寒いが、あの痛みと比べれば断然楽だな。

 もう寒さにも慣れたのか、不快にも感じなくなっている。

 なんだか自然と一体化したって気分だよ。


 それに今なら空が見える。

 暗くて、それでいて赤い煌めきを纏った夜空が。

 それが不思議と綺麗に見えて、妙に心が落ち着くんだ。


 あの明るさはきっと赤空界だな。

 ココウは今も元気にしているだろうか。

 俺達の事で心配掛けていなければ良いのだが。


 そんな感慨に更けつつも一手一手を刻み、確実に進んで行く。

 こうして進めばいつかは頂上に辿り着くだろうと。


 なんたってもうあの壮大な鉤爪の傍なんだから。

 遠くからでもデカかった突き降ろし部が今は目の前さ。

 この光景を見た人は世界に一体どれくらいいるんだろうか。


 ……ここまで来ると色々と思い起こされる。

 今までの事も、今見える光景からの思い出も。

 それだけ今が静かで清々しくて、考えるに適しているからかもな。


 ならこのまま無心で進むとしよう。

 想起しながらの登山もなかなか乙なものだからさ。






 ――なんて余裕ブッこいていたんだけれども。

 正直な所、またしても甘かったと言わざるを得ない。


 なんたって夜が明けた途端にいきなり吹雪いて来た訳よ。

 しかも今まで以上の大吹雪(ブリザード)一寸先も真っ白(ホワイトアウト)と来た。


 一体なんなんだ霊峰よ。

 お前は俺が「ならば!」って思うと気分を変えるのか?

 余りにも酷い仕打ちじゃないか! ええおい!


 クソッ、一言さえ呟く余裕が無い!

 風が強過ぎて今にも吹き飛ばされそうだ!

 輝操術があっても身体の方が千切れかねないぞ!?


 お陰で今はもう岩を掴む事さえ出来やしない。

 だから今は両手にも【輝操(アークル)塑履(クラッフ)】を備えてタコ登り中だ。

 しかも壁で匍匐(ほふく)前進するかの様にしてな。


 つらぁい!!

 休みたぁい!!


 けどここまで来ると掴まる所どころか、もう隠れる場所さえ無い。

 どこもツルツルでテントを張れる様な所が全く見つからないんだ。

 もう頂上付近だから岩肌が強風に削られ尽くされたんだろう。


 確かに、もう間も無く頂上って感じだった。

 あと数刻登り続ければ辿り着けるってくらいに。


 だがこの状況で進み続けるのは非常に困難だッ!!


 なら退くか?

 いや、退いて隠れられる場所があるとも限らない。

 もう進むしか無いんだよ、ここまで来たらさッ!!


 だからこそ俺はここで思い切った行動に出た。


 背負っていた鞄を落としたんだ。

 最低限の荷物だけを残して。

 鞄が煽られるから辛いというのはわかりきっていたからな。


 お陰で身軽になって風の影響も一段と減った。

 まるで背中に羽根が生えたかの様に!




 よしッ! これならいける!

 一気に登り詰めてやるぞッ!! うおおおーーーッッッ!!!!!




 例え調子に乗っているのだとしても構わない。

 目標が見えたからこそ止まる訳にはいかないんだ。

 こうして不退転の覚悟で荷も落としたからこそ。


 だからこそホワイトアウトの中をゴリゴリと突き進む。

 ここを突き抜ければ目標まで到達出来ると信じ、ただ力の限りに。


 するとその時ふと、俺の眼に妙な光景が映り込んだ。


 見上げた先が黄色く灯っている様に見える。

 それもまるで崖中から露光しているかの様に。


 あれはなんだろう――明かり、だろうか?


 あれが何かはわからない。

 けど進路にあるのだから辿り着けばわかるだろう。


 そんな想いを抱きつつ勢いのままに登り行く。

 割と近かったからな、到達するのに時間は掛からない。

 それで早速と辿り着いた訳なんだけども。


 窪み、があったんだ。

 綺麗に四角く切り取られた様な、人一人分通れるくらいの窪みが。

 しかもそこから明るい光が漏れていて。


 なんだコレ。

 なんでこんな穴が頂上付近にあるんだよ……!


 ――ハッ、まさか!

 もしかしてここに誰かが住んでいるのか!?

 例えば霊峰の主、ングルトンガの仙人みたいな!

 

 ならば挨拶せねばなるまい。

 ここまでやってきたんだ、是非ともお目通りしなければ。


 そう思うがまま、余力を振り絞ってよじ登る。

 それでズルズルと穴の中へと体を突っ込んだ。


 さぁ仙人よ、見せてもらおうか。

 この霊峰を守るに相応しいその御姿を!


 そしてこの時、俺は目の当たりにしたんだ。

 その神々しいとも言えるその姿を。




 キャッキャウフフと戯れる裸の女の子達の姿を。




 んー絶景かな?

 それともここは天国かな?


 そもそもなんでこんな所に女の子がいるのかな?


 しかも妙に既視感を感じるんだが。

 紫髪、緑髪、薄青髪に黄髪とおまけにどこかで見た様な面々が。


「待って! あれ何なの!?」

「ギャアアア!! 痴漢だーッ!!」


 そして俺に気付いたのだろう。

 緑髪が指を差して慌てて、紫髪が何かを手に取って振り翳したぞ。

 桶かな? お湯がぶちまけられてとても重々しい。


 で、そんな桶が今、俺の顔に突き刺さ――ウッ!!


 抵抗なんて出来る訳が無い。

 だって手足が壁にくっついていたんだもん。

 それで遅れて気付き、うっかり離したが運の尽き。


 そのまま俺は外へと叩き出されて嵐の中へ。

 それも吹雪を鼻血で真っ赤に染め上げながら。


 やっぱりこれは夢か幻かな?

 だとしたら俺は途中で気を失ったのかもしれん。


 じゃなきゃあんな所に皆がいる訳無いもんね。


 だから俺はきっと、このまま意識を失い死ぬのだろう。

 とても無念でならないよ。


 ならいっそ、もう一度あの天国みたいな光景を見てみたかった――




 ――という訳でこの後、意識朦朧としながらも件の穴まで必死に復帰。

 再び嵌った所で完全に意識を失いました。


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