表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/147

第89話 山に隠されていた秘密

 【霊峰ングルトンガ】の洗礼は凄まじいものだった。

 まさか魔物に圧倒されるとは思わなかったよ。

 まぁ幸い彼等が思っていたより理性的で助かったけれど。


 で、その後再び歩を進めた訳なんだが。

 どうやら【ラビリッカー】の洗礼なんて序の口でしかなかった様だぞ。


「さ、寒いぃぃぃ!!! なんなんだ、こここの寒さはッ!?」


 しばらく歩いた所でいきなり吹雪いて来たんだ。

 それもまるで嵐の如く。

 降るとは予想していたがまさかここまでとは。


 それでもってかなり寒い!

 まだ山にさえ辿り着いていないのに!

 防寒具がまるで役に立たなくて、もう裸で歩いている気分だよ……!


 目が、吐いた息が凍る。

 呼吸も辛いし一歩進むのもキツい。

 全身が針に刺されたかの如く痛い。


 これは予想遥か先を越えているぞ……ッ!?


 なので持ってきていたゴーグルとマスクを備えて一時凌ぎ。

 もうこれは絶対に肌から離せないな。

 それでも寒いのだけはどうしようもないが。


「くぅぅぅ! ま、魔力は温存しておきたかったがこここうなったらやや止むを得ん。炎魔法で周囲を暖めながらすっす進むか」


 このままだと間違い無く凍え死んでしまう。

 だとすればなりふり構ってなんていられない。


 だからと魔力を灯し、炎をイメージする。

 使うのは全身から炎熱を放出するあの魔法だ。


「【却熱幕布(ヒーベル)】……!」


 本来この魔法は周囲を焼き払う為に使う。

 故に最大出力なら烈火波鞭(バーヴィップ)並みの威力も出せるんだ。

 しかし今は暖める程度でいい。

 無駄な魔力を消費しない様にしないと、今後どうなるかもわからないし。


 なんて、思っていたんだけどな。


「ッ!? なんだ、これはどういう事だッ!?」


 ここで初めて気付かされる事になる。

 霊峰という場所が如何に厳しいのかと。


 そして並の生物が生存する事さえ叶わない真の理由にも。




「魔法が……使えないッ!?」




 そう、魔法が一切発動しないんだ。


 その理由は恐らく、大地に魔力が通っていないから。

 原因こそ全く想像さえ付かないが。


 魔法っていうのは言わば、術者と自然の合作品でな。

 互いの魔力を合わせてスパークさせ、様々な現象を引き起こす物なのさ。


 だからどちらかが弱いと自然と威力も低くなる。

 例えば、雨の日だと炎の魔力が弱るから炎魔法が使えなかったり。

 逆に赤空界の様な場所は炎属性の魔力が高い。

 それでランドドラーケンみたいな生物は高温度ブレスが吐けるって訳だ。


 本来はそういった様に、環境によって魔力があるハズなんだが。

 この霊峰だって吹雪いているから魔力があったって不思議じゃない。


 けど、今は何故か魔力を感じないんだよ。

 スパークさせる為の媒体が一切。


「クッ、〝霊峰〟ってそそそういう事かよ。まままさか魔力を持たない山だったななんて……!」


 それでも恐らく村付近にはある程度の魔力があるのだろう。

 そのお陰でさっきは光閃射(ディアロー)を撃てたんだ。

 けど威力が乏しくて【ラビリッカー】達に弾かれてしまったんだろうな。


 彼等はきっとこの特性を知っている。

 だから魔法である光閃射じゃ止まらなかった。

 そこで闘氣功の力を見せたから認めたって訳か。


「ななるほど、【ラビリッカー】はとと登山者の素質を見極めるチェッカー役ってここ事かっ!」


 とすれば魔法の質をいくら高めていようが無意味だ。

 発動そのものが叶わないからこそ。


 おまけに魔力関連の道具も一切無駄だな。

 折角【魔力補給(マナゲイン)ポーション】や魔力回復用の食材を買い込んだんだが。

 これは諦めて後で捨てるなりしないとダメかぁ。くぅ、もったいない。


 ならこの寒さは闘氣功でなんとか凌ぐとしよう。

 魔法程には温まらないが、耐えるだけなら充分なハズ。


 それで俺は全身へ闘氣功を巡らせ、体温を高め始めた。

 身体の細胞を活性化させ、振動させる事によって。


「ふぅーーー……よし、これならある程度は耐えられそうだ。にしても、こういう事なら予め教えてくれてもいいんだが。村には教えないしきたりでもあるのだろうか」


 まだ寒さは感じるけど、動く分には支障ない。

 後はある程度体を動かして自力で体温を維持しなければ。

 闘氣功だって無限に練れる訳じゃないんだから。


 だから今はとにかく進んで休める所を探すんだ。

 他にも色々と疑問はあるが、考えている余裕なんてもう無いぞ!


 なんたって、体力がとても持ちそうにないからな……!


 先の【ラビリッカー】との一戦と、ここまでの徒歩。

 思った以上に消耗が激しかったらしい。

 雪が初めてって訳じゃないんだが。


 けどまさかここまで体力を削ぎ取られるとは思ってもみなかったよ。

 もしかしてこの山には体力を吸い取る呪いもあるんじゃないか?


 そんな愚痴を心に巡らせつつ、傾斜をじっくりと登っていく。

 すると早速、視界に救いの光景が見え始めた。




 小屋だ。

 坂の上に小屋が見えるぞ!




 こんな大雪の中でも小屋の形を維持出来るのは不思議でならないが。

 付近の雪が解ける様な結界でも掛かっているのかもしれない。


 だとすれば中はきっと暖かろうなぁ~。


 ――よし、ここが正念場だぞアークィン!

 なんとしてでもあの小屋に辿り着くんだ!

 気合いを入れろ! 歩を緩めるなッ!!


「うおおおッ!!」


 そう心を迸らせて確実に一歩を刻み続ける。

 吹雪で押し返されそうになりながらも必死に。


 けどまだまだ遠いままだ。

 それどころか、とても近づいている様にさえ見えない。

 むしろ近づけているのかと不安が過る程だ。


 俺は本当に歩けているのか。

 そしてあれは本当に小屋なのか、と。


 例えば砂漠だと蜃気楼という物がある様に。

 もしかして見えている小屋は幻覚なのではないか、と思い始めている。

 霊峰という過酷な環境が俺に幻覚をみせているのかもしれないのだと。


「錯覚じゃない、確かにあれは……ううッ!?」


 しかしそう考えた時、別の問題が浮上する事となる。


 足が、動かない。

 まるで感覚を感じなくなって、痛みだけが走っていて。


「マズい、これは無理をし過ぎたかッ!?」


 焦り過ぎたんだ。

 小屋を目指そうとして必死になり過ぎて。

 楽をしようとして、身体に必要以上の負担を与えてしまったんだ……ッ!!


「そうか、これがフィーの言っていた事かッ!! くそおッ!!」


 気持ちにはまだ多少余裕がある。

 けれど体の方がついてこれない。

 それで無意識と〝他〟に依存してしまっていたんだ。


〝自分の力だけを信じろ。他に依存すれば命まで持っていかれる〟


 これがつまりそういう事だったんだな。

 目に見える事に囚われ過ぎれば、自身を見失うのだと。


 そう気付いたからこそ、今俺は荷物を降ろして穴を掘っていた。

 動かない脚を曲げ、雪へ座りながら必死に。


 即席の雪蔵(かまくら)を造る為にも。


 雪蔵の中は意外と暖かい。

 木造小屋ほどとは言わないが、外気温が入り難くてね。

 だから雪原で立ち往生した時はこうやって自分で避難場所を作ればいい。

 そうすれば一時凌ぎにはなると父からも教わったものさ。


 幸い、造るための体力は問題無かった。

 闘氣功を練る精神力もあったから、掘る力も差支え無くて。

 お陰で狭い雪穴蔵を造り、荷物も引き込んでランプに火も灯せたよ。


 でも、どうやらここで限界だったらしい。


「待て、まだ寝るな……今寝たら、不味い……」


 急激な眠気が襲ってきたんだ。

 それも抗え切れないくらいの。


 寝袋にも入ったし、多少は暖気がある。

 これだけなら眠ったって構わないのだが。

 だが火を灯したままでは非常に不味い。


 このままでは雪に埋もれて外気孔が遮断されてしまうだろう。

 その中で火なんて焚き続ければ害気が充満して窒息死してしまいかねない。


 けど手がどうしても伸びないんだ。

 このまま灯したいという欲が離れなくて。

 目を瞑ってしまいたいという衝動が、抑えきれない……。


 クソ……抗え、よッ!

 これを消さなきゃ……俺は……。


 皆の所に……帰れな――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ