第88話 滑走する嵐
戦いに巻き込まれる事は最初から想定していたさ。
けどまさか旅立ち開幕に魔物と遭遇とは。
それも、ざっと見て五〇近い大群との。
俺ってやっぱり旅運が悪いのか?
不運ここに極まれりって感じだぞ!?
それにしてもこの【ラビリッカー】とかいう奴等……!
なんなんだ、この脅威の追跡能力は。
滑走速度も半端じゃないが、突撃能力も尋常じゃない!
一匹一匹は小さくとも、この速度で体当たりされれば大ダメージは免れない。
最悪の場合は悶絶して、そのまま轢き殺されて終わりだ。
当然、ぶつかった奴もタダじゃ済まないだろうがな。
獰猛でイタズラ好きだと? それどころじゃない。
これはもはや自殺願望集団じゃないか!
えぇい、そんな奴等の主義趣向になど構っていられるかッ!!
一列で突っ込んでくるなら一網打尽にさせてもらうッ!!
雪に埋もれてはいるが、幸い上半身は荷物のお陰で雪の上だ。
ならばと素早く荷を降ろし、向かってくる奴等に二指を構えて狙い定める。
「「「光閃射ッ!!」」」
続いて魔法射撃だ。
それも交響詠唱による七閃同時で!
これなら軌道がずれても全部巻き込めるハズ!
――そう思っていたのだが。
この時、またしても俺の推測が覆される事となる。
あろう事か光閃射が弾かれていたのだ。
まるで光が鏡に当たって反射するかの如く。
反射……まさかッ!?
そうだ、あれはまさしく反射なんだ!
体毛を固めて鏡の如く艶やかにして、滑らせる様に光を弾いたんだ!
光閃射が反射能力にとても弱いって事を知っているのだろうさ。
コイツラ魔法に対して知識まであるのかよ……ッ!
ただ、魔法の威力までは計算に入っていなかったらしい。
内一発が先頭を貫いて吹き飛ばしていた。
だが倒せたのはその先頭だけだ。
続く数十匹が今なお一挙にして俺へと迫ってきている。
これじゃ同じ攻撃をした所で焼け石に水だろう。
だからと烈火波鞭の様な初動の遅い魔法は躱されかねない。
あの突撃能力じゃあ魔法で防御しても恐らく無駄だ。
ならどうする!?
荷物を置いて逃げるか!?
それとも、いっそ輝操術でまとめて消し飛ばすか!?
――いや、ここは敢えてどちらも選ばない。
奴等の狙いは恐らく荷物だろう。
そんな相手にみすみす獲物を与えるなど俺のプライドが許さん。
それにこんな場所で切り札を使うなど言語道断だ。
そんな軽い気持ちで使う様な力ではないと父より教えられただろう。
一体何の為にその父より他多くの技能を学んだと思っているんだ!
そう心に言い聞かせ、雪の中で立ち上がる。
迫り来る魔物どもに対して身構えながら。
多少足場は緩いが、小枝の上で立ち続ける修行に比べればずっと楽さ。
さぁ来るなら来い【ラビリッカー】ども!
全部纏めて俺が叩き潰してやるッ!!
「「「ギュッギィィィーーー!!!」」」
そんな俺の意志に応えるかの様に、奴等が一直線となって向かってきた。
あちらも確実に俺を仕留めるつもりなのだろう。
そう、奴等はこうしてまず俺を仕留めようとしてくる。
こう来るのはわかっていたさ。
だからこそ、狙うなら直撃前の一瞬しかないッ!!
故に今、俺は両腕を開き、人差し指を伸ばす。
その上で闘氣功を指先へと集中させた。
そんな両腕を螺旋状に緩く回し、力の波を練る。
闘氣功の輝きを渦の様に描きながら。
そして力が練り上がったならば、その両指先を奴等へと向けよう。
それはまるで大弓を引くかの様に。
左腕を伸ばし、右腕を引き絞って。
それでいて両指を一直線に並ばせれば。
直後、輝きがまるで一本の矢の如く形成されていく。
魔法は止められたが、コイツだけは絶対に止められんぞ。
なんたって力が続く限り一切曲がる事が無いからな!
凌げるものなら、凌いで見せろよッ!!
「【孔兜指破】ッ!!!」
これは只の指突きである。
ただし至高の一突である。
右指の突き出した先全てを撃ち貫く。
それが氣糸一閃・【孔兜指破】であるが故に。
その威力は鋼穿烈掌と同格。
範囲は狭いが、軌道上の全てを撃ち貫く事が出来る。
これならば例え宝霊銀だろうと風穴を開けられるだろう。
なら、普通の生物の身体など抵抗にさえならん。
「「「ギャギャオッ!?」」」
それ故に無数の【ラビリッカー】達が頭上を越えて空へと吹き飛んでいく。
全員漏れなく頭体を撃ち抜かれ、絶命した事によって。
お陰で血飛沫まで舞って、白い雪肌が一挙にして真っ赤に。
「よし、やった――」
けど、だからと言って油断するのは早かったのかもしれない。
そう喜ぼうとした時だった。
俺がふと目を離した隙に、それは現れたんだ。
血飛沫の中から飛び込んできた数匹の【ラビリッカー】達が。
恐らく射線上から逃れていたのだろう。
なんたって射軸が細いからな、回避するのは簡単なんだ。
なので確実に当てられるタイミングで撃たなければ躱されかねない。
だがその局面で、俺は迂闊にも失敗してしまったのだ。
だからこの時、俺は諦めて目を瞑りかけていた。
大事な所で機を逃した事に後悔しながら。
これで完璧主義など、鼻で笑われても仕方ないのだと。
あぁ、俺もまだまだ力不足だったんだなって。
――なんて思っていたのだけれど。
次の瞬間、俺はまたしても予想外の展開を目の当たりにする事となる。
途端、肩に強い衝撃が何度も走ったんだ。
「ドパパパンッ」ってまるで叩く様な感覚がさ。
で、いざ目を見開いてみれば。
なんと【ラビリッカー】達が順々と俺の肩を叩いてたんだよ。
残った十数匹、揃って傍を滑り抜けながらな。
「え、一体何が……?」
もう唖然とする他無かった。
気付けば奴等はもう坂下に滑り降りていたから。
仲間達の死にまるで目も暮れず、雪上滑降を楽しむかの様に。
確かに、最初見せていたのは明らかな敵意だった。
けれど今チラリと見えたのは紛れも無く、兎人族と同じの丸く優しい眼差しで。
そこからは不思議と穏やかさえ感じられたものだ。
「もしかして奴等……俺を試していたのか? この山を登れるかどうかを」
だからこそこう思わざるを得ない。
ああして襲い掛かって来たのも一つの試練なのだと。
霊峰と呼ばれる神聖な場所へと挑む者への洗礼として。
これがこの地に住み着いた彼等の使命なのかもしれないと。
考えても見ればそうだよな。
もし本当に獰猛なら、ふもとの村なんてあっという間に占拠されかねない。
けど村は平和そのもので、荒らされた形跡なんて一切無かったんだから。
きっと彼等には彼等なりの生き方があるんだ。
だから互いに敢えて踏み込まないようにしている。
例え魔物だと言われようともなおその生き方を変えずに。
間違い無く、人だった時の理性が彼等にはまだあったんだ。
そう気付いたからだろうか、妙に叩かれた場所が熱い。
今の行為がなんだか「頑張って来いよ」って言われた様な気がしたから。
そうなんだろうって信じたいと思えるくらいに。
「……さて、先に行くか」
ならこんな所で止まるのは失礼だよな。
何も知らず奪ってしまった命にさ。
例えそれが彼等の使命であろうとも。
その命に償う為にも、必ずこの霊峰を踏破してみせよう。
それで俺は荷物を担いで再び歩を進めた。
雪上に転がる遺体に祈りを捧げながら。
もしも帰ってこれたなら、その時は必ず供養すると心に誓って。




