第85話 修行開始!
白空界に来てから四日目の朝。
俺は寒空の下、テッシャとノオンの前に立っていた。
その理由は当然、彼女達に闘氣功を教えるため。
とはいえノオン自身は闘氣功をちゃんと習得している。
騎士の嗜みとも言える能力だしな。
それでもこの場に立っているのはきっと、攻防切替の心得を得たいから。
この心得は如何な武の達人でさえ習得が困難とされている。
必要以上の集中力と氣功練度を求められるからだ。
おまけに長所より短所の方が目立ってしまってな。
それで〝防〟である身体強化だけに傾倒した方がずっと安定するのだと。
けれど〝攻〟をも極めれば攻撃力は段違いに跳ね上がる。
例えば指突きで鉄に穴を開けたり、剣で海を両断したり。
〝防〟で鍛えただけでは成し得ない凄い威力を発揮出来るんだ。
ドラーケンの鱗をも貫く俺の【鋼穿烈掌】もその力の一端だな。
皆にはこの力を余す事無く見せつけて来た。
だから学びたいという想いがあったに違いない。
テッシャも最終的にはその境地に至りたくて教えを請い願ったのだろう。
なら教える事も吝かではない。
父が他者に教示しなかったのは「付いて来れる奴がいなかったから」だしな。
でもこの二人ならその点は心配無いだろうさ。
なにせ既に鍛え上げられて地があるのだから。
ついでに、俺の特訓にも耐えてみせるっていう気概もな。
「じゃあまずは簡単に意識の仕方から教えよう」
「「お願いしますっ!! 師匠っ!!」」
「そ、そんな気張るなよ、俺も師匠って柄じゃないんだから」
最初は無知なテッシャに教えなければならないから手軽く。
徐々に認識を詰めさせて、ノオンに追い付かせるとしよう。
まぁその点は問題無いと思っている。
テッシャにはそういった技術を受け入れる器があるからな。
独学で格闘術を学べたからこそ、キッカケを与えればすぐ習得出来るハズさ。
「手始めに、空気を飲んでもらう」
「空気を飲む……?」
「そう。口からごくりとな。でもただ飲むだけじゃあダメだ。飲んだ後、その空気の塊を常に体で意識して存在を感じ続けるんだ。で、お腹の中でその塊を意識し続けてもらおう」
そんな思惑を巡らせる中、二人が教えられた様に息を飲む。
よし、ちゃんと意識は出来ている様だな。
気持ち悪くても吐いたりするなよ。
「で、次はイメージだ。その空気を意識しつつ、四分割して四肢に送るイメージを想起する。まるで骨の中を通って行くような感じでな」
「へぇ、ボクが習ったのとは違う循環方法だなぁ」
「ノオンがどう習ったのかは知らんが、この方法が一番イメージしやすいと聞いた。闘氣とは血肉を通る気流の如し、と教えられたしな。あと余計な口は挟むな」
「ごめんごめん」
この闘氣功の技術は一般的で、習うだけなら誰からでも出来る。
そのお陰で習得方法は千差万別なのだそう。
父はその中で最も考えやすい手段を選び、俺に教えてくれたのだ。
この【血流氣滑法】をな。
「その後、手首足首へ気泡を運ぶ。イメージを途切れさせるなよ。その後、今度は四肢に運んだ気泡を更に分散し、指先に送るイメージを構築しろ」
ただ言うほど簡単では無いぞ。
起点が増えるごとにどんどんと意識を分散させられるからな。
今は合計二〇箇所に意識が伸びているから保たせるので必死だろうさ。
お陰であのうるさいテッシャが掌を拓いたまま黙りっきりだ。
よほど集中しているんだろうな。
こう見ていると才能って奴がハッキリ理解出来るよ。
「更に気泡を指関節へと分割。それが出来たら今度は腹に戻って行くイメージを固めるんだ。そして腹の空気に戻せ」
「こ、これ簡単って言うけど……ッ!」
「これをリズミカルに繰り返す。はい、ワンツースリー、ワンツースリー」
「はや、速いってえッ!?」
だから今ではこうしてノオンの方が音を上げている。
こっちは剣の才があっても、錬氣の方となるとからっきしだからな。
ちなみにこの手法で闘氣功を憶えないと攻防一体は成し得ない。
色々学ぶ手段があるとは言ったが、それは〝防〟に特化した修練法なのでね。
〝攻〟を会得するならこうして習得法にも拘らないといけないんだ。
まぁこの二人ならそれでもやり遂げるだろうと信じている。
なので手拍子でリズムを作り、強制的にタイミングを与えればいい。
後は時間が解決してくれるだろうさ。
それまでに体が保てば、の話だけども。
「この繰り返しで感覚を馴染ませれば自然と錬氣が全身に巡る。今までと質の違う力だから実感もあるハズだ。それが出るまでその場から動かず繰り返せ。体が冷えない内に錬氣してみせろ」
「む、無茶苦茶だあっ!」
「ノオンはズルするなよ。見てわかるからな。あ、あと今飲んだ空気は絶対吐くんじゃないぞ、何があろうとも」
「ちゅっぎぃぃぃ!!!」
責め苦? 違うな、これは最短習得ルートに過ぎない。
俺も幼少期にこの手法を駆使して一日で習得したんだ。
おまけに一年間修業中も繰り返せと言われた。
父から徹底的に仕込まれてな。
そこまでやれとは言わないが、近い形まで実現してもらう。
受けるのは子供ではなく修練を済ませた達人だからな。
過程をすっ飛ばしても問題無いと信じている。
で、手拍子をフィーに任せて俺はブレイクタイムだ。
こういう事は楽しそうに頼まれてくれるから助かるよ。
さっきより若干リズム速くて、ニヤケ顔が妙に陰掛かっている気はするけども。
「さすがだねぇアークィン。こういう教え方も君らしいよ」
「なんならマオにも何か教えてやろうか?」
「そうだね。私はアークィンの【交響詠唱】に興味があるかな。あそこまで重ねる魔力があるのもね」
手伝うまでとはいかないが、マオもこうして興味を見せてくれている。
自分の力に溺れず磨きを掛ける意識を持つ、良い傾向だと思う。
だからと言って簀巻きのまま外に出て来るのはどうかと思うけどな。
布団の厚みで支えられてる姿は圧巻だよ。実際巻かれてるだけに。
そもそもそれどうやって外に出られたんだお前。
――にしても【交響詠唱】に着眼点を向けるのはさすがに鋭い。
この力を鍛えるだけで戦術の幅が大きく広がるからな。
「確かに【交響詠唱】は魔力を喰うが、俺は一発しか使わないぞ」
「え、でも力を教えてくれた時、七つ同時射撃しなかったかい?」
「一発の術式で七発同時詠唱だ。これも他の魔法と同じで、使い続ければ練度が上がって回数が増やせるんだよ」
「それはわかるけど、普通は精々三回までが限度でしょ」
「三回なんて修練が足りんだけだ」
そう、修練次第でこの力は幾らでも増やせるんだ。
我が父は事実上、三〇回同時キャスティング出来るし。
俺には「七つ以上増やした所で意味が無い」なんて言われて止められたが。
「でも【交響詠唱】の消費魔力は半端無いし、一日にそう何度も使える物じゃないでしょ」
「魔力量など関係無い。使い尽くした後に【魔気譲送】で魔力回復を行って都度使い続ければいいだけだ。都度意識を失い掛けるけど」
「なにそれ無茶苦茶過ぎない?」
でも、どちらかと言えば数より元の魔法の質が大事だからな。
数撃てても一発が弱ければ意味が無い。
だから父は回数を増やし続けるのではなく、魔法の威力を高めさせた。
お陰で俺の使う魔法は下級でも上級クラスの威力が出せるのさ。
その代わり上級魔法は据え置きのままだけどな。
「魔力枯渇で意識朦朧とするが一時的に過ぎん。その度に吐いてでも魔力補給して復帰し、魔力浸透ポーションをガブ飲みして体を無理矢理適応させるんだ」
「ちょっと待って、魔力枯渇の辛さって意識朦朧とかいうレベルじゃないんだけど。あれ本気で死に掛けるし二度と味わいたくないっていう現象でしょう?」
「それくらい馴れるよ」
「それ馴れちゃダメな奴ゥーーー!!」
その末に俺はここまで魔法も強くなった。
上級魔法こそ並みだから達人級とは言えないが。
でも下級魔法で普通の上級魔法を消し飛ばせるくらいには強いから充分だろう。
練度っていうのはやはり経験がモノを言うからな。
闘氣功にしろ、魔法にしろ。
その経験を人生の中でどれだけ積めるかがカギなのさ。
俺達はまだまだ若い。
父を基準としてもまだ人生の五分の一程度しか過ぎていないんだ。
だったら今の五倍は強くなれるって事だろ?
だからこそ生き急ぐんだ。
少しでも何かをして、経験を積んでな。
俺も今、彼女達に隠れて錬氣中だし。
さて、マオが転がって船内へ帰ってしまったし他にやれる事が無い。
ならテッシャとノオンに手本でも見せつけてやるか。
見本があった方がずっと感覚的にわかりやすいだろうから。
少しでも早く闘氣功・攻防一体式を身に着けてもらう為にも。




