第77話 煮ても焼いても喰えぬ奴等
俺達が突撃したのは十賢者だけが使える会議室。
奥行、高さ共にとても広い、大広間の様な場所だ。
それも大きな円卓に、床に備わった椅子が十均等に並ぶといった風な。
奴等は毎週この時間にここへ集まり、研究の進捗を語り合うという。
昔からの慣習だからか、今ではもっぱら只の自慢大会らしいけどな。
では何故そんな一同に集まる瞬間を狙ったのか。
実は一網打尽にする以外にもう一つ、れっきとした理由があったのさ。
それはこの会議室には完全術法封印が施されているから。
賢者は昔から誰しも我が強く、会議中だろうと喧嘩が絶えなかったらしい。
しかも魔法合戦となるものだから話が一向に進まなくて。
それを憂いたとある賢者がこの部屋をこしらえたのだそうな。
そんな理由で生まれただけに、備わった封印力は伊達ではない。
魔法関連は愚か、闘氣功さえ封じられてしまうのだから。
加えて一定質量を越えた金属も重量が倍化して使用不能に。
おまけに塔自体には武具に反応する防衛機能があるから持ち込めない。
よってありとあらゆる戦術がこの部屋では無効化されてしまう。
つまり、奴等はこの場所では普通の人間と同じとなるのさ。
奴等は腐っても賢者だけに、全力で来られれば勝ち目は薄い。
なにせ全員が術法の達人だろうから。
だったらいっそ封印機能を有効活用させてもらおうってなった訳だ。
ただ当然、封印は俺やクアリオにも働く。
今も闘気が身体に巡らなくて、なんだか不思議な気分だよ。
〝常人にさせられた〟ってひしひしと感じさせられてな。
だが【輝操術】はやはり枠外だ。
これは予想していた事でもある。
父さえ知らないどころか、一片の真実にも辿り着けなかったから。
詰まる所この力はきっと過去に存在しなかったという事なのだろう。
であれば、俺はこの力で賢者どもから主導権を奪える。
片鱗も見せつけたからな、今頃は内心慄いているだろうよ。
奴等もこの力の正体を知らないからこそ。
「クッ、雑種風情が神聖な塔をこうまでしよって……!」
「なんと汚らわしい!」
口先だけは立派なものだけどな。
けど性根が丸見えで、嫌悪から顔の引きつりが止まらんよ。
そんな奴等の中心にいるのがブブルクか。
エルフでも高齢だからか、耳が長いくらいで普通の老人にしか見えん。
金装飾付きの紫マントとローブを羽織っている所が随分と偉そうだ。
それと仲間らしい五人と共に扉の傍に立っている。
逃げ足だけは相当早いらしい。
ただ残り三人は少し離れた所で固まっているな。
状況判断の為に距離を取ったのだろうか。こちらは要警戒だな。
「俺の名はアークィン=ディル=ユーグネス! 我が父ウーイールーの意志を継ぎ、その気高き志に従ってここへ来たッ!!」
「なッ!? あの武聖ウーイールーの、息子!?」
「お前達の悪行は既に知っているぞ賢者長ブブルク! ゼコルを使って混血の村の土地に呪いを掛け、謀殺しようとしていた事をなッ!! その命を命と思わぬ所業、許し難し!」
「ぐくっ! ウーイールーの老いぼれめ、暫く見ぬと思うたから捨て置けば跡継ぎを残しておったとは……!」
なら奴等の出方を見るとしよう。
俺の名乗りで動揺を引き出す事によって。
にしても随分と効果的だな。
扉前の奴等が堪らず慄いているぞ。
ノオン達には全く通用しなかったんだが。
「呪いとは一体どういう事ですかブブルク!? 説明なさい!」
「う、うるさい三下賢者め! お前達は黙っていろ!」
それどころか賢者同士で口論を始めた。
離れていた三人組がブブルク達に怒声を浴びせ始めたんだ。
どうやら奴等は一枚岩じゃなかったらしいな。
となるとあの三人は穏健派、といった所か。
元々ブブルクとも馬が合わないって雰囲気だ。
「そうやって他者を見下し、力で抑え付けようとするか。それが賢者だと!? 勘違いも甚だしい! 智とは発展と平穏の礎。次代をもたらす命の産物なのだ。そこに人種や血統、優劣などは関係無いッ!!」
「黙れぃ小僧如きが! 知った風な口を抜かすなッ!!」
「いいや黙らん! 貴様等がこの理屈を覆せない以上は! そして謀殺された混血達に代わり、俺がお前達に罰を与えるまではなッ!!」
対するブブルクは想像通りの奴だった。
まさしく権力の権化とも言える性格だよ。
これはどう考えても俺とも馬が合わん。
なんたってこいつは父が最も嫌っていたタイプだからな。
力がありながらその力に溺れ、行使する事に一切躊躇しない。
己の存在が最も尊いと思い込んでいる愚者の鑑って奴さ。
バウカン以上に腐ってやがるよ。
反吐が出るッ!!
こうして言葉を交わす事自体が不愉快だッ!!
それは向こうの三人も同じ気持ちらしい。
もうこちらには目も暮れず、ブブルク達に対して敵意を露わにしている。
ならこの三人は放って置いてもよさそうだな。
「ゼコルはもう始末したよ。だから残るはあと貴様等だけだ!」
「何いッ!? 彼奴を見ないと思ったら、まさか……!」
ならば仕上げに入るとするか。
故に奴等の前でXを刻む。
術式を組みながら、ゆっくりと歩をも刻む中で。
俺の使う力の正体は奴等にもわからない。
それが呼び水となって更なる動揺を呼び込むだろう。
恐れろ。
怯えろ。
慄くがいい。
お前達がやって来た悪行の報いとして。
そしてその末に救いなど無いという事を知らしめてやるッ!!
――だが、そう思った矢先の事だった。
「クックック、クハーッハッハ!!」
「「「ッ!?」」」
この時、なんとブブルクは笑っていたんだ。
怯える仲間達の前で確かにな。
この得体の知れない笑いを前にして、俺は咄嗟に歩みを止める。
直感がこう告げていたからな。
〝このまま迂闊に進むのはマズい〟と。
「まぁいい、こういう事は何十年も前に想定済みよ」
「何……!?」
「ワシらが無策であると本気で思っておったのか? 馬鹿者めぇ!」
更には直感がこうまで訴えたんだ。
〝今すぐ飛び離れろ〟とな。
故に従うままクアリオの傍まで飛び退く。
するとその途端、床面が揺れた。
立っていた場所から巨大な何かが突き出した事によって。
これは、腕だ!
巨大な金属腕が床から飛び出して来たんだ!
「チッ、勘のいい奴め。じゃが、コイツを発動させたら最後、並みの者では歯が立たんぞぉ?」
しかもそれだけじゃない。
傍にあった椅子までもが持ち上がり、巨大な何かが床から出て来るッ!?
そうして現れたのは、なんと人型の何かで。
それも人の三倍以上はあろう巨体、かつ全身が紫の金属質という。
そんな巨大な物体が今、俺を見下ろしている。
クッ、まさかこんな隠し種が備わっていたなんて……!
どうやら簡単にはやらせてくれないらしい。
賢者の名はやはり伊達じゃあないって事かよ!




