第76話 賢者強襲作戦
計画決行日が遂に訪れた。
天候は雲深めの曇り。
若干湿り気があるから雨が降るかもな。
けど例え降ろうとも実行する事に変わりは無い。
だから今、俺とノオンとマオは街外れから塔を眺めている。
位置的に言えば正門のまるっきり反対側だな。
ここには湖まで真っ直ぐ続く大通り兼広場があってね。
つまり塔までの障害物が防壁以外に無いって訳だ。
おまけに今の時間帯は人も少ないから丁度いい。
「さて、そろそろ時間だな」
「クアリオはまだ来ないね。ま、でも仕方ないか、事が事だし」
ただ、まだクアリオの気配は無い。
しかしもうこれ以上待つ事も出来ない。
なら、俺達だけで成し遂げるんだ。
「本当は私が直接乗り込んで暴れたい所だけど、今回は潔く諦める事にするよ。アークィン、代わりに頼んだからね」
「任せておけ。その怒り、全て俺が引き受けた」
一方の俺達は準備万端だ。
今回使用する針葉樹の幹も既に用意済みだしな。
こんな物を何に使うのかって?
なに、今にわかるさ。
さぁ、賢者打倒計画――これより決行だ!
「それじゃ早速始めるよっ! クロ様ッ!!」
ではまず計画の第一段階。
紫空界と同じくクロ様に巨大化してもらう。
ただし今回はマオ付きの本気バージョンだ。
その名も【ジャンボフォーム】。
より正確性と精密性を増させた憑依形態の一つである。
そして巨大化したクロ様が幹を掴んで立ち上がる。
俺とノオンが掴み乗ったままでな。
テッシャとフィーは既に別の場所で待機済み。
クロ様の出現を合図に、景色の向こうで準備を進めてもらう手筈になっている。
マイペースなあの二人だが、ここぞという時にはやってくれるさ。
それを信じ、クロ様がとうとう塔へ向けて走り始める。
にしても相変わらずのパワフルな速度だ。
さすがに速い、あっという間にトップスピードかよ……!
お陰で間も無く街半分へと到達だ。
けどこのまま塔まで走る訳ではないぞ。
クロ様は水が苦手だからな、湖に入ればたちまち力が拡散してしまう。
それにいくら最上級の精霊術だろうとも結界は破れない。
そこでテッシャとフィーの出番だ。
彼女達が予め用意していたモノでクロ様を高く跳ばすのさ。
地面に造り上げた【ブーストトランポリン】でな。
「あれだッ!! マオーッ!!」
テッシャの大地魔法とフィーの強化魔法。
二人の力が合わされば、巨大クロ様を跳ばせる規模のモノさえ実現可能!
ならばと一つ跳ねて飛び乗れば、一気に大空の真っただ中だ。
質量が無くとも関係無い。
トランポリン自体が跳躍力を与えてくれるからな。
お陰で今、俺達は大空の中にいる。
街が薄ら白く見える程に。
雲へ到達してしまいそうなまでに。
けどな、狙いは塔の頂点なんかじゃない。
その中腹、たった今も賢者どもが集まっている場所なんだよ。
その場所をマオはよく知っている。
どこにあるかも、どんな構造をしているかも。
なら目標地点へ狙いを定める事なんて造作も無い。
故に今、クロ様は幹を力強く構えていた。
身体を引き絞り、更には掴んだまま腕を有り得ない程に伸ばして。
するとたちまち俺とノオンに凄まじい重圧が掛かる。
木の幹が塔へと向けて投擲された事によって。
そう、投げ槍だ。
木の幹を投擲槍に見立てて俺達ごと投げ付けたのさ。
ただこのままじゃ障壁にぶつかり、二人揃ってあの世行きだろう。
だからこそ、突破する手段を持つ俺が幹の先端に居る。
「【輝操・拡却】ッ!!」
接触タイミングは一瞬。
しかし出来るかどうかなんて考える必要は無いさ。
なんたって【輝操術】の力は絶対なのだから。
その力を発現したなら、俺達はもう結界内だって事に他ならない。
恐れるな、慄くな。
力を使う時には成した時の事だけを考えて動け。
そう父に教えてもらったからこそ今がある。
そんな目指す場所を見据えるだけの度胸が俺にはあるんだ!
ただ、ここで幹が失速する。
空気抵抗と【輝操術】の反動で勢いを失ってしまって。
けど、これは想定内だ。
その為にノオンがいるんだからな。
「行くぞ! アァークィーーーンッ!!!」
今回のノオンは俺を目的地まで連れて行く為のブースター役だ。
その自慢の騎士流投擲で俺を塔まで投げ付ける為の!
例え細腕だろうがその力は舐めたものではない。
鍛え続けられた身体は人一人を遠くへ投げ飛ばす事さえ可能なのさ。
お陰で今、俺は目的地点へと一直線に飛んでいる。
狙いはバッチリだったぞ、ノオン!
後で回収してやるから待っててくれよな。
後残すは、俺が【輝操術】で塔壁面を突破して内部へ侵入するだけ。
目前にたむろしているであろう賢者どもを一斉捕縛すれば計画完了だ。
上手く行けばものの数分で片付くだろう。
――そう、思っていたのだが。
この時、俺の目前に想定外の存在が現れる。
なんと、薄く輝く壁が塔の前にまた現れたのだ。
「なんだとッ!? 第二の、結界ッ!?」
そう、これは間違い無く結界。
先程破った物と同じ結界がまた立ち塞がっていたんだよ!
恐らくこれはマオも知らない。
彼女が去った後に人知れず増設されたのだろう。
「くっ! 【輝操・拡却】ッ!!」
しかしここで止められる訳にはいかない。
だからと咄嗟に秘蔵の術ストックを駆使し、第二結界を突破してみせる。
ただ、力の発現の代償は想像を超えて大きかった。
想定よりもずっと失速してしまったのさ。
まさかこんな罠があったとは……!
「くっそおッ!! 届け、届けぇーッ!!」
例え手を伸ばしても、想いを迸らせても。
それでも現実は決して応えてくれない。
無情にも壁面へは届く事無く、俺の身体は落ち始めていくだけで。
また失敗してしまったのか。
あの様な悲劇は止められないのか。
その一瞬で後悔が幾度となく脳内を駆け巡る。
けれどこの時、俺は全く気付いていなかったんだ。
そんな後悔さえも打ち破る、第四の弩がやってきていた事に。
『アークィィィンッ!!』
「ッ!?」
この一瞬で、彼方からそれはやってきていた。
とてつもなく速く、それでいて精密に、確実に。
巨大な身体であろうが関係無く、俺が開けた穴を突破して。
あのクアリオの乗った機空船が、俺の下に辿り着いていたんだよ。
その機会を逃すまいと、咄嗟に機体の翼を掴み取る。
それでもなお機体は留まる事無く、一直線に塔へ。
『アークィン、掴まってろよーッ!!』
「わかったクアリオ!! 俺に構わずいっけェーーーッ!!」
クアリオにももうわかっているのさ。
俺達が向かおうとしていた場所はな。
ならもう、迷う事無く突撃するだけだ。
例え機体が壊れる事になろうとも。
『へへッ! けどな! この【真・銀麗号】はな、この程度の壁なんざブチ破ってやれるんだぜーッ!!』
……いや、それさえ杞憂だったか。
クアリオの事だ、きっと何かやらかしてくれると思っていたよ。
なんたって、俺達の想像をいつも超えてきてくれた奴だもんな。
お陰で今、機空船が塔へと激突を果たす。
それも機体を一切損壊させる事もないままに。
なら当然クアリオも無事だろう。
俺に関しては心配する必要なんて無いさ。
今も開けた穴の先へと飛び込めるくらいに余裕があるからな。
で、早速と内部へと視線を向けてみれば。
――いたぞ、奴等がな。
「な、なんじゃお前等はーっ!」
合計九人、絶賛会議中だったらしい。
ここはしっかりとマオの予測通りだよ。
しかもこう叫びながらも逃げようとしている。
口先ばかり威勢が良いとはまさにこういう事を言うんだな。
だがな、一人たりとも逃がす訳にはいかん。
「【輝操・閃駆】!」
故に速攻で【輝操術】を唯一の出口へと飛ばす。
すると光を受けた扉が一瞬にして溶化し、壁面と固着した。
そんな扉に手を掛けても無駄だ、もうそれは外れないよ。
「こ、これは一体!? 扉が動かん!」
「キサマァ、何者だァ! 我等を十賢者と知っての狼藉かぁ!?」
「あぁ、知っているとも。その上で来てやった十愚者――いや、九愚者どもッ!!」
「「「ッ!?」」」
そしてこれでこの部屋から出る手段が失われた事も知っている。
ついでに、この部屋にいる限り奴等は無力なんだって事もな。
お陰で思う存分暴れられそうだ。
「アークィン、間違いねぇあいつらだ!」
クアリオも船から出てきたか。
さしずめ仇を前にして興奮を隠せなかったって所かな。
なら見届けてくれ、奴等が首を垂れる所を。
ま、謝罪するまでに生きていられるかは保証しないけどな。
「よし、裏が取れたな。これで心置きなく叩き潰せる」
老人をなぶるのは弱い者いじめ?
いいや、そんな屁理屈などコイツラなどには一切不要だ。
己のエゴだけで命を弄ぶ外道どもになど。
悪いが俺はもう容赦する気にはなれん。
例えどんなに泣き叫ぶ事になろうとな。
仲間達の想いと、今日までに貶められた者達の屈辱を晴らすまでは。
「さぁ始めようか。歪んだ老人どもへの死よりキツい仕置きをな……!」
奴等を断罪する為なら、俺は幾らでも非情となろう。




