第72話 狂気に憤り、己を見失って
ゼコルの思考はまさに思考逸脱者そのものだった。
例えば〝この家の立て付けが気に入らないから家人を殺そう〟と秒で考え付くくらいのな。
マオの言う通り、他者の命など道具程にしか思っていない奴さ。
【輝操術】を巡らせればこれくらいは簡単に読み取れるんだよ。
長く感じたくないと思えるくらいに気色悪くておぞましいけどな。
「コイツがこの村をここまで貶めたのか。こんな奴がこの世にいていいのかよ……! こんな事をする奴が賢者であっていいものかよッ!!」
「アークィン……」
「何の為の知識なんだよ! 賢者っていうのは、その知識を正しい事に使う者達の事を言うんじゃないのかよ……ッ!!」
故に顔が歪む。
怒りと吐き気が混ざり合う事で。
余りにも理不尽な理に絶望さえ感じながら。
これではまるで犯罪者が国を回している様じゃないか!
犯罪者の思考がまかり通った大陸って事じゃないか!
な ん な の だ こ の 地 は。
一瞬、俺自身が間違っているのかとさえ思えてしまった。
挨拶する様に他者を殺す事が常識なのかと。
なまじ【輝操術】を通してゼコルの意識を受けているからだろうか。
だけど父を思い出して我を取り戻す。
伝えられた言葉を脳裏に過らせ、己を律する事によって。
父曰く。
〝自戒時始。行動に責任を抱け。その上で覚悟し力を奮え。己の正しさを見失うな。そのいずれかでも抜け落ちた時、たちまち行為そのものが悪意となるだろう。だがアークィンよ、お前には私の思想を徹底的に教え込んだ。なれば自信を持て。その思想は決して間違いではないのだと〟
父はこう教えてくれたのだ。
何があろうと邪を退ける意思は消してはならないと。
例え俺の行為で誰かが不幸になろうとも。
その責任をも背負う覚悟で事を成すのだと。
それが正義を語る者の義務だとして。
「ならば正しき知識を今すぐお前に届けてやるぞゼコル! お前の死という業も、俺が背負ってやるッ!!」
もう奴には【輝操術】が絡み付いている。
ここからどうする事だって俺には出来るのさ。
だったら今すぐ、汚物を洗い流してやるまでだ……!
「ッ!? 待ってー、アーク――」
「【輝操・転現】ッ!!」
この時、俺の拳が震える程に強く土を握り締める。
それで景色の先のゼコルはと言えば。
たった今、奴は土へと崩れ去っていた。
己が崩れていく事に絶望しながら苦しんで。
きちんと頭を最後まで遺す様にしたから存分に味わって欲しい。
「……今、ゼコルは人ではなくなった。この土と同じ組成に変えてやったんだ。奴にお似合いの末路だろうさ」
「さすがアークィン、やる事がえげつないねぇ。ま、アイツは死んで当然の様な奴だから全く同情しないけれども」
後は呪いの土として死ぬまで衰弱し続けるがいいさ。
人ではなくなったから呪いも解けた事だし。
実際、もう繋がりも消えたから意識が肉体に戻っている。
だからふと振り向けばマオが笑みを見せていた。
「それは、どうかなー」
「「「えっ?」」」
けどそんな喜びも束の間、フィーの浮かない声が聴こえて来て。
皆で振り向いてみると、そこには何故か肩を落とした彼女の姿が。
「アークィン、あちしは言うたよ。犯人を見つけよーて。でもそれ、死なせるのは違うの」
「え……?」
フィーの落胆具合は異常だった。
被ったフードで顔全体が隠れてしまうくらいに。
それでいて震える様にも見えていて。
そんな中で彼女の腕が上がり、杖先が村を指した。
「だけどもう、遅かた。手遅れやよ」
たちまち悪寒が漂う。
身体が動かなくなってしまいそうな程に。
だけどフィーの杖に釣られてしまって仕方がなくて。
それで皆で振り向いた時、現実が視界に映ってしまった。
村人が、倒れていたんだ。
しかも映った者全員が、まるで枯れた草の如く静かに。
彼等はまるで動く様子が無かった。
周りの景色と同化したかと思える程に。
それどころか、さっきまであった気配が一切消えてしまっている。
まるで廃村かと言わんが如く。
「【生命越源現象】やね。みんな、呪いの反動に耐えられなかったんやよ」
「「「プラーナル、ダウン……!?」」」
しかしフィーの言葉が容赦無く現実を教えてくれる。
今俺がしでかしてしまった事への代償の正体を。
「呪いは一定の力を奪うと奪力を溜め込む習性があるー。で、強引に解呪すると奪った力が持ち主に還るーの。けど……」
「それって、まさかッ!?」
「限界近くまで奪った力はすごく強い。だから還って来た時の反動で弱った魂が押し出されて、その人は死んでしまうんやよ」
「「「ッ!?」」」
【生命越源現象】。
この事は父には教えて貰わなかった。
あの人も呪術にそこまで詳しい訳ではなかったから。
ただ反動らしき物があるとは聞いている。
呪いは相手から力を奪うも、奪った力は常に呪い内に残され続けていて。
消えると術者のデメリットも含めて各々に還っていくのだと。
呪いが解けると体調が元に戻るのはそれが理由だ。
でもまさかその反動がここまで作用するなんて。
想像を超えた事態に、俺もが身体を震わせずにはいられなかった。
自身の浅はかな行動が産んだ悲劇に堪えきれなくて。
「ね、姉ちゃん!? 姉ちゃあんッ!!」
その中、事態を把握したクアリオが堪らず自宅へと駆けていく。
だけど非情な現実は誰一人として逃す事は無かったんだ。
「うあああーーーーーーッ!!! 姉ちゃぁぁぁーーーーーーんッッッ!!!!!」
そして間も無く彼方からクアリオの悲鳴が聴こえて来て。
この時、俺達は揃って項垂れ落ちていた。
それだけの無力感が俺達の心を支配していたから。
救えたかもしれないのに。
救いたくても叶わなかった、と。
ただただ、後悔する事しか出来はしなかったんだ。




