第71話 呪いを仕掛けし者
呪術とは古い歴史を持つ術法だ。
起源は魔法よりも前とされ、多くの伝説をも残している。
当初は祈祷術や鬼道術などといった名でも呼ばれていたという。
他にも悪魔との契約を結ぶ外道術などとも噂されていたそうな。
しかし蓋を開ければ決して悪魔などは存在しなかった。
空想の存在に罪悪感を押し付け、怨念を増幅させる手段に過ぎなかったのだ。
その悪魔が山羊の化け物を象っていたのは、呪術の祖が鹿人族だったから。
嫌いな山羊人族を敵視する余り、その様な虚像が生まれたからだそうだ。
そんな紆余曲折を経てもなお研究は続けられて。
今では怨念を媒体にした術法をひっくるめて呪術と呼んでいる。
決してクリーンな術ではないが、使い方次第では非常に有効だ。
かくいう俺も父より一部の呪術を習得させられているしな。
感情の起伏を利用し、相手を知らず内に弱体化出来るから。
ただあまり使おうとは思わない。
自分にもデメリットはあるし、気持ち良いものでも無いし。
こんな物を好き好んで使う奴は恐らく、心が相当捻じ曲がっているだろうさ。
しかしそんな呪術がまさかクアリオの村に仕掛けられていたとはな。
しかも果てに死を招く衰弱の呪いが、だ。
こんな恐ろしい物を仕掛けた奴など絶対に許されない。
だから今、俺達は顔を合わせて頷き合っていた。
何としてでも呪いを消し去り、村を救うのだと。
本来あるべき姿へと戻す為にも。
「そこでアークィンの出番だーね」
「あぁ、任せろ。俺なら犯人にバレずに追跡出来るからな」
しかし普通の呪術となると解除はほぼ不可能だ。
当人がここにいなければなお更に。
魔法とは概念が異なるので解除魔法なども透過してしまうから。
だが俺の【輝操術】は違う。
なにせこの術は何でも出来る力だからな。
相手からの干渉は出来ないが、こちらからは出来るのさ。
そして明確に呪術があるとわかった今なら――追跡さえ可能。
「お、赤空界でもやった奴をやるんだね?」
「ああ、任せろ! 【輝操・探追】!」
故に今、俺は両手甲を重ねてXを刻んだ。
更には深く術式を編み、効果をより強く深くさせて。
後は生まれた輝きを大地へと投げ付け、叩き込む。
これだけで【輝操術】が俺の意思に従って呪術を追跡してくれるだろう。
そこで俺は大地に膝を突き、大地に手を充てて目を瞑る。
術が感じ取った情報を受け取る為にと。
「少し静かにしていてくれ。これから呪術の足跡を探ってみる」
呪術は基本、術者と常に繋がっているもので。
だから掛け捨ての魔法と違って追跡は容易だ。
それに今回は術者の正体を掴むだけ。
赤空界の時の様に走り回る必要は別に無い。
それにこう集中すれば【輝操術】を通して景色を見る事も出来る。
「よし、呪術の存在を捉えたぞ。なるほど、ここら一帯を包み込んでいるな。薄い膜みたいなものだが、今ならハッキリと見えるよ」
今は俺が俺達を地面から見上げている、と言った感じ。
更にその手前で赤い膜がゆらゆらと揺れて渦を巻いている。
それで周囲を見回してみると、ある所から紐状の痕跡が伸びていて。
辿ってみると景色の果てにずっと続いている様だった。
これだな、繋がりは。
「足跡を見つけた。一気に先へ行ってみるぞ」
ならばと、繋がりに沿って一気に突き進む。
今は光みたいなもんだからな、距離なんてほぼ関係無い。
一瞬でめくるめく景色が変わって、あっという間に末端へと到着だ。
その先にて見えたのは、暗い景色だった。
どこかの建物の通路だろうか、壁や天井が見える。
随分と古風な紋様を持った青緑の壁面が。
そしてその中を歩く人物が一人。
「誰かが歩いているな。背の高いマジシャンハットに、肩が横に尖って伸びたローブコートを纏っている。いずれも燻った群青色だが新しめだ。気取ったように歩いているが、この歩きぶりは男、それも結構な歳を行っているか」
足跡だからな、どうにも背姿しか確かめられない。
しかしそれでも充分に特徴的とも言える姿だろう。
だからか、耳元にマオの詰まらせ声が届く。
どうやら犯人の正体に心当たりがあるらしいな。
となると彼女は相応に緑空界の事にも詳しいのかもしれない。
「マオ、相手が誰だかわかるのか?」
「……そいつは十賢者の一人、【呪詛研啓士ゼコル=グノポル】だね。己の研究の為なら人の命を何とも思わないクソジジィさ。知る限りでも、どこからともなく連れて来た子供を呪いの実験台にしていたよ」
で、いざ口を開けばこの名が出て来た。
まさかの緑空界を支える十賢者の一人が。
なんとなく予想はしていた。
けどまさかここまで直接的に手を下しているとはな。
おまけに性格からして、村一つを消し去る事さえ躊躇わなさそうだ。
そうも思えば、途端に頭が熱くなって来た。
何様のつもりだ、コイツは……!
己の呪術の為に村をも犠牲にしたのか?
それだけの怨念を彼等に抱いているのか?
だから土地を分けるなどと言って呪いの土地を与えたのか!?
混血児達を一網打尽にする為にと自由を餌にして!
ここまで理不尽過ぎる話があるのかよ!?
これならまだバウカンの方がずっと優しいじゃないかッ!!!
アイツだって民衆を憎んではいたが殺す程じゃなかった。
ちゃんと社会の仕組みを与え、赤空界を回していたんだ。
その上で限界まで搾取していたから問題だっただけでな。
だがコイツは違う!
【輝操術】を通して感じるぞ、ドス黒い怨念の感情を。
とめどなく殺意が、害意がゼコルから溢れているんだ。
感じ取るだけで吐き気を催すくらいに濃く淀んだものがな……!
まるで村の者達など虫とすら思わない意識を感じるぞッ!!
醜悪だ。
害悪だ。
コイツはこの世に存在してはならない悪意そのものじゃないか!
クソッ、これだけで気が狂いそうだ。
探追で探れば奴の精神が俺にまで影響してしまうからこそ。
けど、だからと離れる訳にはいかない。
コイツだけは何があろうと絶対にな……!




