第63話 赤空界を発つ
バウカン弾劾作戦終了後はとてもスムーズに事が進んだ。
俺もマオもほぼフリーで帰る事が出来たくらいにな。
むしろ通り掛かった反乱市民に挨拶されたくらいさ。
で、バウカンの処遇はと言えば――裁判判決待ちに。
どうやら俺の思った通り、市民はそこまで愚かじゃあなかった様だ。
執務室へ雪崩れ込んだのは確かだが決して暴行などはしていない。
身柄は自警団組に拘束され、今現在は牢屋に拘留中だそうな。
近い内に余罪なども追及し、然るべき罰を下すらしい。
また側近などの裏事情を知る者も同時に捕まったそうだ。
後釜が生まれては堪ったものではないし、当然の結果だな。
ここまで対応が迅速で穏便だったのは市民が規律を重んじていたから。
バウカンの造り上げた制度が正しく機能した結果だと言えるだろう。
それが奇しくもバウカン自身を罰する事になった訳だけれども。
人っていうのはな、成長するんだよ。意識だってそう。
アイツもこの民度成長に気付いていればこうもならなかっただろうに。
きっと見下し過ぎて盲目的になっていたんだな。
ま、あの頑なさじゃ気付いても見て見ぬフリしそうだけれど。
なお暴動騒ぎもバウカンが逮捕された事であっという間に収まったものさ。
事後はどこもかしこもが喜びに溢れていたそうだ。
なんでもバウカン当人が観念し、全て自白したから。
そのお陰で俺達へは何の追及も来なかったよ。
あ、ちなみに【大統領杯】レースは無効だってさ。
途中から大型モニターにあの暴言姿が映ったからな。
たちまち暴動が発生してレースどころじゃなくなっていたらしい。
――なんて、ここまでの話を全てあのおっさんドワーフにまた教えてもらったよ。
ホント凄いなあの人、なんでそこまで情報通なんだ。
もちろんココウ達は無事。
ノオン達に守られていたお陰もあって暴動にも巻き込まれなかった。
もっとも、ココウ自身はとても残念がっていたけどな。
「最初から映像を眺めていたかったよ」って。
そこは素直にすまないと謝っておいたよ。笑いながら。
ともあれ、こうして当日の騒ぎは終わりを告げて。
翌日ともなれば、今までとなんら変わらない人々の生活が待っていた。
ほんの少しだけ仕事の回し方はぎこちなかった様だけれど。
でも至らない所はこれから自分達で補正していくから平気だろう。
無理矢理回されていた歯車を、今度は自分達で正しく回していくんだ。
好き勝手していいって事が自由って訳じゃあない。
こうやって最適な形を目指して試行錯誤するのが本当の自由なんだから。
その事を理解している皆なら、きっと今後も心配はいらないだろう。
そしてあれから六日が過ぎて。
俺達は今、赤空界から旅立とうとしていた。
もうこの国に留まる理由は無いしな。
「皆、本当にどうもありがとう。【銀麗騎志団】に出会えた事を僕はとても誇りに思う」
「俺もだココウ。お前との出会いが無ければここまでの事は出来なかった。きっとバウカンの悪事に全く気付きもしなかっただろうさ」
「なら僕達の出会いこそ奇跡だったのかもしれないね。はははっ」
なにせもう手伝える事が全く無い。
全部市民がやってしまったし、心配事もなくなってしまったから。
バウカンへの判決は後に虹空界中へ公開されるそうだ。
新体制政府が自浄を目的としてそう決めたらしい。
なので旅立った後でも結末を知る事が出来る。
全業態化も基本的には維持するとの事。
ただし移民が来やすくなるよう【ケストルコート】を有効活用するそうだ。
これできっと餓死者も出にくくなるに違いない。
こういった様にたった数日で赤空界は大きな変化を見せている。
数十年でこれだけ変化を見せたのはきっとこの大陸くらいなもんだろう。
そう考えると一番HOTな大陸というのは間違い無いのかもしれないな。
そんな大陸を離れるのは少し名残惜しい所だ。
なにせ心残りが一つだけあるから。
「それでだけどココウ、一つ相談がある」
「ん、なんだい?」
「もしよかったら、俺達と一緒に来ないか?」
「えっ……」
俺達はまだ魔導技工士を仲間に加えていない。
相応しいと言える者が見つからなかったからだ。
このココウ以外に。
彼は運転もだが、整備技術も卓越していて。
先の作戦前に整備姿を見せてもらったが、とても様になっていた。
きっとそれだけの技術を得る為に相当の努力を重ねて来たのだろう。
だから誘うならココウと決めていた。
もちろん仲間達も同意の上でね。
だったのだけれど。
「――すまない、気持ちは嬉しいんだけどやっぱり僕はいけないよ。まだ夢を諦めきれないからね。何としてでも真の【フライハイアー】になりたいんだ」
「だよな。いや、そう返されるのはわかっていたんだ。けど一度は訊いてみたくてさ」
これは残念ながら断られる事に。
まぁこれは皆も予想していた事だから驚きはしないさ。
宣言通り、ココウはレーサーへ戻る事になったんだ。
【スカイフライヤー】自体は今回の一件でしばらく休止になったけれど。
だけど新政府が正式発足後、近日中に復興させるつもりらしい。
そのついでにココウ用の新機体を都合してくれる事も約束してくれた。
なにせ功労者の一人だし、重要な素材も騒動の最中で手に入ったしな。
だからいずれ空を駆け巡る時がまた訪れるだろう。
それこそ飾りではない真の【天翔ける者】を目指して。
なら俺達はその吉報を待つさ。
彼ならいつか必ず成し遂げてくれると信じているからな。
「でももし技工士を探しているなら良い宛てを知っているよ」
「へぇ? どんな奴なんだい?」
「名前はクアリオ。緑空界に住んでいる親友でね、僕が憧れるくらいに技工技能が優れているのさ。ほんの少し変わった奴だけど。けどね、独自に技能を学べてしまうくらいに意欲がずば抜けて凄いんだ。技術的な事なら何でも出来るしね」
するとそのココウからまさかの逆オファーだ。
なるほど類は友を呼ぶ、技工士なら技工士の友人がいてもおかしくはない。
しかも勧められる程ならきっと相応に優れているのだろう。
「それに混血だから、もしかしたら君達にも合うんじゃないかな。〝自分の船を持ちたい〟って夢を今でも追いかけて頑張っているハズだよ」
「そうか、ココウの親友も混血だったんだな。それで俺達にも蟠りが無かったんだ」
「そうだね。エルフは異種族を嫌う風習が強くて混血を凄く避けたがるけど、僕はクアリオがいつも傍にいたから全然気にならなかった。やっぱり好き嫌いなんて只の印象でしかないんだって今更ながらに思うよ」
おまけに混血となれば蟠りも少なく済みそうだ。
確かに条件としては申し分ないかもしれない。
それに変な奴という点に関しても問題無いしな。
なんたってこの【銀麗騎志団】には漏れなく変人しかいないし。
――いや、俺だけはまともだと信じているぞ。
「わかった。緑空界に行くならそのクアリオって奴を訪ねてみるよ」
「うん。結構有名だと思うから名前を出せばすぐ会えるハズさ」
にしても有名になるくらいの変人なのか。
いや、きっと技工士として優れていて有名という事に違いない。
ひとまずそう信じるとしよう。
さて、長話はここまでにしておくか。
こうも話し続けていたら未練ばかりが膨らんでしまいそうだから。
「それじゃ俺達は行くよ。良い結果が新聞に載る事を期待している」
「ありがとう! アークィン達も達者で!」
故に俺達は颯爽と【銀麗号】へと乗り込んだ。
ココウの見送りを受ける中で。
相変わらず操縦士は俺のまま。
けど今度は来た時とは訳が違うぞ。
なんたってこの六日間でココウから高速船の操縦方法を教わったからな!
だから今ならまともに操縦出来るハズだ。
計器以上無し、ペダル安全確認ヨシ、発進前点検OK、準備完了!
無駄動作が多いって? 知った事か!
さぁ行くぞ、念の為に掴まっていろよ。
あと次の目的地はまだ決まってないから早く決めてくれよな。
こうして俺達は再び空へと舞い上がる。
未だぎこちない飛行姿を見せつけながら。
それでも俺達の心はとても晴れやかだったよ。
また大きい事を成し遂げたのと、新しい友人も出来たから嬉しくて。
なら次の大陸でもまた上手く行くって、そう思えてならなかったんだ。
だけどこの時、俺達はまだ知る由も無かった。
この旅先にて待ち構えていた巨大な悪意に。
今まで以上にドス黒くておぞましい怨念が渦巻いていた、なんてさ。




