第56話 精霊朋師(エレメンタリアン)
遂に大統領弾劾作戦が決行された。
成功率? そんな物知ったこっちゃない。
可能性など強引に切り拓くだけだ。
そんな気概を持って今、俺とマオは地下への通路を見据えていた。
目標はレースが終わる前に完遂する事。
もし間に合わなければバウカン大統領は人知れずここを去ってしまう。
そうなれば今後居場所を突き止める事が出来なくなるだろう。
それまでの猶予はおよそ二時間。
後はこの通路の先が短い事を祈るばかりだな。
「それじゃあアークィン、ちょいと準備させてもらうよ」
「わかった、頼む」
ただ今のマオではそんな短時間での追跡も不可能だ。
彼女は戦力で言えば後衛、身体能力が乏しいから。
恐らく普通に走れば一〇分と持たないだろう。
それどころか俺について来れるかさえ怪しい。
だけどそれは普段通りのマオならばの話で。
これからの秘策でその問題は解決するらしい。
なら一体どうするつもりだろうか?
大きくしたクロ様にでも乗っかって行くつもりか?
ただ、どう見ても通路は五人分ほどと狭い。
先日の様に巨大化させた所で詰まるだけだ。
「〝聴け精霊よ、大地を巡る命声を! 然らば在りて降りて、重ね願しは雄界の獅園! 繋げたもう、万華の化身が如くして!〟」
しかしそれでもマオの印に迷いは無かった。
クロ様を背に預けたまま、両手が素早く魔力を放つ。
するとそれは起きた。
なんとマオが突如として輝き出したのだ。
いや違う!
輝いているのはクロ様だ!
クロ様が半透明となり、黄金の輝きを放っているんだ!
しかもそのクロ様が、マオと重なり合っていく……!
そしてその身体が一つとなった時、眩い光が空間を照らす。
余りにも輝かしくて、思わず目を瞑ってしまう程に。
それで目を見開いた時、俺達は驚愕する事となる。
想像を絶する変化を迎えた彼女を目の当たりにした事によって。
緑の髪が輝き、ゆらゆらとタテガミの如く揺れて。
全身が黄金の煌めきに包まれ、雄々しく立つ。
それも不思議と全長もが伸びたかの様に大きいんだ。
その姿、まるで金色の獅子。
弱々しかった姿はもはや見る影も無い。
なにせそれだけの力強さに満ち溢れているのだから。
『人の子よ、我が力を行使するなれば失敗は許されぬぞ。心して挑むがよい』
「お前、マオじゃないのか!?」
『マオであるがマオではない。我と相棒の意識を重ねたゆえ、より高位の存在となった。この口ぶりは其が影響と思え』
「そうか、これは普通の精霊術じゃないな。強いて言うなら、【精霊憑依術】と言った所か……!」
そう、目の前にいるのは一時的に進化したマオなんだ。
クロ様という精霊と合体して身体能力を引き上げた姿なのだろう。
確か父もこう言っていたな。
〝精霊術を極める事など人には出来ぬ。精霊とは大地の化身、人よりもずっと魂が高位であり、従わせるなど不可能だからだ。しかし寄り添う事は出来る。より強く精霊と絆を結べるならば、現存の魔法よりもずっと強い力を発揮出来るだろう〟と。
恐らく、それが今のマオ。
極限にまでクロ様と絆を結んでいるからこそ、ここまでの力が引き出せた。
となれば今の実力はもしかしたら他の誰よりも強いかもしれん。
『残されし時は一刻。その間に決着を付けようぞ』
「よし、じゃあ行くぞ! 【光音遮絶】、【気空滑】!」
ただし欠点があるとすれば他の魔法が効かなくなる事か。
攻撃魔法の無効化も、こういった強化魔法もな。
高位精霊化だから低位魔力が負けてしまうんだ。
例え最上級魔法だろうが関係無く。
だけどその点は心配いらないらしい。
今のマオなら自分の力で知覚遮断出来る様だ。
故に俺達はすぐさま走り出していた。
仲間達に見送られる中で。
更に時間制約も出来たなら悠長にはしていられないからな。
それから俺達は一切止まらず通路を突き進んでいた。
都度、歩く運営スタッフを紙一重で回避しつつ。
彼等なら傍を通り抜けても問題無い。
戦闘員でないからか、気配に気付きさえしなかったしな。
まぁそんな回避行動が必要なのは俺だけだけど。
なんたってマオは高天井を逆さまで走っているし。
精霊化したとはいえ自由過ぎるだろう。
おまけにマオには俺がしっかり見えている。
今なら知覚遮断魔法さえ透視してしまうからだ。
だから追いかけるなんて何の苦も無いらしい。
ならばと俺も全力で滑り抜ける事が出来たよ。
置いて行ってしまう不安が全く無くなったから。
それにしてもなんて規模の地下通路なんだ。
まるで大地を丸ごとくり貫いたと言わんばかりの大きさだぞ。
通路が狭かったのは最初だけ。
奥まで進めば機空船が通り抜けられるくらいに広くなった。
おまけに全体が人工石壁で塗り固められている。
これだとテッシャは間違い無く手が出せない。
にしても見るからに随分と整った場所だな。
恐らく秘密の物資搬送も兼ねた大通路なのだろう。
実際、今も多くの荷物が移送されているし。
それに人の数も多い。
バレる事こそ無いが油断は出来ないぞ。
うっかりぶつかりでもしたら大惨事になってしまう。
それでも俺達は潜り抜け、バレないままに道を突き進んだ。
道標があるからこそ迷う事も無く。
そのお陰で、おおよそ四〇分後。
俺達はようやく、とある部屋の前へと辿り着いていた。
もうレース場の敷地内であるかどうかさえわからない。
それだけ長く深く走り続けていたからな。
それでも追う事が出来たのは単にココウのお陰と言える。
どうやらしっかりバウカンの意思を惹き付けてくれている様だ。
にしても、一体何故ここまで入り組んでいるんだ?
バウカンの警戒心ゆえか、それとも単にダンジョン好きなのか。
道中に宝箱でもあればなお良かったんだけども。
――で肝心の部屋はと言えば、あからさまに要人部屋だな。
大通路の真ん中に仰々しい木製両開き扉。
そして護衛らしきドワーフが二人立っている。
騎士らしい装備から察するに、紫空界帰りのエリート近衛兵ってとこか。
随分と手の込んだ守りじゃあないか。
だが、俺達はお前達程度じゃあ止められない。
まずは俺が滑る勢いのままに特攻、直前で魔法を解除。
気付かれようが関係無く、一人を蹴り飛ばして壁へ打ち付ける。
それでもう一人の警戒がこっちへ向いた所で、マオが地面へ叩き伏せた。
「よし、上々だ。一気に突っ込むぞ」
ただ、これで俺達の侵入がバレる。
周囲の非戦闘員はもう既に気付いて逃げているしな。
けどもう遅い。
バウカンの気配はもう目と鼻の先なのだから。
逃げる時間さえ与えるつもりは無いさ。
その意志のままに俺達は扉を叩き開いた。
まるで押し入りの如く、扉自体を壊すほど強引にな。
しかしこの時、俺達の前に現れたのはバウカンじゃなかった。
それどころか、思いも寄らない者達が待ち構えていたのさ。
「フハハハ!! 侵入者だ、侵入者が来たぞ兄者達よ!!」
「おおッ、まさかこの様な日が来るとは思ってもみなかったぞ弟達よ!!」
筋肉ばかりだった。
大部屋一杯に赤の筋肉が詰め込まれていたんだ。
それも全員鬼人族という錚々たる顔ぶれで。
しかも部屋の片隅には幾つもの筋力トレーニング用魔動機が。
おまけに熱気が籠り、全員が漏れなく汗をかいている。
どうやら絶賛鍛錬中だったらしい。
なんて暑苦しいんだ!
そもそもなんでこんな所が地下にあるんだよ!
「本当なら共にマッスルアップしたい所だが、侵入者は須らく処分せねばならない。そうバウカン殿と契約を結んだからな」
「しかし我等が見込む者ならば、共に励む弟者として迎えても構わんぞ!」
「断る!」
確かに筋肉には憧れるが、俺の目指す姿はこれじゃない。
――というか今はそれどころじゃないんでな。
部屋の奥にはもう一つ大扉が見える。
恐らくその先にバウカンがいるのだろう。
だとすればこいつらは直属の護衛集団と言った所か。
にしても鬼人か、少し厄介だな。
鬼人族というのは強靭な肉体が売りの種族。
他の種族よりも体が大きく、頑丈で力も強い。
なのでかつての戦争では傭兵としてもよく活躍したらしい。
詰まる所、戦闘種族という訳だ。
一般人でも強さは段違いに違う。
強者ならたった一人でドラーケンに立ち向かうと言うしな。
こいつらがそこまでの猛者であるかどうかはわからん。
だが強いからこそここに常駐しているんだ。
表の奴等は所詮、飾りに過ぎない。
それにこの人数だ、俺もてこずるかもな。
「ふははは! なれば我等の拳の礎となるがいい!」
「一人一人四肢を千切り飛ばし、ケバブの様に焼いて――」
けれど、そう思っていた矢先だった。
突如として敵の一人が、もう吹き飛んでいた。
何が起きたのか、俺もすぐにはわからなかったよ。
ただ一瞬だけ瞬いて、気付けば奥の壁に打ち付けられていたんだ。
それも全身血塗れで、一切動く事も無くなっていて。
で、そいつの腹にマオの蹴りが沈んでいたっていう。
『御託は良い。我が道を阻むというならば纏めて地へ還すのみ』
速い……!
全く溜めが無かったぞ!?
今の加速度は俺やノオンでも再現出来ない。
というより物理的存在では誰であろうと実現不可能だ。
精霊体として慣性を無視出来るからこそ成せる技だからな。
そしてあのパワー。
今の一撃は俺の【鋼穿烈掌】にも匹敵する。
精霊体そのものが闘氣功の役割を果たしているからこそ。
『行け、人の子よ。この場は我が引き受けよう』
なら予想以上に強いぞ、今の彼女は。
鬼人など物ともしない程にな……!
つまり、これこそが【精霊朋師】マオの真価なのだ!




