第55話 潜入作戦開始
俺はココウに正義の味方と名乗った。
けどきっとそれはまだ間違いなのだろう。
何故なら市民はまだ大統領を信じているから。
今の国の在り方を良しと思っているし、逆らうつもりもない。
そんな体制を崩そうとしているからこそ、とても正義とは言えないんだ。
俺達のやろうとしているのは所詮、独善でしかないんだって。
だけどそれでも構わない。
例え独善でも、誰かが一石を投じなければ。
今の形が間違いだと教えなければいつまで経ってもこのままだ。
搾取されて、騙されて、死ぬまで働き続ける事になる。
だから俺達がやるんだ。
その結果、怨みを買う事も覚悟して。
それが俺達の抱く〝正義という名の決意〟の形だから。
ココウと出会ってから一週間が過ぎた。
それで俺達はと言えば今、競船場にいる。
それも操縦士とその関係者だけしか入れない場所にな。
「アークィンさん、機体の調子は良好だよ。これなら今まで以上に飛べそうだ」
「それは良かった。ならこの機体を持って来た甲斐があるってもんだな」
そう、ここは競船場内の機体調整室。
レース出場前の機空船を搬入し、調整・点検を行う場所だ。
俺達はここに整備スタッフとして訪れた。
S1操縦士ココウ選手の専属としてな。
しっかり作業着も皆お揃いで、見た目もばっちりさ。
とはいえそれは名目上で、実際の整備はココウに任せてあるけれど。
ただ、ココウの機体【マルデダメダロン号】は既に無い。
前回のレースで爆発して木っ端微塵、修復も不可能だったから。
だからここで俺達の機体を貸す事にしたんだ。
その登録機体名は【銀麗号】。
まぁ俺達の機体だからな、名前くらいは自由にさせてもらうさ。
「でもいいのかい? この機体を使ってしまって」
「構わない。場合によってはこのままずっと使ってもらってもいい。どうせ俺達じゃ手に余る代物だしな」
じゃあ何故こんな場所に来たのか。
それはもちろんレースへ出場する為に決まっている。
ただ、普通に試合で飛ぶ為じゃあない。
あくまでもバウカンの居場所を探り当て、乗り込む為にだ。
「所で、例のブツはもう取り付けられたのか?」
「うん。さっき運営スタッフがしっかりとね。見てみるかい?」
「頼む」
その前準備こそがこの整備点検。
例の爆弾とやらを実際に拝む為な。
それでいざ操縦席の傍へと案内されてみれば、確かにそれはあった。
見覚えの無い箱がいつの間にか床に備わっている。
これが反抗した時に起爆されるブツか。
にしても操縦席の傍にあるから結構怖い。
恐らくは指向性爆薬の類だろう。
つまり仕向けた方角にしか爆風が行かない代物だな。
全く、本当にとんでもない物を付けてくれるよ。
それで早速ブツへと探知魔力を巡らせて仕組みを解読してみる。
……やはりココウの言う通り爆弾で間違いなさそうだ。
「遠隔操作魔法が掛かっているな。でもそれだけで傍受魔法は無し……よし」
「で、僕は普通に飛べばいいんだね?」
「ああ頼む。こっちは今からバウカンを探してくる。競技が終わる前には必ず何とかしてみせるから、だからそれまで我慢して飛んでくれるか?」
「任せて。出来る限り爆破されない様に飛んでみるよ」
俺の目的はこの爆弾を調べる事にある。
その機会を得る為にと、ココウには今回もエントリーしてもらった。
それは今日のレースがまた一つ特別だから。
その名も【S1大統領杯】。
近年に出来上がった賞の一つだ。
このレースにはその名の通り、バウカン大統領が直々に出席する。
ただしその姿を観れるのは画面だけでしかないが。
でもその代わり、近くにまで来ている事に違いはないらしい。
その場所がスタッフにも知らされていないというだけで。
だからこそ今日を狙って出場したという訳だ。
この機体調整室からバウカン大統領の場所まで一気に向かう為にな。
恐らく奴はこの施設のどこかにいるはずだから。
そしてその道標はもう、俺の手の中にある。
「ノオン、フィー、テッシャはココウのサポートと護衛を頼む」
「「「オッケェーイ!」」」
しかし皆で向かう訳にはいかない。
スタッフ全員がいなくなると怪しまれるしな。
それにココウを一人にするのも問題だし。
そこで俺達は戦力を分散する事にしたんだ。
ノオンはまだ意思疎通が難しく、フィーはこういう行動に向いていない。
室内となれば土面が少ないからテッシャも役に立たないだろう。
だから三人には常駐スタッフとしてココウを守ってもらう。
装備は予め【輝操術】でこっそり持ち込み済みだから問題無い。
「それじゃあマオ、行くとしようか。今回は二人だけで事を済ませるぞ」
「りょうかぁい。ふふ、滾るねぇ」
なので今回は俺とマオで行く事に決めた。
幸い、マオにはとっておきの秘策もあるらしいしな。
今度は賭け事じゃなく、れっきとした精霊術の方で。
加えて今の意気込みもあれば充分だ。
こう確認し合い、互いに作業着を脱ぎ捨てる。
どうやらココウ達も準備も出来たみたいだな。
マオももうとっくに平気らしい。今日のサムズアップは一段と力強い。
なら、これより作戦を始めるとしようか。
「【輝操・探追】!」
早速と俺の両手甲が輝きを放つ。
×を描いた閃光が。
更に術式を組んで制御し、【輝操術】を発現させる。
するとその途端、光が大地へ吸い込まれて消えていった。
仲間達が不思議そうに眺める中で。
「安心してくれ。俺だけには今の【輝操術】の位置がしっかり把握出来ている。爆弾に籠められた意思を媒体に、どこまで繋がっているかを追跡出来るんだ」
「へぇ、凄いねぇ。でもそうすると爆弾を造った奴の所に行ってしまわないかい?」
「いや、そこは大丈夫だ。この力は媒体を基礎にして、思惑や思念といった感情を追跡するんだ。それも最も強い感情にな。つまり、〝爆弾を爆発させたい〟と最も思っている奴の所に向かうのさ」
そう、これは失敗なんかじゃない。
ただ単に地面へ潜らせただけ。
俺達をバウカンの下まで運ぶ道標とする為にな。
そしてしっかり力が機能しているという事は、間違いなく近くに奴がいる。
俺の意思と奴の意思が繋がったって証拠だ。
その様に働く力なのさ、この【輝操・探追】は。
「――来たな、意思が見えたッ!」
お陰で今、奴の存在感を捉えられた。
後は道標に沿って最短ルートを抜けていくだけでいい。
その道中に何が待っているかまではわからないけどな。
「よし準備出来た、マオは俺に付いてきてくれ」
とはいえこのままじゃあ追跡力は乏しくてね。
だからココウにはギリギリの戦いをしてもらわなければならない。
大統領を煽って爆弾に対する感情を強めてもらうって寸法だ。
でもココウならそんなこと朝飯前だろう。
そう信じているからな、不安なんて一つも無いさ。
こうして俺とマオは術の示す先――地下通路に続く道を見据えた。
ココウの機体が整備室を離れていく中で。
さて、これからは時間との戦いだ。
悠長にしている暇なんて無いだろうさ。
俺が直々に大統領へと弾劾を突き付けるまではな。




