第53話 操縦士が見た闇
「改めて紹介するよ。僕の名前はココウ=ファジョッシ。緑空界出身の元競船操縦士さ。まぁまだライセンス失効には至ってないけど、無断出国したら取り消しになるからいいかなって思ってここまで来たんだ」
このココウとの偶然の出会いから間も無くの事。
俺達は彼の話を聞く為に自分達の船へと戻ってきた。
ここなら桟橋の先で海の上。
誰かが盗み聞きしようと近づいても気配ですぐわかるだろう。
周囲に【傍受魔法】が掛かっていない事も確認済みだ。
ついでに【防音魔法】も掛けといたから音が外部に漏れる事は無い。
ココウもそれがすぐわかったらしい。
さすがエルフ、魔術的直感は鋭い様だ。
もちろん俺達が即座に対応した事を驚いてはいたがな。
だからこうして本音まで打ち明けてくれた。
なら俺達も応えなければいけないな。
「俺達は【銀麗騎志団】といって世界を旅する冒険者だ。目的は悪事を見つけてブチのめす事。それ以外は気ままに食べ歩きしている」
「アークィン、最後のはちょっと違ーうー」
「いや、概ね合っているだろ?」
続いて各自の紹介も済ませる。
個性溢れる面々にココウも思わず苦笑いだ
それでひとまず話が出来ないノオンに料理を任せておいて。
時間を空けるのも何なので早速話を聞く事に。
――と思ったのだけど。
「まず本題を語る前に、ちょっとだけ前置きの質問をさせてもらうね」
「ああ、わかった。何でも聞いてくれ」
「君達はここに来て、街がどれだけ暮らし易いと思ったかい?」
最初からのこんな質問に、頭を捻らせずにはいられなかった。
ココウの質問の意図が理解に及ばなくて。
「……正直、暮らし易いとはとても思えなかったな」
「そうだねぇ、喰うにも困るって感じで」
「あちしは~二日間、スィーツを食べ~てないんやよ~……」
「土掘ってみたけどミミズいなかったー」
当然だ。
なにせ今日まで一ウィルすら稼ぐ事が出来なかったんだから。
お陰でこの三日間、俺達は全く普通の食事を摂れなかった。
それを快適だなんて思うハズも無い。
でもそれが治安の為ならと思えば不思議でも無かったよ。
浮浪者を増やさない為の処置とすれば言い訳も付くし。
だけどこうしてココウが口に出して初めて疑念を憶える。
どうしてここまで徹底して働き口を管理しているのかと。
これではまるで外部からの人を締め出している様にしか見えない。
例えば俺達の様な異端者を寄せ付けない為に、な。
「そうだね。きっと来たばかりの人にとってこの国はとても暮らしにくい。定職に就かなければたちまち餓死してしまうから。実はそういう人は毎日ちらほら出ているのさ。気付かない程に早く処理されているけどね」
「なッ!?」
そしてその考えは決して勘違いでは無かったのかもしれない。
俺達もまたココウの言う〝死への生活〟に取り込まれた存在だから。
【輝操術】のお陰で最悪を免れたというだけの。
「そこは私も気付かなかったねぇ。光合成していれば済む話だったから」
「うん、樹人系の人は水と日光があるだけで生きられるからね。でもその分活動的じゃない。なので国も彼等に関しては放って置いているのさ」
「それってまるで、活動的な奴を封殺している様にしか聴こえないんだが」
「そうさ。なんたってこの国は言論統制されているんだから」
「なに……!?」
しかもその〝死への生活〟が仕込まれたものならば。
馴染めない者を徹底排除するシステムが出来上がっているならば。
この国は馴染めた者しかいなくなる。
今の生活システムに順応した者達ばかりの国となるんだ。
それも死者を反面教師として、今の生活に誇りさえ持つ事になるだろう。
例え今の生活が困窮していようともな。
その仕組みに取り込まれたら最期、彼等は政府に反論さえしなくなる。
反論すればたちまち稼ぎを失い、須らく餓死への道を辿るから。
詰まる所のこれがココウの言う言論統制の仕組みなんだ。
「その為に人々は政府に逆らう事が出来ない。いや、逆らう意志さえ無いんだ。今の生活に満足してしまって。なにせ市民が働く先は全て政府がコントロールしているくらいだしね」
「待ってくれ、それが競技レースと一体何の関係がある!?」
「あるさ、大ありだ。何故なら今の【スカイフライヤー】は政府主導の資金集め場と化しているんだから」
「「「ッ!?」」」
更にはその言論統制が政府の陰謀をも隠してしまっている。
【スカイフライヤー】という伝統競技を隠れ蓑にして。
あろう事か、人から疑う意思を奪った上で。
「君達の察しの通り、【スカイフライヤー】ほとんどの試合が八百長なんだ。政府が決めた道筋通りに飛んで、追い越して、選ばれた者が一位となる。しかもそれはランクが上がる事に顕著になるのさ」
「その目的が資金集めか!」
「そう。彼等は順位をコントロールし、気付かれない様に客から賭け金を巻き上げているんだ。そうやって市民から限界までお金を搾り取っているのさ。今の生活システムから脱出させないように程度を調整してね」
そうやって誰も気付かないから政府はやりたい放題なんだ。
市民はハズレてもただ運が悪いだけと思い込んでいるから。
それでもなお自分達が安全圏にいると安心しきっている。
言わば市民は搾取奴隷なんだ。
企業という名の政府管理システムに踊らされているだけの。
安心感という甘い蜜に惑わされて、捕まってしまった事にも気付いていない。
なんて事だ……!
赤空界はこれ程までにおかしくなっていたのか!?
父の話では解放感に溢れた街だと聞いていたのに!
「かくいう僕もその一部に組み込まれていた。僕の夢はもちろん【フライハイアー】になる事でね、親友と語り合うくらいには憧れていたものさ。だからその称号を得る為に必死で働いたんだ。S2、S1と昇格させてもらえるくらいに。けど、そこまでだった」
「そこまで……?」
「うん。僕はそこで真実を知らされたんだ。今の【フライハイアー】が偽りの称号だったって。なんたって一位になれる者は常に決まっているのだから。一年不出場も神風も嘘、あれらもまた民衆を喜ばせる為のギミックでしかなかったんだよ」
きっとココウもそんな街だと信じて疑わなかったんだろう。
それで夢を追い続け、従うままに駆け登った。
だけどそれは決して追い求めていた夢とは違う。
いや、それはもう夢なんかじゃない。
夢の香りがするだけの、歯車の鋳型でしかなかったんだ。
「僕はそれでガッカリしたのさ。追い求めていた夢がこんなに無意味な物だったのかって。栄光と歴史を司る称号は、只の名札でしかなかったんだって。そんな物に何の価値があるっていうんだ。それじゃケバブの包み紙にさえなりゃしないじゃないか……!」
「ココウ……」
「だから僕はあのレースで運営に逆らったんだ。僕らしいレースをしようって。自分の為に飛んで、思うがままに翔けてやろうってさ。だけど最後の最後で思う通りにはいかなかったよ」
「まさか、あの爆発は……!」
そしてその鋳型に嵌め込まれて歯車となった以上、もう逆らう事は出来ない。
社会という魔動機を回し、動力を送り、政府を動かす事しか出来ないのだ。
もしその流れに逆らおうとしたならば、間も無く交換されるだけ。
政府にとっては、S1操縦士でさえ使い捨てに過ぎないのだから。
「あぁ。あれは運営が起こしたんだよ。機体に予め備えられた爆弾で意図的に爆破されたのさ」




