第50話 アークィンが意気込んだ結果は
駄目でした。
最初はさ、良かったんだよ。
第二レースを見送って様子を見る事にして。
それで試合と選手状況を見てデータを取った上で賭けたんだ。
それで見事、第三、第四レースをしっかり当てたよ。
共に一番と二番がトップ争いに、一八番が三位って感じで。
三機とも割とギリギリだったけどな。
それで運命の第五レースにて事は起きた。
この時点で配当率はかなり狂っていたよ。
大穴だった一八番が一番二番と僅差になっていたんだから。
おまけに先のレースでその一番と二番が疲弊していてね。
それでマオは一発勝負を決める事にしたんだ。
今こそ一八番に全てを託すのだと。
だから俺達はそれを信じ、全財産を一八番につぎ込んだ。
もちろん一抹の不安はあったよ。
けど、一八番の今日の気迫はとんでもなかったから。
必ずやってくれる、そう信じて疑わなかったのさ。
そしてその信頼に、なんと一八番は応えてくれたんだ。
序盤から一番二番を抜いてトップを独走していたんだよ!
俺達は咆えたね。
そのままいけ! ブチ抜け! って。
周囲の観衆もがそう叫ぶ中で腕を振り上げてさ。
そしたらどうなったと思う?
ゴール直前でまさかの爆発四散だよ。
破片を撒き散らして大炎上、粉々に吹き飛んだ訳よ。
もうみんな唖然とするしかなかったさ。
かつてこんな事があったのだろうかって。
いやまぁ何度もあるらしいけれど。
だから俺達はついつい叫んじゃったね。
〝一八ばぁぁぁーーーーーーんッッッ!!!!!〟って。
ルールでは、爆発四散しても破片が到達すればゴールになるらしい。
でも残念ながら破片は一つたりともゴールゲートに届かなかったんだ。
なので一八番は失格、順位は最下位へ。
それで結果は二番が一位と安定した結果に。
俺達は見事一文無しへと転落した訳だ。
なお爆発の原因は無理な操縦が祟ったからとの事。
性能を越えて操縦した所為で、機体が限界を迎えたのだそうな。
最強を決める場にあるまじき事故だよな。
そのお陰で、もう【フライハイアー】が誰かなんてどうでもよくなっていたよ。
お金の事もあるけど、一八番が余りにも不憫でならなくて。
なにせあのまま行ったら間違いなく彼がトップだったからな。
そんな事実もあってか、がっかりしたのは俺達だけじゃなかった様だ。
総合結果を見ないまま帰る人達ばっかりだったからさ。
「はぁ~……なんか後味悪い結果になっちゃったねぇ。これは競船史上最悪の結末かもしれないよ」
「マオが言うんだから相当なんだろうな。にしてもあの一八番、平気かな?」
「そこは大丈夫だと思うしかないね。一応ああいう事故に対する対策は取れているし。今までの死者もそこまで多くは無いから多分ね」
俺達もその流れに便乗して、もう会場の外を歩いている。
会場併設の屋台を前にして顔を背けながら。
しかし、やはり賭けとは怖いものだった。
戦いやテッシャの土面顔とはまた違った恐怖を垣間見た気がする。
父はきっとこの恐ろしさを伝えたかったに違いない。
貴方を越えたと驕ったのが失敗と今更気付いたよ。
「となると本気で食べる物に困った訳だ。さぁてどうしたもんかねぇ」
「にゃー(クッ、すまない。ボクが調子に乗って全額寄付さえしなければ……!)」
「あーそれなんだが、一つだけ救済策がある。皆が気にならなければ、だが」
「ほほう?」
そんな父への裏切りへ償う為にも、ここは一つ俺が手を打たねば。
本当はこんな事で力を使いたくは無いのだが、背に腹は代えられないし。
という訳で一旦、人がいない場所へと揃って赴く。
それも人里離れの岩陰にこっそりと。
それで何をするかと言えば、こう。
「【輝操・転現】!」
辿り着くや否や、近場の岩に【輝操術】をブチ当てる。
すると間も無く、岩だった物がニワトリに変身だ。
もちろん生きてるし、きっと卵も産んでくれるに違いない。
「相変わらず凄いね、その力は」
「まぁな。とはいえこれが岩という現実は変わらない。だからコイツは自分が岩だった事を知っているし、意思は無かったけどあった事になっている。そういう常識を塗り替える力だって事は前にも教えた通りだな」
そんなニワトリを難なく捕まえ、細い首をキュッと掴み取る。
となるとその後にやる事は予想にも容易いよな。
まぁ事後となる前に一旦止めた訳だけど。
「俺の言う救済策とは、コイツを喰う事だ。つまり結果的に岩を喰う事になる。もちろんニワトリになったから鶏肉の味しかしないし栄養も同じだし、なんなら食べた後でも突然戻る事は無い。俺がまた変化させない限りな」
出来れば無駄な殺生は避けたい。
なので仲間が同意する前に絞めるのはさすがに気が引ける。
例え元は岩でも、意思を持ったからこそ普通のニワトリと変わらないし。
あ、この事実は既に父と共に実証済みだ。
実際に土くれから人間を創った事もある。
ちなみにその人間はもういないがな。
節理に従って土へと還したよ。涙を呑んでね。
「で、どうする? これを喰うか? それとも辞めとくか?」
だからこうして問うんだ。
生物に非ざる生物を喰う事となるからこそ。
現実に目を背けて実を取るか、それとも敢えて飢えを取るか。
やっぱり目を背けたくない現実っていうのもあるからな。
俺がミミズを食べたくないと思うのと同様に。
さぁ教えてくれ、皆の答えを。
俺の力を信じてくれているかどうかを。
「アークィン、私は食べるよ。鶏肉、大好きだもん」
知ってた。
マオだけはそう答えるってもう知ってた。
「にゃー(ボクがアークィンの力を信じない訳が無いじゃないか! だからボクは鶏肉じゃなくて牛肉がいい)」
わかったビーフにしてやろう。
だが牛一頭を捌くのはお前だ。俺はやらんぞ。
「あちしはねーアイスクリームがい~い~」
君は俺を冷蔵庫と勘違いしていないか?
せめて砂糖と氷にするから自分でかき氷でも作ってくれ。
「テッシャ、ペリーヨワカメがいい! 活きの良いやつー!」
お前、紫空界で散々喰っただろ。
店の人ドン引きだったぞ。少しは自重する事を憶えようか。
にしても創れるとわかった途端にこれだ。
同意云々どころか要求が厳しくなる一方じゃないか。
この力はそう簡単に使いたくないとあれほど説明したのにな。
お陰で困惑してならない。
このまま手元のニワトリが締め上がりそうなくらいの苛立ちと共に。
やめろニワトリよ、こっちに悲哀の眼差しを向けるんじゃない。
安心するんだ、俺だけはお前をちゃんと食べてやるから。
「ところでさ、ここで私は気付いちゃったんだ。その力の真価にさ……!」
「ッ!?」
だがそんな俺へと、マオが突如としてこんな言葉を突き付ける。
何気無く、それでいて意味深に。
まさか君は気付いてしまったのか!?
その先見眼で俺の【輝操術】の真価に!?
俺の旅の目的とも言える真実に辿り着いたと……!
「この術で生み出した食材を加工して売れば、一獲千金になるって事が!」
「今日のマオは食事抜きな」
「そんな、御無体な」
――なんて期待した俺が馬鹿だった。
念を押しておくが、この【輝操術】は出来る限り誰にも知られたくない。
本当は仲間にも知られてはいけないからな。
何故なら、この力は簡単に世界の摂理を壊しかねない力だから。
仮にマオの言う通りにやったとする。
そうなればきっと皆が怪しく思うだろう。
一体どうやって商品を産み出したのか、と。
そして最終的には追及されるかもしれない。
それでもし卸した肉が岩で出来ていたと知ればどうなると思う?
当然、暴動が起きるだろうな。詐欺まがいな事だし。
この様な結末となる事だけは絶対に避けなければならない。
それにこの力は世界に無い物を産み出しているからな。
世界のバランスを崩せば一体どんな反動が来るかもわからん。
やり過ぎれば市場価格が荒れたり、資産変動もあり得るだろう。
最悪の場合、経済崩壊までをも引き起こしかねない。
だからこそ父には力を使い過ぎない様にと止められたんだ。
ここぞという時だけに奮えと。
俺もその教えだけは守ると誓った。
「しばらくはこの力で飢えを凌ぐ。だけど金稼ぎなどは決してしない。その事は肝に銘じてくれ。いいな?」
けど今回は仕方なくだ。
皆を思っての救済処置に過ぎない。
俺はこの力を自分の欲だけに使うつもりは一切無いのだから。
まぁとはいえ、ここは相変わらずの【銀麗騎志団】と言った所か。
まさか素直に容易く理解してくれるなんて思ってもみなかったな。




