第41話 正義を貫き、悪を挫く為に
〝内静かなる反旗〟解決から三日が過ぎた。
宰相やノオンの父親ファウナーは無事だ。
自分達の屋敷に軟禁されていただけで大事は無かったとの事。
あの後ちゃんとノオンとも再会を果たしたそうな。
第二皇子も牢に幽閉されていたが命に別状は無い。
衰弱こそしていたものの、出る時はしっかり自分で歩いて見せたそう。
やはり次期皇帝ともあって気概が違うな。
それと今回の事は宰相からすぐさま国民へ伝えられた。
ただしこれは一時的なもので、後日皇帝より直々に説明があるとのこと。
俺達や産業組合からも情報を聴き取らないといけないからな。
だからここまでだいぶ忙しかったよ。
事の真相を根掘り葉掘りと聞かれて、何度同じ答えを返した事か。
まだまだ混乱が収まってないみたいだから仕方ないんだけどな。
それで首謀者側はと言えば。
今回の主犯であるヴェルストは処刑を免れ、皇族の地位を剥奪。
加えて特殊法令が適用され、国民等級最下層を永久維持となった。
というのも、青空界側が紫空界に処罰を委ねてくれたから。
事件解決直後、ファウナーと宰相が赴いて真摯に謝罪したおかげでな。
もちろん復興と行方不明者の捜索に全力を注ぐ事を約束した上で、だが。
厳しい内乱だったからこそ、一定の理解と譲歩を示してくれたそうだ。
そんな訳でヴェルスト当人は罰として、産業組合でこき使われる事に。
ディアル達の下で漁師としてずっと下働きさせられるそうだ。
ねじ曲がった根性が叩き直されればいいな。
反旗を翻した貴族達も皆揃って位と全財産没収へ。
総数の半数以上だが、ここまでやったんだ。無罪放免とはいかない。
貴族らしく責任持って皇国復興計画の人柱となってもらおう。
それとカイオンだが、実は生きている。
ノオンを治した後、続いて無理矢理に治してもらった。
予測通り一年ネコ語の刑、フィーが目を輝かせていたのは言うまでも無い。
なおそのフィー曰く、当人は潔く諦めたそうだ。計画も、ネコ語も。
あと、ラターシュは残念ながらもう帰っては来ない。
ただしその業の深さはファウナーに強く説明しておいた。
なので今後、ドゥキエル家では男児に対して妙な事をしないと約束してくれたよ。
青空界へ攻め入っていた勢力には既に事情聴取の手が入っている。
彼等の行動は愛国心から故に責められないが、責任は負ってもらわねば。
それで今現在もさらった人々を求め、正規兵と共に調査を続けているのだそう。
大体こんな所だな。
あ、俺達に抵抗してきた兵士達はもちろん無罪放免だ。
彼等は言わば被害者の様なものだし。
それで肝心の俺達はと言えば。
まず、英雄として称えられる事となった。
ただし世間へは名前は明かさずにと、こちらからお願いした上で。
一般に広められると今後の行動に差支えが出るし、何より恥ずかしいからな。
それと褒賞も与えられる事に。
ざっと言えば、上級民街一等地の屋敷一軒。
反乱貴族から没収した屋敷をそっくりそのまま流してもらった感じだ。
お金に余裕が無いので物で申し訳ない、という謝罪付きで。
それだけじゃあないぞ。
なんと個人用機空船を一機まるごとくれると言うのだ。
しかも最新式で高速型、旅に持って来いの仕様なのだとか。
訳あって使われていなかったそうで、折角だからとね。
そんな感じで煩わしい事をこの三日間で全部済ませて。
そして今、ようやく皇帝が国民の前へと姿を現したんだ。
「今日この日、再び皆の前で語れる事を嬉しく思う。此度は、国民の皆に心配をかけてしまった。その事を心より深く詫びたい。その上でどうか聞いてもらいたい」
場所は上級民街、城前の特設ステージにて。
来れる者全ての国民を集めた上での演説だ。
かくいう俺もその中に紛れて聴いている。
「今回の出来事は知っての通り、我が不肖の息子ヴェルストの凶行によって始まった。その結果、青空界をも巻き込む事態へと発展してしまったのだ。しかし、その計画もとある五人の英雄と、産業組合の者達によって阻まれ、事なきを得た。とても勇敢で素晴らしい活躍であったと心より思う」
にしても皇帝さん、老体とは思えないくらいに元気だな。
本当はまだ養生しなきゃいけないハズなんだけども。
国民を待たせ過ぎるのも、という理由で強行する事にしたんだと。
にしても無理し過ぎじゃあないか?
優しい皇帝なのはわかるけどさ。
「そして今日この日、その混乱を纏め、皆にこうして報告する事が出来た。それすなわち、皇国が新しい一歩を踏み出したという事に他ならない。正しく進もうとする意志と共に。なれば、例えその道程に苦難が待ち構えていようとも、我々ならきっと乗り越えられるであろう」
だけど、とても落ち着いた語りだ。
国民感情をとてもよく理解した様な、ゆったりとした、な。
噂のカリスマ性をひしひしと感じさせてくれるよ。
「私はその一歩として、皆にとある新制度を提案したい。それは今後、本国において種族的な差別を一切禁ずるというものだ。すなわち、混血を含めたありとあらゆる人権を守るという事に他ならない」
だってあの方はエルナーシェ姫とも同調する程だから。
きっと同じくらいに世界を愛して、優しくしたいと願っているんだ。
そんな想いが、この演説から伝わってくるみたいだよ。
「何故ならば。それは今回の事件において英雄とした五人が全て、混血児だからである。そう、彼等は蔑まれた存在でありながら皇国の窮地を憂い、救いの手を差し伸べてくれたのだ。彼等がいなければきっと、この皇国は悪意にまみれた邪悪な国へと変貌していたであろう」
ちなみにこの提案は俺達が願うまでもなく施行される事になったものだ。
皇帝が俺達の行いに感動し、手を打ってくれたのだという。
血族という概念の撤廃。
血などでは左右されない自由な世界。
そんな新しい時代を、ここから創っていきたいと願ってくれたから。
「よって、皆が許すのであれば血族による差別を撤廃したいと私は考えた。種族・生まれ・血統に拘らず、全ての者があらゆる地位・職業・目標を定められる新たな形での皇国の復活を願って」
もしそんな世界が出来たなら、きっと俺はもう不要になるよな。
いや、それでも悪人は消えないかもしれないか。
だったら、そいつらを倒す旅を続けるだけさ。
その足掛かりはもう出来たからな。
「皇国の民よ、どうか一つ考えて欲しい。直ぐに成そうとは言わない。だが我等の目指す先にもう不幸は要らないのだ。人を不幸にして作る未来など、あってはならぬ! 故に、私は敢えて皆に請う。どうかこの願いを、提案を受け入れて欲しいと。それが――」
それに、ノオン達はこれで晴れて正式な騎士となれる。
わざわざ〝騎志〟なんて名乗る必要はなくなったんだ。
これからは皇国の騎士として立派に働いていくだろう。
だからここでお別れだ。
楽しかったよ、僅か数日の事だったけどな。
じゃあ、そろそろ行くとするか。
俺には機空船一機あればそれだけで充分さ。
船自体が家になるし、日銭は旅先で稼げばそれでいいし。
運転はちょっと不安だけど。
俺はそう決心して一人、踵を返す。
皇帝がなお演説を続けるその中で。
一番聴きたかった部分が聴けたからな、もう満足だよ。
「一人で一体どこに行こうと言うのさぁ、ねぇアークィン」
だけどこの時、思っても見なかった声が耳に届く。
そうして振り向いてみれば、なんとあの四人の姿が。
ノオン、マオ、フィー、テッシャ。
あの四人が揃って俺の前に現れたのだ。
「にゃー」
「ノオンちゃ、〝一人で行くなんて水臭いぞ、仲間を置いて行くんじゃない〟っていってーる」
いや、お前達はこれから騎士になるんだろうが。
紫空界を離れるのはまずいだろう。
そう思った矢先、今度はテッシャが掴みかかって来て。
「たのしー事一人でやるのずるーい! テッシャも遊ぶのー!」
「お、おいやめろ! 別に楽しい事をしに行く訳じゃ!」
「どうせ〝ノオン達は騎士になるから自分一人で〟とか思ってたんでしょお? アークィン、そういう思い込む癖、少し治した方がいいと思うよぉ?」
「違うのかよ!?」
く、お前達は人の心が読めるのか!?
せっかく黙って出ようと思っていたのに!
「そんな訳無いじゃないかぁ。だって私達はもう【銀麗騎志団】なんだよぉ?」
「にゃー」
「〝ボク達は弱きを助け、強き悪を挫く正義の集団さ! それも紫空界だけでなく、全世界がその対象なんだ! だからこんな所に留まっている訳にはいかないよ! さぁアークィン、皆で旅立とう! 新たな門出を!〟っていってーる」
「全く、お前等本当にマイペースなんだから……はぁ」
「君にゃあ言われたくないねぇ」
で、筒抜けだから待ち構えていたって訳か。
クソ、これじゃまるで俺が間抜けみたいじゃないか。
――いや、実際には間抜けなんだろうな。
仲間が何を考えているかなんて、俺だってもうわかるハズだから。
そう考えない様にしていただけだったんだって。
「なら、皆で一緒に行くか?」
「にゃー!」「もちろん!」「わっほー!」「テッシャ行くー!」
そうさ、俺達はもう仲間だったんだ。
誰にも、自分達でも引き裂けないくらいの絆が出来ていたのさ。
それに今更気付いたっていうなら、間抜けそのものじゃあないか。
なら仕方ない、この間抜けた至らない所を全力で補ってもらうさ。
それが仲間ってものだと教えられたからな。
父にも、ノオン達にも。
だから行くとしよう。
俺も【銀麗騎志団】の一員として。
正義を貫き、悪を挫く為に、ってな。
こうして俺達は紫空界を後にした。
まだ見ぬ別の世界と、そこで待つ悪意を探す為に。
そう、俺達の旅はまだ始まったばかりなんだ。
挫く相手はまだまだ沢山いるはずだからな。
なら止まってなんていられない。
少しでも早く駆け付けよう。
人が生きる事に不安を抱かない、そんな時代をいつか創る為にも。




