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第40話 奇蹟の癒光

「ワシを階下へ連れて行ってくれ。兵達を止めねばならん」


 それは謁見の間での戦いを終えて間も無くの事。

 拳を収めた俺に皇帝がこう申し出て来た。


 今起きている出来事を予測しての事なんだろうな。

 自分の身体を顧みずの意気込みはさすが優帝か。


 ならばと頷き、皇帝を背負う。


 ヴェルストはもういいだろう、気絶しているしな。

 それに四肢が動かないんだ、どうせ起きた所で何も出来まい。


 それで急いで階下へと降りていく。

 なけなしの療術を皇帝に掛けつつ。

 体力回復と痛み軽減くらいしか出来ないが、何もしないよりはマシだ。


 それに、とても凄く軽いしな。

 今までまともに食事も摂らせてもらえなかったんだろう。

 事が終わるまで体力が持てばいいんだが。


 そうしてようやく最下階フロアへと辿り着く。

 だがその時、俺の眼に信じられない光景が飛び込んだ。


「ノ、ノオンッ!?」


 ノオンが倒れていたんだ。

 それも左腕を失い、うつ伏せでぐったりと倒れていて。


 フロアの向こうではカイオンも倒れている。

 となると、相打ちか!?


「うあああーーーッ!!」


 それからはもう無我夢中だった。

 即座にスロープから飛び降り、すぐにもノオンへ駆け寄って。

 皇帝を半ば落とす様に降ろしては、彼女の身体を起こす。

 

 身体はまだ暖かい。

 腕から血も流れているし、多少は脈もある。

 まだ死んではいない。


 だけど意識が無い。

 頬を叩いても呼んでもピクりともしないんだ!


「起きろ、起きろノオンッ! 死ぬな、死ぬんじゃなぁいッ!!!」


 ダメだこのままじゃ!

 俺の療術を当ててもこれじゃあとても!


 それでも諦めず、力を奮う。

 切断面を手で握り絞って出来得る限り出血を抑えさせて。


 だけどそれでもダメだ。

 どんどん体温が失われていく!


 これは、これは……うわあああ!!! 


 脈が、止まる!

 呼吸が、止まっていく!


 ノオンが、死んでしまう……!


 この時、俺は無力感にうちひしがれていた。

 どうして、こんな人一人を救う事が出来ないのかって。


 いっそ二人で戦えば良かったかもしれない。

 二人でカイオンを倒して、その後にヴェルストを止めれば。

 こんな事にはならなかったかもしれないのに……!


 だから今、俺はノオンを抱き締めていた。

 後悔と懺悔から、彼女に謝罪を呟きながら。


 俺が彼女を殺したも同然なのだと。


「アークィ~ン!」

「ッ!? フィー……?」


 するとそんな時、こうして声が聴こえて。

 振り返るとなんとフィーの姿が。


 その傍には皇帝も居る。

 恐らく急いで彼女を連れて来たのだろう。


「フィー頼む、ノオンを助けてくれぇ! 彼女が死んでしまう……!」


 いくらフィーでもこんな状態の者を助けるのは無理かもしれない。

 だけど可能性があるなら何とかして欲しい。


 そんな想いで涙を撒き散らしながら訴える。

 声を詰まらせようが、醜かろうが関係無い。

 もしノオンが助かるなら、俺は、俺は……ッ!!


「アークィンおちついて。すぐノオンの腕をとってき~て~」


「ッ!? わ、わかった!」


 でもそんな俺を前にしてもフィーは落ち着いたままだった。

 こう言いながら杖を差し、落ちた腕を示していて。


 そこで空かさずノオンを寝かして腕を取りに行く。

 跳ぶ様に、四肢で駆けずる様に。

 それで持ってきた腕を切断面に合わせる。


 そんな最中、フィーはもう詠唱を始めていた。

 緑色のもやが空中に無数の文字を描く――高等療術の詠唱を。

 それも療術師(メディアラー)でも一握りしか扱えないとされるレベルの。


 フィーはそれだけの力があるらしい。

 いつに無い真面目そうな顔つきが、その自信を示している。


「〝命の灯、心の光、陰りの空を映しは血と清浄と。聖霊、神魂、かつてより流れ、今ここに留まらん〟」


 更に、この詠唱句と共に錫杖が揺れ、小さな身体が跳ねる。

 五芒の緑光柱が伸び上がる中を。

 まるで光の中にて踊る儀式の巫女の様に。


 そうして力が高まりきった時、それは起きた。




「なれば恵みたもう、【至幸なる癒緑光(プリテオーン)】!」




 これは最上級の療術の輝きだ。

 この世界に現存する、まさしく地上最高峰の。


 だけど、これじゃあ命までは救えない……!


 療術とはあくまで傷を塞ぐ手段でしか無くて。

 失われた血や肉、心までは帰って来ない。

 仮に傷が治ったとしても、死んでしまえばもう意味が無いのだ。


 そんな事実を知っていたから、俺はもう諦めていた。

 それで俯き、断たれた腕を奮えて眺める事しか出来なかったんだ。


 だがこの時、俺の眼に思いもよらぬ光景が映り込む。


「えっ、な……」


 なんと、切断された腕が治っていくのだ。

 しっかりと腕の方向まで戻って行って。

 おまけに流れた血もが帰っていく。

 まるで時が戻っていくかの様に勢いよく。


 おかしい、これは明らかにおかしい。

 どう見ても普通の【至幸なる癒緑光(プリテオン)】じゃない!


 これではまるで――【蘇生回源(リザレクトラ)】じゃないか!


 この蘇生術はもう現存しないと言われてる術法だ。

 なまじ人を無駄に生きさせるからと闇に葬られた術法なんだ。

 だから父も、そんな術があったとだけしか教えてくれなかった。


 当然だ、これは遥か昔に失われた禁術なのだから。


 けれど治っているのは事実だ。

 ふとノオンの体に触れれば、体温まで戻っていて。

 口元に顔を近づければ呼吸まで戻っている。


 信じられない。

 これは奇跡か……!?


「ふぃ、なおーた!」


 光が収まった時、全てが元通りだった。

 脈も正常、呼吸も普通、断たれていた腕も血色が戻っている。


「ん、んん……」


 更にはなんと、ノオンがもう目を覚ましたという。


 嘘だろ、こんな事が出来るなんて。

 ほぼ死んでた人を蘇らせるなんて。


「ノオン、良かった……本当に良かった……!」


「にゃー」


 はは、馬鹿だな。

 こんな時にまで冗談を言うなんて。

 一体どれだけ心配したと思って――


「にゃーにゃにゃにゃー」


「おいおい、何をふざけて」


「んーん、あのねアークィン。あちしの療術には凄い効果があるーよー」


「え?」


「治した傷の深さ分だけー、しばらくの間ーネコ語しかしゃべれなくなーるー」


「……はい?」


 ――待て、どういう事だそれは。

 そんな付与能力、聞いた事無いんだが?


 そもそも何なんだその特殊効果は!


「待ってくれ、じゃあノオンはどれくらいの間このままなんだ?」


「ん~だいたい、一ヵ月くら~い~」


 なんて恐ろしい術なんだ!

 絶対に掛けられたくないッ!!


 ――そうかわかったぞ、あの【至幸なる癒緑光(プリテオン)】の強力さの理由が。


 この効果は代償(デメリット)と認識されているんだ!

 術法の方からそう認識されちゃってるんだ!

 それで逆に効果が引き上げられて、ここまで強くなっているんだーーーッ!!!


 フィー本人は全く気付いていないけどォォォ!!


「にゃー」


「ノオンちゃ、〝ありがとうアークィン、君が問題を解決してくれたんだね、さすがボクが認めただけの事はある! ボクもカイオン兄様を倒す事が出来たよ! これで皇国はもう大丈夫だね!〟って言ってーる」


「おかしい。明らかに一句分しか言ってないだろう」


 ノオンが生き返ったのは嬉しいけど、素直に喜んでいいのか?

 本人は全く気にしてないみたいだけど、なんだか喜ぶに喜べないぞ。


 ……だ、だけどまぁ良かったよ。

 ノオンが無事で本当にさ。

 感動はどこかに行っちゃったけれど。


 彼女が生きていただけでもう充分さ。




 こうして皇国の行く末を決める戦いは幕を閉じた。

 皇帝が自ら戦いの終わりを宣言した事によって。


 その後、第二皇子も救出され、第一皇子ら謀反者は捕縛される事に。

 俺達や産業組合の暴動行為も、むしろ英雄行為として扱われる事となる。


 短い様で長い戦いだったな。

 ここまでしんどかったのはさすがに初めてだぞ。


 ただ、それでいて満足出来る戦いでもあったよ。

 失われたものも多かったけれど。

 それでもこれからはきっと良くなっていく事だろう。

 病巣はもう全部取り除いたから。


 それに、この国の人々はそれほど捨てたもんじゃないからな。




 なら心置きなく、また一人旅を続ける事が出来そうだ。


よりぬき言語紹介


――――――――――――――――――


ネコ語


 フィーが考えた言語および付与効果の名称。実際の猫が喋る言葉ではない。

 音声的言語は「にゃー」しかなく、そのアクセントと感情観に全てが凝縮される。なので基本的にはフィーしか解読出来ず、真の意図を知るのは喋っている本人だけとなる。考えようによっては一句だけに全ての意図が集約出来るので最強の言語とも言える。解読出来るなら。


 なおバッドステータスとして扱われる。この効果が掛かると発した言葉全てがネコ語と化す。決してステータスオープンが出来ない世界ではあるが、これは多分そんな物が見れなくても関係無いくらいにわかりやすい。


――――――――――――――――――


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