第35話 カイオンの秘めたる想い(ノオン視点)
カイオン兄様は強い。
恐らく、今でもきっとボクより強いのだろう。
常々越されない様にと鍛錬を重ね、身に刻んで来たから。
でもね、ボクはそれでも負けるつもりなんて無いよ。
ここまで一緒に戦ってきてくれたアークィン達の為にも。
そしてボクを信じてくれているであろう父上達の為にもね。
「兄様ーーーッ!!」
「ノオォォォンッ!!」
斬撃が来る!
重い縦斬り一閃が!
それを体を捻って躱し、身体を回す。
それでそのまま回転斬撃を見舞ってやる!
――ッ!? ダメだ!
これは牽制だ!
兄様ならこの後、切り返しの打ち上げが来るッ!!
予想通りだった。
大地へ打ったはずの剣が今、ボクの目下から迫ってきていた!
けどそれを体を仰け反らせる事で間髪躱して。
それでそのままバック転して距離を取り、空かさず構えを戻す。
そんなボクを、カイオン兄様は猛追していた。
既に目前まで迫り、横薙ぎしようとしている!
なんて速さだ!
今までよりもずっとパワフルで、勢いがある!
こんな兄様をボクは知らないッ!!
「くうッ!?」
けど速さなら! 思い切りなら! ボクも負けない!
だからこの時、ボクは前進していた。
床を蹴り、剣でも床を叩いて。
その勢いのままに腰を落として斬撃を躱す。
「これを躱すかあッ!?」
そしてそのまま斬り抜いてみせる!
――だけどその時、想定外の事が起きたんだ。
背中に衝撃が走った。
筋肉が、骨が軋むくらいに強く。
兄様の肘が背中を打っていたんだ。
まるで覆い被さる様に、全体重を乗せて。
「があッ!?」
そうだった。忘れていた。
兄様は剣術ではなく、剣闘術が得意なんだって……!
剣を使った格闘戦術を最も得意とした戦士だったんだ!
そんな事を思い出しつつ、身を転がせて離れる。
爪先で床をリズミカルに叩き、瞬時に体勢を整えながら。
でも痛かったな。
忘れていた事の戒めにも感じる辛さだよ。
「今のをやり過ごしたか。なかなかの反応速度だノオン」
「その筋の剣技を極める為に鍛えて来たからね、なんとかなったよ。でもそれがなかったらもう終わっていたかもしれない……!」
「良い観察眼も持ったものだ。これがお前の使命の賜物という訳だな」
そうだ、だからカイオン兄様は騎士にならなかったんだ。
あくまで兵士として、騎士の様な剣だけの戦いに拘らなかった。
それだけストイックに戦いへ挑んでいる。
戦う事そのものに意味を感じているから。
この人は根っからの戦士なんだ。
昔からそう。
ボクが貴族の子に苛められた時だって
あの時の兄様は徹底的に仕返ししてくれた。
卑怯だとかそんな些細な事に一切拘る事なく。
滾ったから、怒ったから、そして何より理不尽と思ったから。
とても感情にストレートで、それでいて自分にも正直で。
だからボクもそんな兄様が好きでしょうがなかったんだ。
だってそうじゃないか。
この人がボクの事を一番正しく見てくれたんだから。
誰よりも正直に全てを伝えてくれたんだから。
「そうさッ!! それも全て貴方が育ててくれたお陰でしたッ!!」
「ぬうッ!?」
そんな想いを迸らせつつ一気に距離を詰める。
その上で斬撃を十字二閃。
防がれようが構いやしない!
それを案の定、剣で防がれた。
けどね、ボクはその程度じゃ止まらないよ!
「だからボクは今の貴方がわからないッ!!」
「うおおッ!?」
弾かれた衝撃をも速度に換えて飛び退いて。
更に跳ねて、跳ねて、跳ねまくって!
その度に斬撃を加えつつ、雷光の如く駆け抜けるのさ!
「あれほど優しかった兄様がッ!! ここまで非道になれる理由がッ!!」
「ちいッ!?」
おかげで鎧を削る事が出来る。
それだけだけど充分だ。
確かにそれだけ軽いさ、ボクの斬撃は。
女だからね、身軽で力も弱いから。
だけどさ、それでもここまで強くなれたよ!
それは単に、貴方がここまで強くなれる土台をくれたからッ!!
「こんなにも人を悲しませる、その意味がわからないんだよォォォーーーッ!!!」
だからボクは貴方を止めるんだ。
何が何でも、この力に代えても。
例えその先で、ボクの命が尽き果てる事になろうとも。
その加速斬撃の末に飛び跳ねて、大振りの旋回一閃を見舞う。
それは掲げられた剣で防がれるも、兄様を強く怯ませていた。
故に兄様の顔が歪む。
堪らず後退をしてしまう程に。
それだけの威力が今の一撃にあったみたいだ。
ボクも無我夢中で放ったからね、威力は自分でも計り知れない。
もう力加減なんて出来やしないから。
その中で着地し、体勢を整える。
剣先を遥か先の喉元へと向けて戦意を見せつけつつ。
「戦う意味か……確かにな、それが無ければ人は戦えぬ。お前がこの戦いに父上を救うという意味がある様に」
「そうさ。きっとカイオン兄様だって戦う意味はあるだろうさ。だけどそれがわからない。だってラターシュ兄様にかどわかされる様なお人じゃないでしょう!」
油断は出来ないよ。
兄様の信念は本物だからね。
その根源がわからないけれど。
だけど知りたい。
その戦う理由が。
これ程までに猛る理由が。
それが本当に、父上を殺してまで成し遂げたい理由なのかって!
「いいだろう、お前になら教えてもいい。この俺が戦う理由が何なのかを」
この時、こう宣いつつも剣が怪しく両手で掲げられる。
身を落として低く、身体全体で絞るかの様に。
ボクへと剣先を向けながら。
「これは単に、愛の為だ」
「あ、愛ッ!?」
だけどね、こんな答えが返って来れば動揺もするよ。
あのお堅いカイオン兄様がこんな事を言うなんて思っても見なかったから。
「俺はある方を心より愛していた。その方の為になら命を投げ捨てる事も、己を使い潰す事も厭わないと思える程に。例えその愛が絶対に成就しない事がわかっていようとも、俺にはそんな事など関係無かったのだ」
「ま、まさかその人って……!!」
「そう、エルナーシェ姫だあッ!」
「ううッ!!」
この人にはずっとそんな事に縁が無いと思っていた。
戦いに生きて、戦いに死ぬような人なんだって。
だけど違ったんだ。
この人もやっぱり人間だから。
誰かを好きになって、恋して、尽くしたいって思う人だった。
「皆はエルナーシェ姫と共に写ったお前に夢中だった。しかし俺は違ったのだ。あの写真を見た時から、俺はエルナーシェ姫に心を奪われた! だから俺は密かにあの写真を増産した時、姫の部分だけを拡大して隠し持つくらいに愛してしまっていたッ!!」
「そんな、お堅い兄様がそんなウブな事をしていたなんて!」
「当然だあッ!! 俺も男だ! それもドゥキエル家の男なのだァ!! だが決して冗談でも気迷いでも無いぞ! その後再びお逢いした時、俺は実際に姫へと想いを告げたッ!! そして必ずや彼女をお守りする騎士になると約束したのだッ!! 結ばれない事をわかってもなお!」
しかも想いは本気だった。
この人はそういう事でも本気になれたんだ。
剣でも恋でも一途に、パワフルになれる人だったんだ……!
だけど、その結末はあまりも残酷過ぎるよ兄様!
「だがエルナーシェ姫は亡くなってしまわれた!」
「それは事故で――」
「いいや違う、違うぞノオンッ!! あの方は殺されたのだッ!! それも青空界の王、実の父親にいッ!!」
「なッ!?」
そしてまさかの事実を告げられる事に。
きっとほとんどの人が知らない様な驚愕の真実を。
しかも姫が想い描いていたであろう決意をも添えて。
「あの事故の後、継承の儀に立ち会った一人の側近が我が国に亡命してきた。理由は贖罪の為! 自身が青空界に身を置けぬと決心した為に! その上で教えてくれたのだ。継承の儀を行おうとしたあの日、何が起きたのかを!」
「えっ……」
「あの日、姫は【陽珠の君】に辱められた。そしてその命令に従わず、自ら命を絶ったのだ! 恐らくその真意は、我々の為を想って。心の繋がった人々を失望させない為に彼女は敢えて死を選んだのだ!」
兄様の様な人だからこそ、わかってしまったんだろうね。
エルナーシェ姫の真意がどうなのかって。
でも、そんなのってないよ。
それは余りにも……残酷過ぎる話じゃないか!
「だがもし青空界の王が庇って盾となったならば。かの側近達が率先して命令を否定し、姫を守ったならばこうもならなかった! そう出来る者達なのにしなかったのだ! 姫に頼り切り、自分達で道を切り拓く事を忘れた愚か者達だったからこそ!」
「う、うう……!」
「故に俺は誓ったあッ!! 必ずや青空界の者どもに制裁を加えてやると! 姫を守れなかった奴等を血祭りに挙げてやると! その手始めに亡命者は俺が首を刎ねた! 次は王、奴以外になぁいッ!!」
そんな話で怯んだボクへ、兄様がにじり寄ってくる。
強い決意を秘めた眼で睨みつけながら。
それで遂には走って来て、剣を振り被ってきていて。
だけどこの時、ボクは何故か躱す事が出来なかったんだ。
なんか躱してはいけないと思ってしまって。
兄様の剣を受けなければいけないと思ってしまって。
たちまち掲げた剣と打ち当たり、激しい音が打ち上がる。
その両腕に凄まじい衝撃をももたらしながら。
「こんな事なら、最初から俺が付いているべきだった!」
「うああッ!!」
それも遂には二撃、三撃と続く。
とても単調な振り下ろしばかりが。
「いっそ愛していると言った時、諦めずにさらうべきだった!」
「うっぐうッ!!」
でも、それでも避けれない。
兄様の想いがボクの心までをも打ってくるんだ。
なんでこんなに苦しくなるのかわからなくなるくらいにッ!!
「むしろ知りさえしなければこんな苦しい思いなどせずに済んだのにいッ!!!!」
「ぐあうッ!?」
そうか、これが今の兄様の強さなんだね。
この苦しみは、兄様も受けているんだ。
そんなもろ刃の剣を奮っているから、ボクも痛くて辛いんだな。
ダメだこのままじゃ。
ボクはこの人に勝てないと思い始めている!
これじゃあボクは――アークィンの覚悟に応えられないよ……!
「だからこそおッ!! この想いを力にして打つッ!! 俺はその為にここに居るのだノオォォォーーーン!!!!!」
そんな弱気となった心が剣をも弱らせる。
騎士にとっての剣とは己が心の象徴だからこそ。
故にこの時、聖剣【ガンドルク】はその半刀身を空へと投げさせていた。
ボクの至らない心が神鉄の剣をも折ってしまったんだ。
すまないアークィン、ボクはもしかしたら――ここまでかもしれない。




