第33話 ノオンとカイオン
ドゥキエル家の次男カイオン。
その実力は兄妹の中でも秀でて最強とされている。
加えて、皇国軍統括兵団長の座にも就く若き戦士でもあるという。
その男が今、俺達の前に立ち塞がった。
青く鋭い短髪に筋肉質の体付きはディアルにも通ずるな。
だがその肉体の力強さは彼の比じゃあない。
なにせ重鋼板甲鎧を纏っておきながら微動だにしないのだ。
おまけに腰へと備えた重厚な剣も相当な重さを誇るのだろう。
それでもなおこの力強さだぞ。
まるでそんな重さをものともしないという風貌じゃないか。
こいつ、見た目以上の強さを持っているな……!
「久しいな。お前が帰ってきていた事は知っていたが、よもや皇国に反旗を翻すなどとは」
「反旗を翻したのは兄様達の方じゃないかッ!!」
「……そうか、事情も知っているのだな」
やはりトップクラスの関係者だけの事はあるか。
どうやらしっかりと理由を知った上で立ち塞がっているらしい。
しかも相当実力に自信があると見た。
たった一人でこの場を守る為に立っているのだろうから。
それにノオンを前にしても一切動じない。
それどころか凍える程の冷静さを押し出している。
やはりドゥキエル家得意のハイテンション攻防とはいかないか。
「ならばますますここを通す訳にはいかんな。俺は兄上にこの場を任された。誰一人通すな、とな。ならばその命令を徹底遂行するのみ。例え相手がノオン、お前でも」
「くっ……」
「本当は戦いたくない。だが俺はこの役目を果たさねばならんのだ。父やお前を犠牲にしようとも成さねばならない理由がある!」
恐らく説得も無理だ。
これだけの気迫を見せる相手が簡単に話を受け入れる訳が無い。
何故なら闘気が全身から溢れているから。
相当の信念と覚悟、決意がなければここまでとはいかんぞ。
こいつ、既に不退転の境地に立っているんだ……!
何故こうまで出来る!?
一体何がこいつをここまで突き動かしている!?
「それはボクも同じだ。何としてでも父上や皇帝陛下、そして仲間達を守らなければならない! それこそがボクの志した使命ならばッ!!」
「言ってくれる……! 見ない内に心が更に強くなった様だな!」
「つい先日にね! だから、ボクが貴方を止めてみせるさ! 強くなったこの矜持で、皆の為に!」
しかしそれはノオンも同じだ。
例え性別や体格が違おうとも、その戦意は相応に高い。
今日まで悩み抜いた事でやっと吹っ切れたんだな。
だったら、もう任せてもいいかもしれない。
「アークィン、兄上はボクが引き付ける。だから君が戴冠式を止めるんだ!」
「……わかった。だが無理はするなよ?」
「オッケイ。ただ気を付けるんだ。ラターシュ兄様は腕前こそボクらに劣るけど、戦術にとても長けている。油断してはいけないよ」
そう、ここで二人が釘付けになる必要なんて無いんだ。
今すぐにでも乗り込まなければ手遅れになる可能性もあるのだから。
だからこそノオンの背で光を放ち、アレを預ける。
そうしてそのまま離れ、上階へと続くスロープ階段へと駆け抜けた。
「誰が――通すと言ったあッ!!」
だがこの時、恐るべき光景が俺の頭上に広がる事となる。
なんと凄まじい速さでカイオンが迫り、剣を振り被っていたのだ。
なんだ、この速さは……ッ!?
決して油断していた訳じゃない。
予想を遥かに超えていただけだ。
重戦士と聞いていたからこそ、ここまで速いとは思っても見なくて。
しかし無情にも剣が今振り下ろされる。
ダメだ、これはもう――躱せない!
「アークィンはやらせないッ!!」
「ッ!?」
けれどその剣は間も無く防がれた。
空かさず懐へと立ち塞がったノオンによって。
その手で重厚に輝く剣――第五聖剣【ガンドルク】によって。
「それはまさか【ガンドルク】ッ!? お前、ツァイネル殿をやったのかッ!?」
「そうさ! そして今、第五聖剣はボクの手にあぁるッ!!」
更にはノオンが剣を振りきり、カイオンの剣を弾き返して。
その勢いのまま蹴りをも加えつつ俺と一緒に飛び退いた。
輝く聖剣を寸後に薙ぎ払い、その力を見せつけながら。
「さぁ行けアークィン! ヴェルスト達を止めてくれえッ!!」
「なら背中を頼んだぞ、ノオン!」
この力を渡した以上、俺に出来る事はもう無い。
だからこそ想いを全てを託し、俺は行く。
止められるなら止めてみせろカイオン!
お前の意思では、今のノオンは簡単には退けられないぞ!
なんたって俺は信じているからな。
でも聖剣なんかをじゃあない。
ノオンの志が他の誰よりも気高く強いって事をな!
そう心に秘め、俺は階段を駆け登る。
見える限りに二人の戦いを見届けながら。
「兄様ーーーッ!!」
「ノオォォォンッ!!」
そんな階下では既に激しい剣戟応酬が繰り広げられている。
目で追うので精一杯の戦いがな。
これが一対一の決闘ならじっくり観たいし、なんなら俺も戦ってみたい。
しかし今はそうも言っていられないのが残念だ。
そんな名残惜しさを抱きつつ、視界から二人を消す。
思いっきり駆け抜ける為に、階上を見据えようと。
それで遂に、俺は皇帝謁見の間へと辿り着いたんだ。
そう、戴冠式が行われる会場へと。
さぁでは始めるとしようか。
この場にひしめく愚者共の一斉断罪を!




