第26話 張子の虎が壁を越える手段とは
紫空界を支配する騎士の国、【中央皇国マルディオン】。
その首都【騎士都市ワイアード】には三つの城壁が存在する。
一つ目は農村部の中を貫く低い壁。
子供でも乗り越えられるくらいの高さのオブジェ城壁だ。
以前はちゃんと高かったらしいが、五〇年ほど前に崩されたそうな。
都市拡大と貧困層救済の為にと。
二つ目は平民街全域を囲う円状壁。
こちらは街の機能を守る為あってしっかり防壁を担っている。
出入口は東西南北の四か所あり、身分証明をしないと入れない。
また外部者は保守登録をしないと一定の刃物など武具持ち込みが禁止だ。
そして三つ目が最終防壁【マルドゥーケの歴壁】。
かつてより如何な国とて突破が叶わなかった最強の壁である。
平民街のどの建物よりも高く、厚く堅牢。
その上、常々兵士が防備を固めて監視を欠かさない。
更には魔法防御力にも優れ、魔導士の大群さえ突破は叶わなかったという。
おまけに六芒を描く様にして魔導高射砲を設置。
空から侵入しようものなら即座に撃墜されてしまう。
故に今でも皇国上空は不可侵領域とされている。
そんな最強の防壁が守るのは貴族達の家と、マルディオン城。
彼等・この地が存命の限り国は終わらない。
まるでその意志を示すかの様な構造となっている。
で、俺達はその最後の壁へとやってきた――のだけど。
「申し訳ございませんが、お引き取り下さい」
「なんでさっ!?」
何故か今、兵士達によって止められていた。
それもノオンまでもが。
「ボクはただ自分の家に帰りたいだけなんだけど!?」
「そう仰られましても無理なものは無理です。現在は戒厳令執行中につき、関係者と特定商人だけしか入れないのです」
どうやら俺の予測は正しかったらしい。
今、この都市は何故か警戒を強めている。
ツァイネル討伐の一件がもう伝わったからか?
それとも、別の理由で最初からこうだったのか?
「そこをなんとか! 一時は一緒に騎士を目指した仲じゃあないか!」
「そんな事を言われましても困ります! 俺が処罰されてしまいますよ!」
見た所、門番の一人はノオンとは旧知の仲らしい。
それでも無理となると通るのは望み薄だな。
それにきっと、この兵士達は理由を知らされていない。
何となくだが、ノオンとのやり取りで察する事が出来る。
こうやって外部に悟られないよう情報を制限しているんだろう。
「何だったら一晩付き合ってあげてもいいんだよ? このアークィンが」
「俺にそんな趣味はありません! 貴女の家の祖先じゃないんですから!」
やめろ、どさくさに紛れて変な交渉するんじゃない。
そして有名なんだなあの魔女からの逸話。
ノオンよ、自慢げに笑っているがそれは揶揄だぞ。
ともあれこうも交渉してダメなら今は諦めるしかない。
仕方ないのでノオンの頭をはたいて止めさせる。
兵士達も困っているようだし、誰かがこうしないとな。
それでひとまずはディアルの都合してくれた宿へと行く事に。
不満げなノオンを引きずりつつも。
「せっかく父上と再会出来ると思ったのに、一体何なんだもう!」
「それだけの事が城周りで起きているのかもしれないな。例えば、継承争いの揉め事とかな」
「……現実味を帯びて来たね。ここまで今まで通りなのが怖いくらいだ」
どうやらノオンにはこの厳重な警備が普通に見えたらしい。
それだけこの国は治安維持に力を入れているという事なのだろう。
だけど戒厳令に関してはそのノオンも不穏を感じている。
平民街との温度差を目の当たりにしたからこそ。
平民街は至って普通なのだそうだ。
何かの事件があっただとかそういう雰囲気でも無く。
恐らくはここにも情報が入って来ないんだろう。
もし仮に第二近衛騎士団が壊滅したという情報が届いていたとしても。
だとすれば潜伏するのも容易だな。
油断こそ出来ないが、事を起こさない限りは平気だろう。
ディアルの手配した宿なら機密性も高いだろうし。
で、辿り着いた宿はと言えば――目が飛び出す程に豪華なホテルだった。
なんでも、要人御用達の超治外法権を誇る最強の宿なんだそうな。
なので皇国関係者どころか皇帝でさえ立ち入りを制限されるんだとか。
上級民街には他国の要人でも留まれないのでここを利用するという。
さすが皇国の首都、まさかこんな場所まであるとは。
ならばと、もちろん宿泊費も半端な額ではない。
が、ここはディアル割ゼロ額キープで問題無く泊まれる。
しかも一人一部屋だとさ。
なんだこの妹とは別格な太っ腹感。
ありがとうディアル。
この恩はきっと忘れない。
それで宿を確保し、早速と話し合う為に(何故か)俺の部屋へ。
「こうなると城門突破しか無いかもしれないねぇ」
「突破する? 穴、掘る? きゅるりーん!」
「その結論に至るのはまだ早いだろう。なんでもうそんなにやる気なんだ」
ここまで来たものの、今の俺達は言わば打つ手無しの状態だ。
頼みの綱だったノオンが張子の虎と化した以上は。
となると、本当に正面突破しか無いのかもしれない。
俺達には特定商人なんていうツテも無いし。
だからといって無策で通れるほど、あの最強の壁は甘くないだろう。
チンタラと暴れていたら即座に囲まれてお縄行き確定だしな。
それに、今の不確定情報のまま乗り込むのはとても危険だ。
実は間違っていました、なんて事になったら目も当てられん。
「確定情報をどうにかして手に入れたいものだが、どうしたらいいものか。恐らく平民街にはそれらしい情報なんて出ないだろうしな」
「商人は~口が堅い~のがお決まり~」
「確かにそうかも。守秘義務を守れない商人は信用されないって言うし。その信用を失う様な危険な橋渡しはしないだろうねぇ」
「やっぱり掘る? テッシャいっぱい掘れるよ! わくわく!」
情報を得るには特定商人とやらを締め上げるのが手っ取り早い。
しかしそこまでの信用を得た人物から情報を汲むのは難しいだろう。
仕事柄、危険は多いだろうからな。肝が据わっているハズだ。
ただ、目星くらいは付けて置いてもいいかもしれない。
「皆、待って欲しい」
「ノオン?」
そう思っていた矢先だった。
途端、ずっと黙りこくっていたノオンが突然こう口を開く。
それで何をするかと思えば、部屋を出ようとしていて。
「少し、ボクに任せてくれないかい?」
「何か宛てがあるのか?」
「少しね。とはいっても上手く行くかはわからないけれど」
どうやら張子の虎はまだ虎で在り続けようとしていたらしい。
己の力で隔たりの壁を乗り越えるつもりなのだ。
「手紙を出してみようと思う。父上がまだご存命ならば便りは帰ってくるハズさ」
「手紙か……それなら確かに門を通れるだろうな。ただ、中身の検閲は免れないんじゃないか?」
「もちろん。だから滅多な事は書けないだろうね。ただ、それでも可能性が無きに非ずなのさ」
……?
一体何を考えているんだ、ノオンは。
挨拶を交わすだけで内情を知れるとでも言うのか?
しかし手段があるというのなら乗ってみるのも手だ。
どうせ俺達に今出来る事は無さそうだしな。
下手に動けば皇国側に察知されかねないし。
「皆、どうかな?」
「俺は構わない。やってみてくれ」
ならばと、仲間揃って頷きで応える。
どうやら思っている事は同じだったらしい。
テッシャだけはわからないけどな。
ともあれ方向性が決まった。
今はひとまずノオンに任せてみるとしよう。
それで俺達は一旦解散に。
ホテルの設備を堪能して今日この日を終える事となった。
にしても、ここのレストランは実に快適だったな。
試しに【ジャガマヨサンドイッチ】というのを食べてみたがこれまた絶品でね。
それでコーヒーブレイク出来るなんて、なんだかリッチになった気分だったよ。
そんな今までに無い余裕があったからだろうか。
この時、俺はふと過去を思い起こしていた。
父との座学の折に課された〝課題〟の事を。
よりぬき言語紹介
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ジャガマヨサンドイッチとコーヒーブレイク
ジャガマヨサンドイッチとは青空界自慢の小麦で焼いた厚切りパンにペースト状の具を置いて挟んだもの。とても美味しい。
ジャガマヨとは、マヨラ地方原産の水芋【マヨ芋】をふかして潰し、ジャーガ氏考案の卵黄ペーストソースをかけ混ぜたもの。これも単体で充分美味しい。一方のサンドイッチはスンダウィという名称が訛って生まれた食事方法名。【スンダ】が「パンに乗せる」という意味で、【ウィ】が「被せる」とい意味。それがいつしか広まり、サンドイッチとなって根付いたという訳だ。
食事をこうした軽食で済ます事を別名コーヒーブレイクと呼ぶ。「一休憩」という意味を持つ【カヒ】という言葉を、まんま「やり過ごす」という意味の【ブレイク】と繋げただけ。それが平民に親しまれ、いつしかこう呼ばれ始めたのだそう。決して黒い飲み物が出てくる訳じゃない。
もちろんどちらも決して現実から引用した名称ではない。ただの偶然である。
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