第25話 祖皇帝と剣王
かつて【業魔黙示録】によって大地が裂かれた後の事。
当時の紫空界には二つの国があった。
【マルディオン】ともう一つ、【ワイアード】という国が。
この二つの国は【業魔】との戦いの後も争い合っていた。
まるでどちらの国が強いのかを競い合う様に。
六つの聖剣をも分け合い、死力を尽くして。
しかしいつまでも決着は付かず、両国は疲弊するばかりで。
不毛な争いに嫌気が指した頃、彼等は一つの提案を交わす。
両国の王が決闘し、勝った方がこの大地を治めるのだと。
そしてその当日。
マルディオン祖皇帝は決闘の地にて相手を待っていた。
だがいつまで経っても来ない。
逃げたのか、そう思える程に。
故に帰ろう、そう思った時だった。
満を持してワイアード剣王が現れたのだ。
ただし、今にも死にそうな程の傷を負いながら。
なんとワイアード剣王はこの地へ向かう途中に襲撃を受けていたのだ。
それもマルディオン祖皇帝も知らない、己の軍の伏兵によって。
一部のマルディオン兵が独断で襲い掛かったという。
それでもワイアード剣王は返り討ちにしてこうして現れた。
今なお宿敵と戦わんと剣を持ちながら。
その雄々しき姿に、マルディオン祖皇帝は心を打たれた。
騎士としての誇り、祖国への愛を痛いほど感じて。
そしてあろう事か、なんと剣を大地へ置いてはこう言ったという。
〝其方こそこの地を治めるに相応しい真の騎士なり〟と。
なんと戦わずして敗北を認めたのだ。
しかしその相手を見て、ワイアード剣王はこう返す。
〝ならばその真の騎士の願いを聞いてくれ。貴公がこの地を治めるのだ〟と。
そうして地に伏せ、息絶えた。
この死に別れ際にて、二人の間に友情が芽生えたのである。
マルディオン祖皇帝はその後、ワイアード剣王の意思を汲む。
二国を統合し、決闘の地に【中央皇国マルディオン】を建国する事によって。
ワイアード剣王の騎士道精神と誇りをいつまでも忘れぬ様にと。
こうして【中央皇国マルディオン】は騎士を生む国となった。
様々な武技を学び、剣を奮う心を学び、その心得を魂に刻む為の。
志を得たいと望む者が今もなお各国より集まっている。
故にこの国は騎士の国と呼ばれるのだ。
それはきっと、これからもずっと。
そんな国の首都【騎士都市ワイアード】に俺達は辿り着いた。
ディアルと話を交わした日の翌日の事である。
ノオンがディアルとの再会を選んだのは、ただ現状を知りたいから。
親と会う前に第三者的な視点で国を見たかったからだそうだ。
まだ父親が黒幕の一人であるという可能性も否定出来なくて。
しかしディアルとの話でその疑いは無いと理解に至った。
だから今こうして陰謀渦巻く土地へと足を踏み入れた訳だ。
なお、ディアルはやっぱり只の漁師だった。
なんでも自分の剣の腕前に限界を感じ、出家を選んだそうな。
なにせノオンにも腕前で負けてしまい、自信を失ったとかで。
とはいえ元々漁師に興味あったらしく、得意げに語っていたよ。
〝向いた道に進めて良かった〟なんて、空笑いしながらね。
多少なりに未練はあった様だ。
それでディアルには首都ワイアードでの活動の工面もしてもらった。
組合経営の宿の紹介と、しばらくの活動資金提供を。
ここへ来た目的を話した所、ノオンや俺達を信じて協力してくれたんだ。
〝国と父上をどうかよろしく頼む〟ってな。
お陰でここまで楽に来れたよ。
馬車運賃も肩代わりしてもらえたし。
高速便だったからあっという間だったな。
「あれがマルディオン城か……」
「そうさ! 紫空界が誇る巨城だよ!」
あ、俺とノオンは現在自己爆走中だ。
運賃を浮かす為と、鍛錬の為にな。
最初は俺だけだったんだけど、何故かノオンが張り合ってきてこうなった。
ちなみにテッシャは土に潜ったっきり行方不明。
でもどうせすぐ合流出来るから平気なんだとさ。
一体どうやって追って来れるんだろうな、あの娘。
「ワイアード~たのし~み~! 甘味、甘味!」
「ここに来るのも久しぶりだよ。剣闘試合でも観に行こうかねぇ」
馬車からもマオとフィーの二人が楽しそうに外を眺めていて。
先に見える景色に心を躍らせている様だ。
一体何をするつもりで来たんだお前達は。
ただこうして夢中になるのも無理は無い。
見る物に困らないレベルで周囲が人・物・家・畑だらけだから。
なんたって首都だからな、圧倒的に土地が広い。
着いたからと言っていきなり都市部へ突入という訳にはいかないんだ。
今は外環農村エリアを横断中、もうすぐ平民街と言った所で。
それでも遥か先にはもう巨城が見え、その規模を暗に悟らせてくれる。
外壁すらでかいのに、それでも見えるなんてな。
近くに行ったら見上げきれないんじゃないか、あの大きさ。
「平民街入口には関所があるから、そこで一通り身分証明をしてもらうよ!」
「【ケストルコート】の会員証しか無いんだが、それでも平気か?」
「もちろんさ! いい顔はされないだろうけどね!」
それに首都だからやはり治安維持はしっかりしている。
農村エリアでも兵士が数歩いているくらいだからな。
下手な事をすれば飛んできてすぐ捕まってしまいそうだ。
きっとこれが普通の都市の在り方なんだろう。
先の【商業都市アンカルースト】みたいなのが異常なんだ。
とはいえ、ここは逆に少し厳重って気もするがな。
状況が状況なだけに、まるで何か警戒している様にも思える。
「でも上級民街になるともしかしたらボクしか入れないかもしれない!」
「その時は大人しく宿で待つさ。ノオンになら任せても平気だろう」
「嬉しい事を言ってくれるね! なら頼られてみるさ!」
けれどこっちには虎の子ノオンがいる。
なにせ副宰相の娘なのだから。
きっと、ちょっとやそっとじゃ捕まりはしないだろう。
身なりや行動原理は怪しいかもしれないけどな。
もっとも、それは今の俺も同じだ。
高速馬車と並走してる奴なんてとても普通じゃないだろうし。
お陰で横切る度に兵士が驚き顔でこっちへ振り向いてくる。
いっそ愛想よく手を振って応えてやろうか。
そんな訳であっという間に都市部へ。
これならノオンの父親とも早い再会を果たさせてあげられそうだ。
ともあれ、ここまでの道程と同様にすんなりと事が進めばいいんだが。
騎士王の誓い合ったこの街に果たしてどんな陰謀が潜んでいるのやら。




