第24話 事件の黒幕は誰だ
ノオンの出生と、父親の信頼性。
これだけの家柄なら国を止める事も確かに可能だろう。
そんな二つを証明してもらった所で話を本題へと移す。
「そろそろ本題に入りたいんだけど、兄様にちょっと聞きたい事がある」
俺が真剣なまなざしをノオンに送れば、すぐさま理解してもらえて。
おかげで話もスムーズに移行する事が出来た。
ディアルもどうやらノオンの雰囲気で何か気付いた様だ。
こう切り返された所で笑顔が少し頑なになったからな。
さすが兄妹だけあって鋭い所も似ている。
「ツァイネル殿は今もお元気でしょうか? 今どこに行かれているのか知っておられますか?」
「ふむ。俺も軍属から離れて久しいから詳しい事は知らないが……確か第二近衛騎士団は東紫晶海の駐屯地に遠征中という噂があったな」
その上で事実を伏せ、現状の情報を探る。
これが一介の兵士で事情を知るものならだんまりもするだろう。
しかしディアルは漁師で一般市民も同様だ。
そんな市民視点の情報も時には重要になる事もある。
例えば、民・官のギャップから見える中央皇国の思惑とかな。
「陛下を守る近衛騎士団が遠征、ですか」
「確かに変な話だが、近年は各国との関係が安定しつつあるからな。きっと緊張が解けたから、バカンスを兼ねた軍備増強でも行っているのだろう」
それで訊けば、噂レベルの話しか知らないときた。
公の事ならニュースになっても良さそうな話なんだけどな。
計画の不備か、それとも敢えて知らされていないか。
いや、むしろこの噂そのものが誘導なのだろう。
不確定なフェイク情報を流し、あたかも「そこにいる」と思い込ませる為の。
「にしても、ツァイネル殿に何か思う所があるのか?」
「えぇ。アークィン、証拠品を持っているんだろう? 良かったら出してくれないか」
「わかった」
そこでネタばらし。
噂が嘘であるという事を報せる。
その反応でディアルの立ち位置を探ると共に、別の情報を引き出すのだ。
なので机下で砂糖袋を持って【輝操術】を発動させる。
そうして少し部屋が眩き輝くと、たちまち証拠品が手元で復活する事に。
「これなら動かぬ証拠となるだろう」
「う、うおお……!? こ、これはッ!?」
それで机の上に置けば、早速と全員から唸り声が上がる。
あの煌びやかな意匠を誇る重厚な剣がドンと置かれたのだから。
「これは第五聖剣【ガンドルク】じゃないか!? 一体何故ここにッ!?」
「ツァイネルを倒して手に入れたんだ。青空界でな」
「青空界で!? それもツァイネル殿を倒した、だと……ッ!?」
反応も予想通りだな。
やはりディアルは何も知らない。
動揺で手が震えるくらいだからな。
聖剣に触るのもおこがましいってくらいに。
この剣の価値がこの場の誰よりもわかる人物だからこそ。
「アークィン、これ一体どこに持ち合わせていたのさ?」
「ちょっとしたトリックを使ったんだよ」
もちろんまだ手品の種明かしをする訳にはいかない。
当然、ノオン達にもな。
切り札っていうのはいざという時に切るものだ。
なので【輝操術】の事は出来る限り秘密にしておきたい。
「実はですね兄様。ボク達はつい先日、青空界で第二近衛騎士団と戦ったんです。それも盗賊に扮して人さらいをしていた彼等とね」
「な……ッ!?」
「そしてそれをツァイネルは〝正義の為に〟〝陛下の為に〟と宣い、その上で俺に戦いを挑んで来た。明らかに悪事を働いているという認識が無かったよ」
「だから彼等のしていた事はまさしく侵略行為だったってねぇ。それも大都市が丸ごと消えてなくなりかねない規模だったのさぁ」
だがこの話はディアルにとって切り札にも足る威力があったらしい。
たちまち唖然としたまま絶句し肩をがっくりと落とす。
やはり家柄なりの知識もあってショックが大きいのだろう。
なにせ近衛騎士団と言えば紫空界一憧れられる職業だという。
それが下賤な盗賊に身をやつしていたと言うのだから当然の反応だ。
「……確かに、ツァイネル殿は忠義に厚い方でな。強硬派だから父上ともしょっちゅう衝突していたが、その忠義の為になら自ら謝意を示す事も厭わない。自ら汚れ役を引き受けてくれるから皇帝陛下の信頼も厚く、お陰で聖剣を賜る事が出来たのだ」
「という事は、皇帝の命令で青空界に攻め入ったと?」
「いや、それは考えにくい。皇帝陛下は先ほど話した通り、とても温和な方だ。そんな戦争紛いな事をしていると知れば即座に全力を以って阻止に動くだろう」
そしてその知識があるからこそ、こうした結論もすぐ出す事が出来る。
ツァイネルが独断で動いていないという事も、皇帝が黒幕でない事も。
なら影で一体何が動いている?
「だとすれば考えうるのは――ツァイネル殿が鞍替えしたか」
「鞍替え……?」
「忠義の矛先を別の者に変えたのかもしれん。ツァイネル殿は皇帝のやり方をあまり良くは思っていなかった節があったから。覇気剛健な性格もあって、温和思想は肌に合わなかったのだろう」
「皇帝陛下はエルナーシェ姫の融和思想にも乗り気だったからね。誰よりも早く賛同して、力も貸していた。だから彼女の死にも強く嘆いていたみたいだよ」
「なら誰が黒幕だって言うんだ?」
どうやらディアルはその黒幕に心当たりがあるらしい。
顎に手を充てて考えてはいるが、これは言っていいものかと悩んでる節だ。
やはり憶測でしかないから結論を出し渋っているのだろう。
だがそれでも言ってもらわねばならない。
その答え自体を、俺もノオンも他の皆もが知らないからこそ。
「なら一番怪しいのは、第一皇子のヴェルスト殿だな」
そうして満を持して放たれたのは、また意外な人物で。
ノオンも含め、皆が思わず唖然とする事に。
皇子だと?
皇帝の息子が黒幕だと……?
「皇帝陛下と宰相殿、そして父上は言わばマブダチだ。昔からの付き合いがあるからその関係は不動と言ってもいいだろう」
「マブダチ。皇帝と。なんか昔ヤンチャしてたみたいな感じだな」
「で、その皇帝も良い御歳で。近年、皇位継承の話があったんだ。そこで第二皇子のルークラン殿が第一候補に挙がった」
「第二皇子の方が?」
「そうだ。ルークラン殿は兄妹の中で最も皇帝陛下に思想が近い方でね。おまけに家臣からの信頼も厚い。熱心に勉学にも励み、継ぐには申し分ない器量も備えている。しかし対しての第一皇子のヴェルスト殿はと言えば――目も当てられんな」
ルークランに関して話をする時はディアルも生き生きとしていたんだが。
ヴェルストへと切り替わると、途端に溜息を漏らし始めていて。
どうやら相当に頭の痛くなりそうな輩らしい。
なんだかこれだけで先の展開が想像出来るな。
「彼は長男を良い事に昔から勝手し放題でな。勉強もサボるし剣も魔法もろくに扱えない、そのうえ我儘で顕示欲もあり、更には変に捻曲がりで好戦的ときた」
つまりボンボンお坊ちゃんの乱って事か。
だけどそんな奴がここまで周到な計画を立てられるのか?
ツァイネル達は明らかに戦略性と慎重性に秀でた動き方だったぞ。
俺やノオン達が動かなきゃ青空界が滅んでたと断言出来るくらいに。
「おまけに無駄に狡賢い」
「そのおまけで全てが片付きそうな感じだよ」
「ははは。とはいえヴェルスト殿が黒幕だという確証は無い。だけど周りを見て見当が付くのは彼くらいなんだ」
「となると動機は〝皇位継承者に選ばれなくて癇癪を起こした〟か?」
「それが妥当な筋だろうね。で、父親に悟られずに動き、青空界を密かに牛耳ろうとした。そうして力を見せつけて、皇帝に相応しい者が誰かを示そうとしているのかもしれないな」
安直な結論だが、言い得て間違いとも断じ切れない。
計画の慎重性に関しては、知略に長ける側近が指揮した可能性も否めないしな。
なにせ多くの人間が絡んでいるんだ、どんな伏兵が潜んでいるやら。
にしても、ディアルはこの結論をよくこうもすんなりと出せたな。
もしかしたら思う所があるのかもしれん。
「ディアルも実はその事実に薄々気付いていたんじゃないか? この話を聞く前からさ」
「んん……直接関係があるとは思わないが、確かにそんな動きを感じさせる節はあったよ」
「ほう?」
やはりか。
そうでなければこんな皇国批判にも近い話に付き合いはしないだろう。
つまりディアルも何かしらの理由で皇国に不満を抱いているんだ。
それも第一皇子とやらが絡んだ様な。
「実は最近、産業組合への締め付けが激しいんだ。監査と違法取り締まり、ルールの急な変更とかな。その所為で、この二~三年にもう三割くらいの業者が潰された」
「もしかして訳も無く権力を振り翳してきたのか?」
「ああ、しかも突然にな。前説明も無しでいきなりだから、組合員は皆かなりの反感を抱いているよ。各地で小競り合いが起きるくらいに。親方も最近は相当にブチ切れているぜ」
「見た目からして荒々しいものな。下で見た人達もなんだか喧嘩っ早そうだったよ」
「ハッハー! その中でも特に親方はキレると凄いぜ。俺を片腕で海に投げ落とせるくらいだからな!」
「それ、さっき観れそうな雰囲気だったぞ」
しかし、こう話を聞いてようやく納得出来たな。
ディアルが妙に皇国の情報に詳しい事も。
家柄や知識だけでなく、漁師だからこそ見える所があるんだ。
紫空界も産業がなきゃ成り立たない。
屈強な兵士の輸出だけじゃ今の時代やっていけないからな。
それを強権で潰されようものなら黙っている訳にもいかないだろう。
となると、さしずめ〝内静かなる戦争〟は既に勃発中か。
それも国内、皇国と産業組合との内戦として。
騎士の国だけあって戦いには事欠かないな。
まったく、やるなら国内で留めておいて欲しいものだよ。




