第23話 ノオン出生の秘密
ノオンの出生の秘密はとてつもないものだった。
本来生きる事さえ叶わない【ステージ3】であるという事実さえ霞む程に。
しかもその逸話はなお続いている。
俺達の心を深く深く抉らんばかりに。
「ボクが産まれたのは丁度、父上がやって来た時だった。そんな人の前でボクの実母が取り上げ、目前で掲げ上げたんだそうだ。〝ああ、希望が来てくれた。どうかお願い、この子に光を見せてあげてください〟と囁きながら」
「……なんでも、その女性達は工場の外に出た事が無かったらしい。だから【陽珠】も見た事が無いのだと」
奴隷工場というくらいだから衛生面でも酷いものだったのだろう。
【陽珠】の輝きさえ見られないなど、あっていい訳が無い。
だからきっとその母親は絶望の中で生きて来たに違いない。
もはや人とさえ扱われていないのだから。
「それでへその緒が付いたままのボクを預けて、そのまま逝ったそうだよ」
「むご過ぎる……!」
ノオンもだが、その被害者達が不憫で仕方がない。
まさか粛清役のファウナー氏達が救いになるとは。
死でやっと解放される人生なんて余りにも無惨過ぎるだろう……!
しかしそんな話をしている最中でも、ノオンは微笑みを忘れなかった。
それは、こんな逸話もが残っていたから。
「けどね、その時のボクは――笑っていたんだって」
「……え?」
「生まれたばかりなのに、産声を上げずに笑っていたのだそうだ。まるで父上に抱かれる事を喜んでいるかの様に」
「そんなボクにね、父上は愛情を抱いてしまったんだって。守ってあげたい、救ってあげたいって。それでボクが【ステージ3】である事を隠したまま、連れて施設を脱出したという訳さ」
「ステージ自体はすぐわかったらしい。実母のいたフロアに【ステージ2】の標識があったらしいからな」
もしかしたらファウナー氏がそう勘違いしただけなのかもしれない。
でもきっと、そう思いたかったっていうのもあったのだろうな。
絶望まみれの中で「希望」と呼ばれたからこそ。
――いや、これ以上考察するのは無粋か。
「その後、父上は無理を承知でボクを養子にしたらしい。当時の皇帝陛下にもここで初めて逆らったのだとか」
「でも最終的には理解して貰えて、それで一層絆が深まったと言っていたな」
「皇帝陛下って結構な温情家なんだな」
「そうさ。あの御方は紫空界の象徴とも言うべき優帝だからね」
幸運だったのは、ノオンを取り巻く人々が皆優しかった事か。
これで血に拘る様な人間達ばかりだったらこうもいかなかった。
間違い無くノオン達との出会いも無いままだっただろう。
胸が苦しいな。
今が幸せとはいえ、紙一重だから。
これは俺も他人事じゃない話だから、とてもよくわかるよ。
俺も父に出会わなければ今頃、野垂れ死んでいたかもしれないからな。
「しかしここで我がドゥキエル家に転機が訪れた。なんと突然、久しく見ない娘が加わる事となったのだから。それも咲き誇る一輪の花の様に可愛いらしい子が!」
――ちょっと待て、その流れはまさか!?
おいやめろ、何故そこで二人揃って笑ってるんだ!
どう見ても笑える様な話じゃなかっただろ!
「かつて、我が一族の祖先はとある若き魔女と盟約を結ぶ関係にあったんだ!」
「しかしその魔女には恐るべき特殊性癖があったのだ。男×男が絡み合う所を見るが大好きだというとんでもない性癖が!」
「そして、魔女は何を考えたのか、我が一族にとんでもない呪いを掛けてしまったのさ! なんと末代まで男しか産まれないという呪いを!!」
魔女どこから出て来たァァァ!!
そしてなんだその誰得な呪いィィィ!!
やめろォ!
だから一気に空気を変えるのはやめろォ!
「だから祖先より何度も娘を作る努力をした! でも本当に産まれないから、可愛い男の子が産まれたら女装させ、化粧させ、女の子の様に育てる事もしてきた!」
「するんじゃなぁい!!」
「でも、それでもダメだったんだ。それで一族は途方に暮れ、女の子を一から育てるという夢を諦め掛けてしまったのさ」
「だがしかぁし!! そこで希望が降臨したのだッ!! そうッ、ノオンという天使が!!」
何だこの怒涛のコンビネーションは!
テンションが上がった途端、息つく暇も無いテンポになったんだが!?
ツッコミが、追い、付かない……ッ!
「当時は養子なんて考えが無かったからな、精々幼女を嫁にするくらいしか出来なかったのだ」
それはそれで問題だろ!?
「でもそれじゃあ我等は満足しなかった。やはり一から育てたいという願望があったからな! なのでノオンの降臨に、我が血族全員が奮い立った! 念願の娘が誕生したとして!」
もう出生関係無いのな!
「まず、一日に十着のベビー服が屋敷に届いた!」
着きれないだろ!
「初めて立った時、家族親族揃って興奮のままに奮い立った!」
お前等も総立ちかよ!
「初めて歌った時、居合わせた皆が点火魔法を駆使して応援した!」
アイドルか!
「初めての剣術稽古の時、倒れない様にと周囲から常に手が伸びていた!」
倒す手数多ー!
「食事の時、必ず最上座に座らせていた! 皇帝陛下が来た時も!」
陛下お前もかァァァ!
「眠る時は多数有志によるオーケストラの子守歌を引いた!」
逆に寝れないだろ!
「そんな騒がしい中でもノオンは誠実に育ち、とても優しくて気高い女性に育ってくれたよ。俺の自慢の妹さ」
自覚あるならやめてやれよ!
「余りにも可愛い子過ぎて母までもが夢中になってな。父上に〝また女の子が欲しい〟なんてせがんでいたよ」
それ子供の前で言う事か!?
「とはいえ呪いもあるからそうもいかなくてな。それでノオンが末子となって落ち着いたという訳だ」
「父上や母上、ディアル兄様もだけど、次男のカイオン兄様は特に一杯愛してくれたなぁ。いつも遊んでくれて色んな事教えてくれて。剣術稽古も一緒に励んでくれたのさ。とても懐かしいよ」
「カイオンは優しいから、ノオンの境遇に同情していたんだ。お陰でノオンもカイオンにべったりだったな。それで俺もジェラシーを感じたものさ」
「え、子供の頃から出生の事を知っていたのか?」
「そうさ。父上が早い段階で教えてくれたんだ。こんな言葉も一緒に添えて。〝酷い境遇を持つお前だが、例え血が繋がっていなくとも我々の大事な家族だ。その事を胸に、負い目なく生きていくのだぞ〟ってね」
にしても、聴くに随分と思い切りのいい人物だ。
ただ、これもファウナー氏の親としての経験の為せる技なのだろう。
詳しくを知らない子供に事実を教える事で、その悲しさを曖昧にさせて。
その上で少しづつ自分なりに考えさせる時間を与える。
しっかりと愛情を与えて言葉通りだと証明した上でな。
よほど子育ての自信が無いと出来ない事だ。
そうして打たれて育てられたから、二人ともこれだけマインドが強いんだな。
多少――いや、結構強過ぎる気がしなくもないけれど。
……そんな強気もここまで語り尽くせば冷めるらしい。
どうやらやっと落ち着き始めた様だ。
結局は重い話も自慢話の前座だったか。
なんだか同情して損した気分だよ、まったく。
でもこれが逆にノオン達の強みでもあるのだろう。
悲しい事も嬉しい事へのバネに出来るポジティブさが。
だとすれば父親のファウナー氏もきっと同じ様な存在に違いない。
ノオンが真に頼ろうとしているのはさしずめこの方かな。
話通りなら確かに、頼るにはうってつけかもしれんな。
にしても、ファウナー=ハウ=ドゥキエル、か。
何となく引っ掛かっていたが、今ようやく思い出したよ。
そう、俺はこの名を知っている。
それというのも、父から教えられたから。
父はいつかこう言っていた。
〝儂にも友と呼べる人物がいる。ファウナーという男だ。そやつは間違い無く信頼出来ると自負しよう。それだけの知恵と勇気、そして器量と正しき心を持つ者だからだ〟と。
あの方がこれだけ言う人物なのだ。
なら信用出来るのだろうな。
これだけの逸話も残す様なら疑う余地も無いだろう。
それがわかったのなら、真の本筋はもう進められる。
さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか。
世間話だけでもう二時間も使ってしまったし。
せめて夕飯までには用件を済ませたい所だ。
出来る事なら、明日の朝には出発したいしな。
【マルディオン】までの旅路も長いだろうから。
よりぬき言語紹介
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点火魔法
指先を輝かせる魔法。ただそれだけ。本当にそれ以外の効果が無い。
昔は灯台守や漁師のハンドサイン用として使われていた。しかし魔道具の普及からその用途は次第に変化し、今では応援などに使われる事がメイン。
なおこの世界にもアイドルは存在する。なので応援する時は必然とこの魔法が使われる事に。そんなアイドルギーク達の中では「この魔法が使えない奴は前の席へと座る資格無し」という謎ルールが存在している。その為アイドルギーク達の大半が魔法職に就いているのだとか。決して童貞のまま三〇歳を過ぎたとかそういう訳ではない。
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