第22話 ドゥキエル家
「――アークィン、聞いているのかい?」
「え?」
どうやら心を落ち着かせようとして没入してしまったらしい。
こうやってノオンに声を掛けられてようやく気付く。
見惚れていた、というのもあったのかもしれない。
それだけエルナーシェ姫が美しかったからな。
「ボクに惚れてはいけないよ。まだまだ修行中の身、色恋にかまけている暇は無いからね」
「それは無い。あと暇が無いのは俺も同じだ」
しかしその人ももうこの世にはいない。
そんな故人を讃えるのは偉大なる我が父だけで充分さ。
会った事も無いからどんな人物かもわからないしな。
ともあれお陰で呼吸も整った。
ツッコミの呪いよ、来るなら来い。
こうなったら最後まで戦い抜いてやろう。
と、思って息巻いていたんだが。
気付くと場の雰囲気は先よりなんだか明るくない。
知らぬ内に話の内容が変わっていたのだろうか。
例えばノオンの性癖の話とか。
「まったく、折角ボクが自分の暗い過去を打ち明けようとしているのに、肝心の君が聴かなくてどうするんだい」
「どうしてあの流れでそんな話になった」
予想は外れたが方向性は大体合ってた。良かった。
しかしさすがだな予測破壊ブラザーズめ。
相変わらず話を斜め上に釣るのが得意だ。
うっかり食い付きそびれたら餌に置いて行かれかねない釣り揚げ力だぞ。
「で、今度はどんなミラクルでそんな話に繋がったんだ?」
「僕達の由縁からだよ。ほら、ボクは混血じゃないか。兄上は普通の人間なのにさ。不思議に思わないかい?」
「……まぁ確かに薄々思っていた事ではあるな」
とはいえ今度は何となく方向性が読めたけどな。
そう、ディアルは見紛うこと無き人間だ。
耳はちゃんと側頭部にあるし、毛深い様子は――無きにも非ずだけど。
それはつまり、彼の親が人間同士という事に他ならない。
なら何故半人半獣のノオンが家族に居るのか。
母親が別なのか、とも思えるけども。
でもどうやら、それも違うらしい。
「ボクはね、ドゥキエル家に引き取られた養子なのさ。それもここだけの話――【ステージ3】の混血なんだ」
そうして打ち明けられたのは、驚くべき事実だった。
――この世界において、人にはとあるカテゴリが割り振られている。
【ステージ】と呼ばれる、血族の段階を示すカテゴリだ。
例えば純血は【ステージ1】。
つまりこれが一般的な位置。
このカテゴリに属していれば種族の差は無いとされている。
次に【ステージ2】。
これは純血の異種族間で生まれた子を指す。
すなわち二種族の特徴を濃く合わせ持った混血の事だ。
恐らく俺やマオ、フィーやテッシャもこれにあたる。
このカテゴリの者が世間から疎まれる傾向にあるのは周知の通り。
更には婚姻・同居・恋愛関係にも制限が課される事になるのだとか。
そして【ステージ3】。
これはつまり、混血の子を指す。
厳密に言えば三つ以上の種族の血を併せ持った者の事だ。
この段階に至った者は基本、即抹殺対象となる。
その親共々、立場や位に例外なくな。
それというのも、他人と見分けがつかなくなってしまうから。
三血族以上の混血は【ステージ2】の者とも大差が無い。
姿特徴も二血分だけ踏襲されるから区別が付かないのだ。
ではもしその者が知られず子を成し続ければどうなるか。
多種族の遺伝子を持った混血が無数に生まれる事となる。
それはすなわち、【業魔】への道筋へと辿るだろう。
なので生まれた時に殺さなければならない。
世界に紛れ込んでしまえば追うのが不可能となるからである。
だから世界は徹底して【ステージ3】以降の混血児を抹殺し続けた。
伝説の過ちを再び犯さない為にと。
しかしその生き残りが目の前にいる。
ノオンという女性が。
だからこそ皆が驚きを隠せないでいたんだ。
まさかそんな人物と出会えるとは思って見なくて。
とはいえ、俺達に【ステージ3】自体へのわだかまりは無いけれど。
混血である事に変わりは無いし、決して対岸の火事ではないからな。
俺達が混血である以上、子を成してしまえば粛清対象となるのだから。
「もちろん言った通りここだけの話で、世間では【ステージ2】で通っているよ。それは父母、兄上達も重々承知の上さ」
「とんでもない事実だな、それは」
「それでも動揺したり毛嫌いしない君達で良かったよ。内心ビクビクしていたもの」
それに、なまじ混血だからこそ見える事もある。
人の性って奴は血などでは判別出来ないからな。
人間性っていうのは今までに培ってきた経験と知識が育むものなのだから。
だから下手な純血よりずっと人に詳しいつもりさ。
純血だからと誇って何も見ようとしない奴等よりはな。
そして純血であろうと真に見える者は見えるのだ。
特に、しっかりと自分で物の考え方を会得している者なら。
例えばそう、高位の立場へ昇り詰められる様な人間であれば。
「にしても意外だな。ノオンの出はルールを作る側な由緒正しき一族かと思っていたんだが」
「お、鋭いねぇ! そこは正解だよアークィン」
「ほう? というと?」
「何を隠そう! ボク達の父、ファウナー=ハゥ=ドゥキエルは中央皇国の副宰相なのさッ!!」
「何いッ!?」
何が正解なものか。
俺は只の一貴族としか思っていなかったんだ。
それが副宰相の娘だと!? 予想外も甚だしいだろう!
事実上、この国のNo.3だぞ!?
下手すれば皇子などより地位が高いんじゃないか!?
「加えて我がドゥキエル家は代々、皇帝陛下直属の近衛騎士団を任されてきた一族でな。陛下との繋がりは実に深い。個人的な付き合いもあるから、ある意味で言えば現宰相殿と同程度の立場であらせられる」
「……すまない、俺もちゅぎぃってしていいか?」
「今は止めておいた方がいいかなぁ」
俺はそんな人物の娘をコロコロさせていたのか。
確かに当人が勝手にやった事と言えばその通りだけど。
とするとなんだか後が怖いんだが?
どうやらそんな焦りも見抜かれたらしい。
ノオンが俺の事を見てニヤニヤとしている。
やめろ、変な期待をするんじゃあない。実際にはやらんぞ。絶対に。
とまぁこのままだと本筋の話が全く進みそうにもない。
なので観念して溜息交じりにウンウンと頷きを返す。
据わった目を向けると共にな。
これでようやくノオン達も脱線していた事に気付いた様だ。
……本当はただ自慢話をしたいだけなんじゃないか?
「で、話を戻すとだね。その父上は昔、そんなカテゴリオーバーした混血達を抹殺する粛清部隊に所属していたんだ。それである時、一大検挙作戦を実行したのさ。違法の混血奴隷工場を撃滅する作戦をね」
「そ、そんな所が……!」
それで本筋に戻ったと思えば、こうもいきなりドカンとか。
この一族、逸話だけは尽きそうにないな。
にしても混血奴隷工場、か。
そんな物があるとなると、世界が本当に混血を嫌っているのか疑いたくなるな。
実は影で相当な需要があるんじゃないか?
ツァイネル達が一般人を掴まえて送ろうとするくらいだし。
「そこで父上は先陣を切って乗り込み、業者を駆逐していった。それで奥まで辿り着いた時、恐るべき光景を目の当たりにしたそうだ」
「もしかして……」
「そう、〝生産施設〟さ」
というのも、この世界はまだまだ人手が足りないもので。
世界は広くないが、それでも人の手が行き渡ったとは言い難い。
未だ危険な魔物がいたり、手の入れにくい土地もあるから。
そんな土地を開拓するにも人力は幾らあっても足りないのだ。
しかも時代が安定期に入り、人は単純な作業を嫌う様になった。
文化的な物を作ろう、育もうとする意識が高くなったからな。
それで未だ未開地域の方が多いという訳で。
だから昔から奴隷という〝職業〟が存在している。
低賃金だが単純作業をするだけの立派な職業が。
何も考えたくない者が選ぶ最終手段の様なものだ。
でも、そこに悪人が目を付ける事は少なくないらしい。
危ない仕事でもあるから、幾ら人員を投入しても足りなくて。
なら死んでもいい様な者を派遣し、中抜きすれば簡単に儲かるのだと。
それで生まれたのが奴隷工場。
人権も何も無い労働力を生む為だけの――鬼畜の所業である。
その通り、ノオン達の語った話はとてつもなく酷いものだった。
種族などに関係無く、捕まえた者を交配させて子を産ませて。
その子が男なら労働力に、女なら生産力に。
更には夜売りまでさせて更に金を搾り取るという。
それもカテゴリなど関係無く、手当たり次第に。
「その所為で工場にはステージ4、5クラスの個体も居たらしい」
「まさに罰当たりな惨状だな……」
「そんな中で、ボクは生まれたのさ」
「「「ッ!?」」」
そして繋がった話は絶句する程にも凄惨だった。
まさかここまで酷い出生の逸話だったなどとは。
俺が可愛く思えるレベルだぞ……。
全く、こんな話をいきなり始めるなんて何を考えているんだ。
こんなの、同情しない訳にはいかないじゃないか。




