第1話 青年、発つ
「尊敬せし父ウーイールーよ、安らかに眠れ。数多の偉大なる功績と共に」
父の墓前で祈りを捧ぐ。
生前に頼まれた通りの、先の景色が見渡せる丘の上で弔って。
あの方はこの場所がとても好きだった。
世界の大きさと小ささを同時に教えてくれる場所だと言って。
だから鍛錬の合間に連れられては小言をよく聞かされたものさ。
その鍛錬は決して楽なものではなかった。
何度も死に掛けたし、苦しいと思った事は数知れない。
幾度と無く血反吐を吐き、その度に治して更に激しく鍛えられて。
でも、そのお陰で今の俺が居ます。
全ては、憧れた貴方の熱意に応えたかったから。
「今まで育てて頂き、誠にありがとうございました……ッ!!」
だからこそこうして心から礼を尽くせるんだ。
俺――アークィンの人生はまさしくこの方との出会いがあったからこそ、なのだから。
そう、俺は実の所ウーイールーの実子ではない。
出会いは幼児期の頃。
奴隷として売られそうになった所を救われて。
それから何かを感じたのか、自分の子として育ててくれた。
そして残りの人生を懸け、俺を鍛え上げてくれたんだ。
生涯弟子は取らないと公言していた身にも拘らずにな。
そう心血を注いでくれた真意はわからない。
ただそれでも間違い無く親として愛してくれて。
師としても全力を尽くし、技術を与えてくれて。
俺はそんな父を心より尊敬し、今でも誇りに思っている。
〝ああ、こんな父に出会えて本当に幸せだった〟と。
けれど、その父曰く。
〝早晩多子。生き急ぐのだ。そして残すモノが多き者ほど産むも易しと知れ。故に悲しんでいる暇など無いぞ、アークィンよ〟
この格言通り、悲しんでいる暇は無い。
何せこれからすぐ旅に出なければならないのだから。
俺がこの世に生を受けた意味を確かめる為にも。
しかしそれは決して、肉親を捜せという意味じゃない。
生前の父と約束したんだ。
俺の内なる力の秘密を解き明かせと。
そしてその秘密の存在意義を知るのだ、と。
そんな願いにも足る約束に心から同意した。
必ずやその約束を果たし、貴方の下に真実を届けてみせると。
その父は俺が旅立つ前にこうして亡くなってしまったけれど。
それでもいつか必ず解き明かし、ここへまた戻ってくるとしよう。
それまでどうかゆっくりとお休みください。
英霊として、傍でお好きな格言を囁きください。
それでも至らぬ所があるならばどうか小突いてください。
そうなされぬよう、常に全力で生き急ぎますから。
「さて、行くか」
祈りを捧げ終え、踵を返す。
もう旅の準備は整えてあるから、後は発つだけだ。
父が生前に用意してくれたマントと軽鎧と、大きな背負い鞄と。
後は生き抜く為に必要な知識があるから平気だろう。
だから何一つ後悔も心残りも無い。
「アークィン君。今更言える事では無いが……達者でな」
「いえ、そのお気持ちだけでもありがたく。村長もどうかご自愛ください」
「ありがとう。今までのお礼と言ってはなんだが、ウーイールー殿の墓は我等が責任を以って管理させてもらうよ。だから安心してお行きなさい」
「よろしくお願いします。では――」
唯一見送りに来てくれた村長とも最後の挨拶を交わす。
今までの生活で世話にもなったしな。
例え内心では俺の事をよく思っていないのだとしても。
それというのも、俺は普通の人間ではないから。
半人半獣の混血児なのだ。
だから栗色の頭髪からは、獣耳が後ろへ流れる様にツンと伸びている。
体毛に覆われた短い尻尾もあるし、人より少し毛深い。
でも幸い、姿は他の混血児達よりずっと人に近かった。
それで比較的受け入れられ易かったのもあったのだろう。
加えて父のお陰もあって、こうして見送りにも来てもらえて。
だからもうそれだけで充分だ。
頭を下げつつ村長と擦れ違い、丘を降りて森を越える。
村へと用事がある時に使う道を通って。
世話になった村にも寄るつもりだったから。
俺が刻んだ罪へのけじめとして。
そんな俺が通り掛かった時、早速の洗礼が待っていた。
待ち構えていた村人から石を放り投げられるという、な。
「この疫病神め、さっさと消えろっ!」
「もう二度と帰って来るな雑種がっ!」
でもこの風当りは至って普通の事に過ぎない。
大昔のとある伝説で、混血児は悪とされているからな。
その伝説が浸透しきった今では当たり前の仕打ちなのだ。
それに昔、色々とやらかしてしまったというのもあって。
そのせいで俺は皆を直視出来ない。
こうして洗礼を甘んじて受け入れる事しか。
ちらりと覗けばよく知った顔の女性もいた。
そんな彼女の投石姿を前に罪悪感が膨れ上がる。
故に〝すまなかった〟と心に思いつつも、歩は一切緩めない。
こうやって堂々と嫌われ去る事が、俺に出来る唯一の罪滅ぼしなのだから。
ただ、お陰で吹っ切れる事が出来たよ。
なので過去にまつわる話はここまでにしておこう。
これからは未来に目を向けて生きたいからな。
ありがとう父よ。
ありがとう村の者達よ。
俺は今日からも前向きに生きていく。
そして願わくば今のままであり続けて欲しい。
自分達の行いにだけは恥じぬ様にと。
いつか世界の価値観が変わった時、後悔しない為にも。
こうして誓いと願いを胸に、俺は旅路に就いた。
最初に向かうのは比較的近くにある商業都市だろうか。
まずはそこで日銭を稼いで旅に備えよう。
世界を回るのは少し先になるが、先立つ物が無くてはどうにもな。
とはいえ肩の荷が下りたから気分は良い。
何せここに来てからは一度も外界に出た事が無かったしな。
だからどんな見知らぬ事が待っているのか、楽しみでしょうがなくて。
この調子なら、どこまででも歩いて行けそうだ。