第15話 輝操術(アークル)
いつか我が父ウーイールーはこう言った。
〝よく聞けアークィンよ。掌とは人と人の絆を結ぶもの。だから繋ぎ合い、共に歩む事が出来るのだ。その事を忘れてはいけないよ〟
それは俺がまだ幼少期、救ってもらって間も無い頃の事。
寝かしつける前にそう教えられ、にっこりと笑った事を今でも思い出す。
でもこの時、俺は一つの疑問を抱いていた。
掌が絆を育むならば。
じゃあ甲を合わせたら何を育むのだろうか、と。
そして後日、俺はその想いのままに己の甲を打ち合わせたんだ。
この事が無ければ俺は父に育てられなかったかもしれない。
認めて貰う事も、全てを注がれる事も無かったかもしれない。
だけどお陰で今、俺はここにいるよ。
剣も拳も魔法も何もかも、所詮は護身の為と教わった事に過ぎない。
全てはこの力をむやみと使わない為に。
それは、あの父さえ恐れたものだから。
この力を駆使した俺ならば、自分さえ軽く超えて行くだろうと。
その秘密の力を今こそ奮おう。
俺の両甲に秘めた輝きを今、非道な奴等へ向けて。
「我等を倒す、か。それが貴様如きに出来るか?」
「出来るさ。今、証明してやるよ」
「ほう……!」
盾を構えた側近達がジリジリと距離を詰めて来る。
先程の軽快な攻撃を止め、防御を貫いて。
俺の行動に警戒しているんだろう。
だけど無意味だ。
これからやる事は全ての行動を無為にするのだから。
そんな奴等の前で剣を仕舞う。
それを見てどう思ったのか、嘲笑が聴こえて来た。
観念したようにも思えたんだろうな。
ならそうでないという事を見せてやるよ。
俺の、輝きをッ!!
この時、目前で腕を交差させる。
両手の甲を充てがいながら。
するとその途端、両拳が輝き閃光が迸った。
それも広い空間へとくまなく光を届ける程に強く。
「な、なんだッ!?」
「これは魔法かっ!?」
更には迸り、瞬いて。
閃光が波を打っていく。
波紋の如き虹紋様を描きながら。
これで準備は整った。
さぁ始めるとしよう。
「【輝操・転現】ッ!!」
その叫びと共に、俺の甲が振り放たれる。
光のXを刻みながら。
そうして生まれた輝きは、刻んだ後も残り続けていて。
なお俺の前で強い輝きを放ち続けたままだ。
「〝Zwhen wiuel phaltet alletvaridshen〟――」
「魔法詠唱だ、やらせるなあッ!! 破魔突攻ォ!!」
しかしそんな中で側近達全員が揃って剣を構えて突撃してくる。
一直線に素早く、刃先を突き刺さんとばかりに突き出して。
その速度は俺が言い切る前に届くほど速い。
だけどな、違うんだよ。
「誰が、これを魔法だと言った……?」
「ッ!?」
突き出された刃に迷い無し。
このまま貫かれれば肉を抜け、引き裂かれて逝くだろう。
でもこの時、俺でさえ理解出来ない事が起きる。
輝きに触れた刃が――羽毛へと変わっていったのだ。
その先から流れる様に、跳ね飛ぶかの様にして。
たちまち羽毛が舞い散る。
それも何の変哲も無さそうなアヒルの羽毛が。
何本もの刀剣を犠牲としたままに。
「「「うわああああ!!!?」」」
しかもそれと同時に側近達が揃ってのたうち回る事に。
余りの激痛、余りの苦しみによってもがき始めたのだ。
「なんだ、何があったァ!? ――ううッ!?」
それも当然か。
彼等はもう、大事な腕を失ってしまったのだから。
――いや、失ったと言うのは少し違うかな。
なにせ側近達の利き腕が全て、アヒルの脚に変わっていたからな。
それもリアルサイズのアヒルの脚だ。
細くて水かきのあるあの脚に。
それが人間の腕から生えている様な、そんな感じで。
でも生えているんじゃあない。
これは【輝操転現】に触れた事で腕が昇華わったんだ。
しかも物理法則さえ捻じ曲げ、骨・皮・筋肉を強引に凝縮してな。
だからあのアヒルの脚も奴等の腕だ。
そしてその凝縮による痛みも当然伝わってくる。
おまけに神経も繋がったまま、刺激が全身に響くだろう。
となれば下手に切られるより相当痛いと思うぞ。
少なくとも、間も無く痛みで狂い死ぬくらいには。
「今のは詠唱なんかじゃあない。この【輝操転現】の力を抑え込む為の術式だ。俺が両手の甲を合わせた時からこの力は発動しているんだよ」
「なにぃ……!?」
ただこの力は俺が制御する前だと、どうなるかは予想も付かない。
こうなったのは恐らく、力の位相先がアヒルだったんだろう。
せめて猿だったら良かったかもしれないが、こればかりはどうしようもない。
岩や鉄、水とかじゃなくて済んだのはある意味幸いだな。
力を見極めずに来るからこうなった。
自業自得ってやつさ。
「これは魔法ではない。精霊術でも巫術でも氣功術でもな。現存する全てのカテゴリと異なった力――」
そう、これは普通の術とは全く異なる<概念>なのだから。
「それが俺だけに使える秘術、【輝操術】だッ!!」
この力の正体は父も知らなかった。
個人的に調べたらしいが、何一つわからなかったという。
だから俺を徹底的に鍛え上げたのだ。
この力を誰よりも有効的に使える様にと。
己が辿り着けなかった〝唯一〟の可能性を持つ俺に期待を込めて。
よって俺は父の様な【複合闘戦士】ではない。
剣士でもなければ拳闘士でも、魔法使いでも精霊使いでもない。
そんな俺を父はこう呼んだのだ。
【輝操士】、アークィン=ディル=ユーグネスと!




