第14話 間者(スパイ)
賊どもの正体はわかった。
明かされてこそいないが、今までの話から充分に引き出せたよ。
「お前達は、紫空界の間者だな?」
「「「ッ!?」」」
そう、こいつらは青空界の人間じゃあない。
間違いなく界外の人間だ。
それも騎士道を重んじる国、紫空界の。
そしてその中でもかなりの高位を持った人物達。
「さしずめ、紫空界【中央皇国マルディオン】皇族近衛騎士団の団員と言った所か」
「何故、そう思った……?」
「構えだよ。お前達の構えが余りにも綺麗過ぎるんだ。父に教えて貰った同騎士団御用達の伝統剣術とそっくりにな」
「……知っていたのか」
「あぁ。それとお前はさっき、まるで青空界そのものを敵視した発言をした。あたかも自分達は界外の人間であると告白するかの様にな。迂闊過ぎるんじゃあないか?」
そう匂わせる節は幾つもあった。
剣技もそうだが、発言にも〝正義〟や〝誇り〟といった語句が多い。
それは自分達の存在意義に絶対的自信があるからだ。
それだけの自信はよほどの立場でなければ生まれない。
故にこいつらは【マルディオン】の間者なのだ。
国そのものに命令され、盗賊に扮して青空界を攻めている。
つまり〝内静かなる戦争〟が起きているという事に他ならない。
それも己の信ずる正義によって。
青空界の人間であれば何をしても良いと徹底的に。
更にエルナーシェ姫の劇的な死に便乗しての、な。
だがそれは歪んでいる。
余りにも理不尽で、利己的で、独善的だ。
第三者から見れば明らかにおかしいとわかるくらいの。
「くっ……言ってくれる。だがその事を知った所で状況は変わらぬよ。大義は我等に在り、絶対的勝利は揺るがぬ!」
「大義だと!? そんなもの、只の勘違いから生まれた盲信に過ぎないッ!!」
「「「何ィ!?」」」
父曰く。
〝位上心下。決して驕るな、己と正しく向き合え。時に人は己の立場に心を曇らせよう。それはもはや正を語る資格無しと知れ〟
その正体は増長!
地位や名誉は自尊心をはちきれんばかりに膨らませる。
それは父が最も嫌った心の在り方の一つだ。
そして奴等はその増長のままに力を奮っている。
疑う事も無く、盲信するままに。
ならば俺が正そう。
決して驕る事無く、今の力に溺れる事無く。
父の言葉さえ関係無く。
俺自身の意志で。
「だから目を覚まさせてやる――ただし! あの世に送る事でだッ!!」
「やってみろ若造がァ!!! 総員、戦術開始ィ!!」
その叫びと共に敵もが動く。
親玉の指図と同時に八人の側近が動いたのだ。
俺が通路を背にしているから背後は取れない。
しかし半円の範囲で左右に動いて幻惑させて来る。
前後に半々で別れ、その上で姿を交差させる事によって。
するとどうだ、たちまち全員が同じ姿に見えて来るではないか。
皆が同じ構えだからこそ、そう錯覚させているのだろう。
人脳の視認補正を利用したトリックと言った所か。
人は視界にある物を無意識に脳内で補完し、形を認識させる。
なので視界外側のボヤけた景色は実は実物と違っていたりする。
つまり、見えている物が実は見えていないのである。
その原理を利用したがこの戦術。
相手の正体をぼやかし、かつどこから襲ってくるかを隠すという。
これではまるで分身だ。
しかも遠近感を失わせるというオマケ付きの。
話には聞いていたが、初めて見るとなると惑わされるなコレは!
そんな中で二人が迫り来る。
構えを崩さないまま素早く。
更には空かさず二閃が空を裂いていて。
それを上体を逸らして躱し、擦れ違いざまに背後へと足蹴を見舞う。
けど浅い! 防御も考えているぞコイツラッ!
その間も無く、四方から同時斬撃だ。
これは逃げ道が無い!
故に俺は剣を奮う。
抜くままに回転斬りを繰り出し、四刀全てを瞬時に跳ね返して。
「何ッ!?」
「こいつうッ!?」
しかして俺はもう駆け抜けていた。
それも親玉に向けて一直線に。
残り二人が立ち塞がろうが剣を打って弾き返して。
そのまま横薙ぎの斬撃を親玉へ。
「甘いわッ!!」
でもその斬撃は防がれてしまった。
鞘から抜ききるまでも無く、僅かに覗かせ立てた刀身によって。
しかも頭と紙一重、俺の剣を眺められるくらいの傍で。
硬いな、普通の剣とは重厚さが桁違いだ。
追撃を嫌がり、鍔ぜり合う事無く俺の方から跳ね退ける。
再び周囲を薙ぎ払い、側近達を離れさせながら。
「これで止まると思ったかッ! 【烈火波鞭】ッ!!」
「ッほう!!」
それでも俺は止まらない。
その回転を利用し、片腕から鞭炎を周囲へ撒き散らす。
狭いからこそ回避は難しいぞ!
だがこの時、奴等の動きはもう俺に追い付いていた。
「対魔陣形ッ!!」
「「「応!!」」」
なんと奴等は盾を持っていたのだ。
背負っていた盾を取り出し、即座に身構え壁を作っていたのである。
それも親玉を守る様に一列並んで。
するとたちまち、俺の炎鞭が無為と消える事に。
あれは対魔法耐性を持った魔導具兵装か!
一般兵では手に取る事さえ叶わない一級品だぞ!?
これでは低級魔法程度じゃ突破は叶わない。
いくら俺の魔力が常人以上でも越えられない壁はあるんだ。
「拳術、剣術、それに魔術……【複合闘戦士】か、今どき珍しいな。他には何を見せてくれるのだ?」
「御所望なら斧術、槍術、精霊術や天候術、なんでも見せてやるさ!」
「おぉ怖い、怖過ぎて笑いが止まらんよ」
奴等も多分それを熟知している。
となれば今の攻撃は悪手だな。
魔力練度を暗に伝える事となってしまった。
どうやら甘く見ていたらしい。
こいつら、間違いなく戦闘のプロだ。
一挙一動に無駄が無いし、俺の攻撃も学習しているな。
全ての攻撃をいなして調べ、追い詰めていくつもりか。
「腕前は確かだが、得物がその程度では話にもならんな。どれ程の剣を持つかと思えば只の鉄屑ではないか」
「悪いな、俺はそんな大層な武器を買えるほど金を持ち合わせちゃいないんでね」
「んん~そうか。なんなら貸してやろうか? その方が面白く戦えそうだ」
「今は遠慮する。お前達を倒した後に拝借させてもらうさ」
例え多人数戦を熟知していても、それは相手もきっと同様だろう。
その隙を狙われる可能性は大いにあり得る。
となると、このまま通常戦闘に持ち込まれれば勝ち目は薄いな。
なら、アレを使うか。
父には滅多な事で使うのはよせと言われているが、仕方がない。
これは加減して勝てる様な生半可な戦いでは無いからな。
惜しんで負けたらそれこそ申し訳が立たない。
生き残らなければ何の意味も無いのだから。
だからこの時、俺は覚悟を決めて一呼吸をつく。
その両拳から力を抜き、だらりと僅かに開かさせながら。
こう決意させたのはお前達だ。
そして解放させた以上はもう、苦痛以外無いと思え。
悪いが俺は――お前等を人で在り続けさせる事さえ否定しよう。