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第135話 世界が滅ぶワケ

 エルナーシェ姫は生きている。

 それも虹空界とは異なる別の世界で。

 そう教えられた時、俺達はただただ唖然とするばかりだった。


 けれどこんな真実など、陽珠の君が語る一片の出来事にしか過ぎない。

 こう至った理由にはそれだけ深い事情が籠められていたのだから。


「我らは常々、救世主を五人選んで隣世界へと送り込む事にしていたのじゃ。そして今回が最期。それがノオン、マオ、テッシャ、クアリオ、そしてエルナーシェという可能性であった」

「でも姫は三年前からもう限界だった?」

「あぁ。彼女が訪れた時、既にもう兆候が見えていたよ。己の宿命に急ぐあまりか、わらわの言動一つ一つへと機敏に反応していた。それも必要以上に。とても平和を願う大らかな心の持ち主とは思えない程にのぉ」


 きっとこの陽珠の君にはエルナーシェ姫の全てが見えていたんだ。

 それは彼女が選ばれし者だから。

 それでいて、いずれこの場に来るであろうと察していたから。


「其方達も見て来たであろう? 紫、赤、緑、黄、そして青と。今の世に蔓延る悪意や敵意が如何に汚らしいものだったかを」

「……ああ、嫌という程にな」

「其方達はまだ力があったからこそ悪意を千切る事が出来たであろう。しかしエルナーシェは違う。優しいが故に非力であり、賢いが故に苦悩し易かった。そして更には知っていたのじゃよ。それらの悪意がそこら中に蔓延している事にのぉ」


 だけど世界は想像以上に残酷だった。

 そんな一人の少女の優心をいとも容易く燻らせてしまう程に。


 例えどれだけ象徴的な人物であろうとも拘らず。


「……だから焦っておったのじゃろう。早く王になり、世界を纏め上げて悪意を消し去りたいのだと」

「それだけ思い詰めていたのか……」

「あぁ。だからどうしてもこの世界から切り離さねばならなかった」


 なまじそう気付けてしまうから陽珠の君も悩んだに違いない。

 さもなければ最期の可能性が早くも無に消えてしまうかもしれないから。

 そうしない為にも、敢えて彼女を煽って隣世界へと送ったんだ。


「隣世界にはかつてのわらわの同胞もいる。いつか旅立った仲間達が戻ってきてもいい様にと、この世界へ戻る手段をしっかりと構築してな。しかしそれでもエルナーシェは戻ってきていない。その事実が彼女の負った傷の深さを示していると言えよう」

「戻りたくないと思える程に苦しんでいたという事か」

「うむ。……ただ、あの娘は一人ではないから心配は無かろう。親友と呼ぶべき従者が付き従っておる故な。実に逞しかったよ、エルナーシェが飛び降りて間も無く、かの者も追って飛び降りたのだから。阿呆の王や家臣どもがボケっとしとる間にの」


 それでも決して救いが無い訳ではないらしい。

 エルナーシェ姫にも信頼出来る人がいて、共にいるというのならば。

 バイタリティに溢れているなら、今も元気に冒険でもしているかもしれないな。


 ――察するに、陽珠の君は嘘を言っていない。

 不思議とだが、なんとなくわかる気がするんだ。

 この空間が妙に感応力を高めてくれる様な気がしてならなくてな。


 だからだろうか。

 そう思っていた俺に、陽珠の君が優しく微笑み頷いていた。

 まるで理解した事を感謝するかの様に。


「今思えば、そんな二人だったからなのかもしれぬ。わらわが隣世界への扉を開いたのは。そうでなければ気まぐれでもここまではせんからのぉ。少なくとも、救世主候補でさえ衆愚の徒と化した今の時代ではな」

「あぁ~、神が影響を受けてしまうくらいに世の中は歪んでいたからねぇ……」

「確かに! それなら陽珠の君殿が嫌になるのもわかる気がするよ」

「だからと言って、ただ人が嫌になったという訳では無いがのぉ。そこにはれっきとした〝理由〟もある」


 すると陽珠の君は組んでいた両腕を解き、その笑顔を陰らせる。


「……本来、この世界は分かたれても滅ぶとは決まっておらんかった。しかし世界を担う人の子らはそれさえ忘れ、ただ敵意を抱き、怨み、妬み、蔑んだ。例え我等が幾ら止めようとも自制する事さえ忘れて」


 その所為か、開いた口からはまるで恨み節の様な言葉が連なっていて。


 それはきっと、ここに居続けてもわかるくらいにこの世界が淀んでいたから。

 それに、こうして話せる様な相手もずっといなかっただろうしな。

 例え神の様な存在でも、数千年と溜め込めば愚痴の一つ漏れても仕方がない。


「それでもわらわの同胞は世界を救おうと旅立ったよ。彼等は希望を忘れない、とても心逞しき者達だったからのう。でもその代わりに心卑しい者ばかりが残り、代を変え、増えて愚かさを深めさせてしまった」


 ただ、その根底にあるのはきっとアルケティと同じ想いなのだろう。

 出来るならばそういった悪意を滅ぼしたいと思う様な。


 だけどその理由自体はアイツとは全く異なる。

 陽珠の君は世界そのものの存在を憂いていたのだから。


 世界が滅ぶ、その直接的原因を知る存在だからこそ。




「その負の感情こそが空の底、【解崩絶雲(ユンヴラリエ)】の栄養となっているとも知らずにな」




 負の感情が空の底の栄養。

 つまり世界に悪意が満ちれば満ちる程、虹空界の崩壊は進むという事だ。

 バウカンやブブルク、パパムやジェオスの様な奴等がのさばる限り。


 しかも聞く限り、その勢いはそう簡単に留まらない。

 例えその悪意を消しても、今すぐ崩壊が止まる訳じゃないんだ。

 それこそアルケティが成そうとした、全世界の選民を一挙に行わない限り。


「しかし同胞達もまた優しかったのじゃ。だから人の心を変えずに世界の在り方を変えようとした。その為の業魔であり、その為の救世主システムでもある。ただ、それは未だ可能性の芽すら出てきておらん」


 だからアルケティは急いでいたのだろう。

 エルナーシェ姫がいなくなった直後から選民計画を推し進める程に。

 それもまた世界を救う手段、あるいは可能性の発芽までの時間稼ぎだから。


 それが例え既に手遅れなのだとわかっていようとも。


「故にもうこの虹空界は限界なのじゃ。幾ら悪意を潰そうとも、新たな悪意が現れ、再び人の心を黒く塗り潰すであろうな。繰り返し、世界が滅ぶその時まで。深く根付いた邪芽は芯を残す限り、何度も生え変わって害意を撒き散らすじゃろうて」


 俺達がやってきた事は決して無駄じゃあない。

 しかしそれでも遅過ぎたんだ。

 それ程までにこの世界が醜く愚かに染まり過ぎていたから。


 きっと赤空界では第二のバウカンが生まれようとしているだろう。

 きっと緑空界では別の組織が異種族を排除しようと目論んでいるだろう。

 きっと黄空界では他の旧王国縁者が復興を目指して暗躍しているだろう。


 この連鎖はもう、誰にも止められない。

 恐らくはあのアルケティですら。




 それこそ、世界を創り直さない限り。




「――じゃが、その悪夢の現実を覆す可能性がようやく訪れたよ」

「えっ……?」


 だがこの時、意気消沈していた俺達に再び穏やかな声が届く。

 それもあろう事か、そんな雰囲気へと貶めた当人から。


 そして何を思ったのか歩み寄り、俺の頬へと手を伸ばしていて。


「まさか、我等の切望した力がこの世界から生まれるとは思わなんだ」

「えっ……」

「其方だけに奮える輝操術。その力こそ、わらわの同胞達が旅立つ程に追い求めておったものよ。それに今ようやく出会えた……」


 そんな彼女の眼からは、一筋の雫が零れていた。

 悲しみを帯びていた先までとは違い、穏やかに見開かせながら。


 きっとそう感涙を呼ぶ程に衝動を抑えきれなかったのだろう。

 彼女の生きて来た数千年という年月はそれだけ重く切なかったのだ。


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