第128話 激戦の果てに
業魔との戦いは一進一退。
力量的にはまだ互角と言った所か。
ただ防御力に関しては奴の方がまだ上だ。
だとすればこのままだとこちらがジリ貧となるのは明白だろう。
なら、あの硬さを突破する為にも切り札を切るしかない。
しかしそう思った矢先、奴の様子に変化が訪れる。
六脚を開いて姿勢を降ろし、首を地面へと擦る程に下げていて。
しかもその眼にはこれまで以上の殺意が帯びていた。
――これはマズい!
この低姿勢は、アレが来るッ!!?
そう、この姿勢は反動を支える為だ。
強力無比なあの光線砲に耐えうる為の。
奴はこれを放つ為にわざと距離を取っていたのか……ッ!!
そしてその予想は奇しくも正解だった。
直後、業魔の口からあの光線砲が再び放たれたのだ。
大陸をも両断たらしめる破滅の輝きを。
故に再び世界が光に包まれる。
周囲の砂や岩を赤熱融解させ、消し飛ばす程の波動と共に。
だがこの輝きを前にして、俺達はもう怯まなかった。
如何な力であろうとも負ける訳にはいかなかったからこそ。
『乗り越えてみせるッ!! この輝きでさえもッ!!』
ならばと力を籠めて右腕を振り払う。
俺達の誇る最高の武装を顕現する為にと。
そうして右手先から解き放たれたのは、一振りの剣。
ノオンが奮っていた六聖剣の一振り【フェタリオス】である。
その剣を斜にして低く構え、輝きを迎え撃つ。
すると直後、凄まじい衝撃と共に烈光が剣腹を走った。
たちまち光が弾け飛ぶ。
雨の如き閃筋を空へと描いて。
彼方〝空の底〟さえ裂きながら。
金属を裂いた様な鳴音を響かせて。
それでも耐えられている。
それだけの強度がこの聖剣には備わっているんだ。
お陰で、光線砲が途切れた今もなお立ち続ける事が出来ていた。
『なんだとッ!?』
『この姿を象ったのは俺達の力だけでじゃない! 想いを託してくれた人達の願いがあるからこそなんだッ!! そうして生まれた力があれば、俺達は伝説さえ乗り越えられるッ!!』
その末に剣を振り払い、その姿を見せつける。
俺達に見合った形へと巨大化した聖剣の御姿を。
この剣はノオンの兄カイオンが所持していた物。
それを皇帝を介してノオンが受け取ったのだ。
正義を貫き悪を挫く、その理念を貫いて欲しいという意志の下に。
そんな【フェタリオス】には一つの特殊能力が秘められている。
所持者の適正に合わせてその大きさや質量感を変えるという能力がな。
だからカイオンの時は人の身程もある大剣に。
ノオンが持っていた間は振り易い小剣に。
そして今、俺達が持つ事でもその真価が発揮された。
しかもそのノオンの能力もが俺達には秘められている。
ならばこの聖剣の力を最大限に引き出す事も可能!
この力を以て、一気に攻勢と仕掛けよう。
『おおおッ!! 【破・蓮・牙】ァァァーーーッ!!』
その速さ、鋭さもまたノオンの能力を発揮させたもの。
故に瞬時にして業魔へと詰め、必殺連撃で穿つ。
ただ業魔もまた負けてはいなかった。
俺達の動きに反応し、即座に横へと飛び避けていたのだ。
だがな、こっちの方が――速いんだよ。
確かに避けられはしたさ。
けどその拍子に前足一本を貫き、跡形も無く弾き飛ばしてやった。
『グゥオオッ!?』
どうやら今の一撃の威力は想定外だったらしいな。
動揺からか、自ら避けたにも拘らず大地を転がっている。
それだけ肉体を貫かれた事が意外だったのだろうさ。
そう、聖剣ならばこうして奴の肉体を滅する事が出来るんだ。
だったら最も硬いであろう頭蓋でさえ貫けるかもしれない。
その可能性を信じ、再び業魔へと向けて駆け抜ける。
剣を振り被り、奴を切り裂く為にと力を溜めながら。
『これで終わりだあッ!!』
そうして横薙ぎ一閃が放たれた。
奴を真っ二つとせんばかりの全力の一撃が。
――だったのだが。
なんと奴はその一閃を、牙で受け止めていたのだ。
両顎で挟み込み、顎の力で刃を塞き止めていたのである。
『なんだとッ!?』
『グフルォォォッ!!!』
しかもあろう事か、たちまち聖剣に亀裂が帯びていく。
奴の顎の力はそれ程までに強靭だったのか!?
そうか、あの輝きもまたこの口から放たれたもの。
つまり業魔にとって最大の武器はこの顎と牙だったのだ。
神鉄さえも砕ける程の力を持つ、唯一無二の。
だからか、奴の強張った表情に勝ち誇ったかの様な雰囲気が滲み出る。
間も無く俺達の切り札を破壊出来ると悟ったからだろう。
けどな、それは違うんだよ。
何故なら、俺達の切り札はこれ一つじゃあないッ!!
『フグオッ!?』
気付いた時にはもう遅い。
俺達の切り札は既に左腕から解き放たれていたのだから。
もう一本の【フェタリオス】という切り札がなッ!!
これはいわば複製品。
俺の輝操術が構築して創り上げた物である。
だがその能力はもはや本物と変わらん!
進化した俺の意志がその創造を完璧へと押し上げたのだ。
その新たな切り札が遂に、業魔の眼部へと突き刺さる。
それも頭蓋を側頭部から穿ち、両眼をくり貫く様にして。
流々とドス黒い体液を大量に飛散させながら。
『グッギャアア!!』
それだけでは済まさんぞ!
拍子に怯んだ隙を狙い、オリジナルの聖剣を一気に振り抜く。
その自慢の顎を切り裂き、削ぎ落す程に深々と。
更には剣を投げ捨て、勢いのままに下顎部へと右手刀をぶち込む。
脳髄へと至るまで力の限りに。
ただしこれは奴の頭部を破壊する為じゃあない。
脳部に存在するアルケティ本体を摘出する為だ。
実は最初の一撃で、奴に輝操・探追を仕込んでいてな。
今までの戦いの中でアルケティの居場所を探っていたんだ。
それですぐわかったよ、アイツが脳部にいたって事がさ。
故に今、その身体を強引に引き抜く。
接合していた黒い肉からブチブチと千切り取りながら。
業魔を倒すのではなく、こうして救う事こそが俺達の勝利条件なのだから。
そして、その条件は全て成った。
『ウ、グワァァァーーーーーーッッッ!!!』
お陰で業魔は直ちに崩れ落ち、その力を失う。
アルケティという核を損失した事で制御する物が無くなったからだろう。
間も無くその巨体もが腐った肉の如く崩れ落ち始めていた。
で、肝心のアルケティは――無事だ。
しっかりと人の形を成しており、僅かに呼吸の振動もある。
生き絶え絶えではあるが、まだ死んだという決まった訳ではない。
それならまだ処置の施しようはあるだろう。
もう慌てる必要は無いんだ。
脅威は全て取り払ったのだから。
こうして俺達は激闘の末、業魔に勝利した。
最後まで巧く立ち回れた事に安堵せずにはいられなかったよ。
けどこの時、俺達はまだ気付いていなかったんだ。
この戦いはまだ終わっていなかったって事に。