第124話 超生物への対抗手段
帝都中心から幾多もの航空戦力が飛翔し、業魔に一斉攻撃を仕掛ける。
それと同時に、地上からも帝国兵と反乱軍の反撃が始まっていて。
とても効果があるとは思えないが、意識を引くには充分だった。
もしかしたら皆、クアリオンの叫びに触発されたのかもしれないな。
お陰で俺達は無事、再会を果たす事が出来たよ。
「アークィンッ! 一体どうする気なんだいッ!?」
皆多少は消耗しているが戦う分には申し分ない。
いささか俺の無茶な話に戸惑いを隠せない様だが。
「俺達で奴を倒すだけの戦闘力を引き出す。その為の輝操術も走ってる最中に考えた。恐らくだが、奴とまともにやり合えるだけの力は得られる、と思う」
「まだ予測でしかないのかよっ!?」
「それでもやらないよりはマシだッ!! 折角クアリオンが繋ぎとめてくれたくれた可能性を無駄にしない為にもな……!」
業魔の恐ろしさは誰しもが実感してしまった。
勝つ可能性など無いと思える程にハッキリと。
だからか、皆表情に陰りを帯びていて。
俺への期待があっても、不安は隠せないらしい。
けどクアリオンが身を挺して教えてくれた。
勇気とは恐怖に打ち勝つ心では無く、最後まで希望を棄てない事なのだと。
その希望がある限り、望み続ける限り、勝利の可能性は断たれないのだと。
なら、今はそんな気落ちさえ拭わなければならない。
何としてでも生き残る為にも。
だから俺は考えた。
あの業魔に勝ちうる手段を。
理を越えた力、輝操術が秘める可能性を。
そして、導き出す事が出来たよ。
「その方法はただ一つ――俺達全員が合体するんだ」
「「「なッ!?」」」
このヒントは当然、あのゴッドクアリオン。
彼はゴッドフェニシオンと分離合体するだけでパワーを数倍に高めていた。
二機分の力ならまだしも、そのポテンシャルは明らかに常識を越えていたんだ。
ならば、同じ原理を用いて多人数で合体したならばどうか。
「まぁ! ヤケになってワタクシ達の身体を求めるだなんて!」
「こ、この期に及んで冗談かい!?」
「いいや、ヤケでも冗談でもない。これは真面目な話だ」
そんな話に誰しもが困惑を隠せない。
なにせ不安も何も全て吹き飛ばさんばかりに常軌を逸した話だったから。
けど、不可能じゃあない。
どう合体するかという理屈はこの際、輝操術で全て押し通せばいい。
そして推測が正しければ、それこそ人の数十倍の力が発揮出来るだろう。
あとは理屈と理屈の掛け算がこの世界でどう作用するかどうかだ。
それがもし上手く噛み合えば――奇跡は自由に起こせる。
「ただし、これには問題が一つある」
「ん、問題てー?」
しかしこれはあくまでも勝利への方程式に過ぎない。
業魔に打ち勝つ可能性だけをただ求めただけの。
だから勝てる可能性は大いにあるといっても過言では無いだろう。
だがその手段を行使すれば、同時に別問題が浮上する事になる。
「合体に関しては恐らく何の問題も無いだろう。輝操術が発動すればすぐに俺達の身体と意識が交わり、一つの個体となるハズだ。それでも個々の意識は残るし、多少記憶も交わるが意思が溶ける事は無い」
「なら何で――」
「けど、その後が問題なんだ」
「えっ……?」
危険視しているのはつまり、戦いを終えた後の事。
俺にとっては戦いよりもむしろ事後処理の方がずっと恐ろしいんだ。
この先は、今の俺にも成せるか自信が無いからこそ。
「輝操術で物体を変化させる事自体は簡単だ。思い通りに理を捻じ曲げ、位相先へと昇華えるだけだから。けど、元に戻すとなるとそう簡単にはいかない」
「「「ええっ!?」」」
「結論を言えば、元通りに戻せる確証が無い。合体する事で皆の身体情報を得る事は出来るだろうが、その細部は直せても全ての理をも復元出来るとは限らないんだ」
だから俺は輝操転現を悪人以外に使う事を避けてきた。
元に戻せる自信も確証も無く、その手法さえ確立出来ていないから。
ラターシュを戻さなかったのも、本音を言えばちゃんと戻せるか不安だったんだ。
なのでもし一つ間違えれば、皆の姿をした別の誰かが生まれかねない。
こればかりは結果の推測さえ出来ないんだよ。
「もしかしたらノオンとマオの心が入れ替わるかもしれない。テッシャとクアリオの性別が変わってしまうかもしれない。フィーとニペルの好みが変わってしまうかもしれない。しかもそれは存在そのものを変えるから、当人は気付けないだろう」
「そ、そんな……」
「それに何より、俺は人を元に戻すという事にトラウマを抱えている」
「えっ……」
いや、もしかしたら考えない様にしているのかもな。
昔の古傷を思い出したくなくて。
今まで培ってきた自信を失いたくないから。
「実はな、俺は一度、人を直そうとして失敗した事があるんだ。それも当時懇意にしていた娘をな」
「「「ッ!?」」」
「そして彼女は今も俺の遺した傷痕に苦しみ、怨み憎んで生き続けている。これは忘れられようもない事実なのさ」
そんな記憶をふと思い出し、不意に拳を握り込む。
余りにも悔しくて、辛くて、耐え難い思い出だったから。
それは心の根底で輝操術への畏怖を抱いてしまう程に。
「当時俺はまだ七歳と若く、輝操術にも目覚めたてだった。そんな時に俺を支えてくれた彼女が危機に瀕してな、守ろうと輝操術を使ったんだ。けどその結果、力は暴発して彼女自身をも巻き込んでしまった」
確かに当時はまだ力の使い方もわからなかったのもある。
けれど感覚的に使い方も理解していた。
自由意思で発動し、敵を異物へと昇華えられるくらいには。
けど、戻すとなるとそんな理屈じゃ押し通せない現実が立ち塞がるんだ。
「そこで父に言われたよ。〝直せるのはお前だけだ。だからやるしかない〟って。だから張り切って直そうとした。樹に変わり果てた彼女をすぐに戻し、また明るい笑顔を見せてもらうんだってな……! その結果、彼女の身体も意思も問題無く直す事が出来たよ」
「じゃ、じゃあなんで……」
「それでも一つだけ、元通りに戻らなかった事があったのさ」
知識でも知恵でも拭う事の出来ない事象の変質。
例え本人が認識出来なくとも、明らかな変化は周りを恐れさせるものだ。
そしてその恐れが、忌意が、言い得ない程の蟠りを育て上げる事となる。
育んだ絆さえも打ち壊す程に強く、強く……!
「彼女の言葉全てが逆さまになったんだ。しかも意識しても戻らない。〝意思を伝える〟という行為事象そのものが逆転してしまった事によってな」
「なん、だって……!?」
肉体や意識はいわば物理的な要素。
脳の造りや人生経験などから培われた情報だ。
これは目や心で見て感じられるからとても直し易い。
しかし輝操術はその物理的要素以外にも、認識や理をも書き換えてしまう。
少年神の認識遮断の理を砕いたのと同様にな。
そして世界はそんな見えない認識が幾つもあって成り立っている。
だからもしそんな理をもうっかり触れて変えてしまおうものならば。
変えられた人はたちまち〝人の様な別の何か〟となる。
「以降、彼女は喋る事を辞めてしまった。それどころか直そうとしても拒否されて、二度と会う事が出来なくなったんだ。そして俺は彼女をそんな者にしてしまったという事で故郷の人々に忌避される様になったのさ」
俺が村を出る時に石を投げつけて来た娘がいたが、彼女が件の人だ。
喋らなければ何の問題も無く、村人に同情で受け入れられていたよ。
ただ、逆に俺が敵となったけどな。
彼女の口を紡がせた疫病神として。
それでも彼女に居場所を与えられはしたから、それで充分だったが。
「こんな事があったから俺は人を直す行為に確証を得られない。理屈では測れない事が起きかねないから。それがこの手段における最大の問題点だ」
でもその所為で俺の、輝操術自体への蟠りは消えていない。
だからこそ自信がどうしても持てないんだ。
元に戻す、その行為そのものが俺にとっての忌み事だからこそ。
「だからここは皆に決めて欲しい。俺がこの力を奮うか否かを」
何としてでも業魔は倒さなければならないだろう。
しかしその結果、仲間を犠牲にするかもしれない。
その苦悩に挟まれたから、俺一人では決断する事が出来なかったんだ。