第120話 輝操闘法
ある時、我が父はこう告げた。
〝アークィンよ、お前に教えた技術は所詮、露払いの為の物に過ぎぬ。その様なありふれた力で頂点を目指す必要など無い〟と。
それで戦いの全てを教えつつも、極めるさせるつもりは無かったのだろう。
全ては、俺に輝操術という特異性が備わっていたからこそ。
ならばその力で頂点を目指すべきなのだと。
それが例え、元が戦いの為の技術でなかろうとも。
そしてこう続けたものだ。
〝だが……その力で戦う以上、もはや負けは許されないと知れ〟と。
その覚悟を持って、俺は輝操術を使い続けて来た。
しかしこの力の真価を発揮した事は旅立って以降、一切無い。
ツァイネルは弱過ぎて使うまでもなかった。
ラターシュには力で抗う訳にはいかなかった。
バウカン、ブブルク達の時は見せつける必要がなかった。
その誰しもが戦い自体を求めてはいなかったからな。
ただ、今目の前に立つジェオスは違う。
コイツはまさしく、戦いを求めて俺と対峙しているのだ。
槍術という力を誇示する為に、己の存在を賭けて。
ならばその意気に応えなければならない。
武人として、頂点を目指す者として。
俺が誇る輝操術の真価、【輝操闘法】を以てしてな。
「見極めるだとォ!? 貴様の様な若造がァァァーーーッ!!!」
故に剣を棄てて拳を解いた。
その構えは無形、肩腕を降ろして力を抜く。
そんな俺の悠々とした態度が気に食わなかったのだろう。
ジェオスが槍を構えて突撃してくる。
かのラターシュさえも凌駕する脅威の速度で。
けどそんな速度などもはや何の意味もなさない。
真価を発揮すると決めた今ではな。
何故ならば。
この時ジェオスは、既にその身体をいびつに歪ませていたのだから。
「おッごォ!?」
たちまち脇腹が横へと曲がり、更には頭首が逆向きへとよじれる。
腹部と頭部へと瞬時に衝撃が与えられた事によって。
それも俺が触れるまでもなく、槍さえ届かない場所で。
それでいて凄まじい威力が加えられた事だろう。
なにせ今のはどちらも鋼穿烈掌級だからな。
ただそれでも達人となれば耐えきる事も可能な様だ。
常々闘氣功を身に纏っているから防御力が格段に高いのだろう。
故にジェオスはなお体勢を整えて再突進して来る。
槍先を突き出し、俺を串刺しにせんとばかりに。
――が、その槍先はもう、砕け散っていた。
その柄を掴む左手指をもひしゃげ潰しながら。
だが苦しむ暇など与えられる事は無い。
次の瞬間にはもう、ジェオスの身体が上下から潰されていたのだから。
それも抗えない程の瞬時にして、血だるまへと化す程の力で。
もちろん俺は今、一切手を出していない。
この力を使うと決めた以上、動く必要なんて無いからな。
ただそれでいて間違いなく、全てが俺の攻撃な訳だが。
というのも、この攻撃は既に終わっているんだ。
それもおおよそ二年ほど前に。
仕組みはなんて事ない。
自身が放った攻撃の「衝撃」を予め輝操術で閉じ込めておいたのさ。
それを常々全方位に配置し、使う時が来たら開放するだけでいい。
言うなれば〝過去からの攻撃〟といった所か。
その配置数はおおよそ、一二〇。
俺は常にこの数を記憶し、位置や威力を全て把握している。
それだけ保ち続けているからこそ、自由に使えるのは五つだけという訳だ。
しかもこの力を他人が見たり察知する事は叶わない。
例え如何な達人クラスであろうとも。
そして開放したら最後、一切のラグ無く衝撃波が見舞われる事となる。
故に無間。
故に回避不能。
それこそが【輝操闘法】の真髄。
誰しも抗う事さえ叶わない、輝操術の戦闘転用形態なのである。
「五発で終わりか、父と比べれば半分以下だ。ま、あれだけ大口叩こうが所詮はその程度だったのだろう。あの方は十二発耐えたからな、格が違うよ」
ちなみにこの力を放ったのは二回目。
一回目は二年前、試しにと父へ挑戦した時。
なお、その戦いで俺は既にあの父をも倒している。
あの方でもこの包囲網を突破する事は叶わなかったんだ。
ただ余りにも一方的過ぎたので、俺の中では「勝ち」とカウントしなかったが。
それでも父からは太鼓判を押されたよ。
〝この力ならば間違いなく唯一無二を語れるだろう〟って。
だからこそ輝操術は負けられないのさ。
この力が負けるという事はつまり、父もが負ける事になるのだから。
――まぁ余りにも規格外過ぎるから、奮う相手を選ぶように言われたけどな。
「え、アークィン、もうおわーた?」
「あぁ、もう出てきていいぞ」
それだけの力で圧倒したからな、本当に速攻だった。
こうしてフィーが終わった事にさえ気付かなかったくらいに。
で、いざ柱から覗き込めばジェオスの惨状に顔を引きつらせていて。
「本人が戦う事を望んだんだ。ならこうなっても文句は無いだろうさ」
「アークィン、チートすぎー」
「ちーと? ……よくわからんがまぁいい。アルケティの下へ急ごう」
そんな彼女の小さな手を掴み、ふわふわと舞わせながらさっさと走り抜ける。
肉塊になったジェオスになど一切興味なかったからな。
それにアルケティにいち早く再会したいのもあったから。
とはいえ、急ぐ必要は無かったのかもしれない。
なんたって先の部屋を抜けてすぐ、求めていた人影が視界に映ったのだから。
「遂に来たね。君ならきっと辿り着けると信じていたよ」
そう、あの広間の先がもう謁見の間だったのさ。
そしてアルケティはしっかりと帝座に着いて待っていたんだ。
俺がこうして辿り着いた事を讃えるかの様な笑顔で。
これできっとこの無益な戦いが終わるのだろう。
多くの被害を生みかねない、かの最終計画もが。
そう思い込んでいた。
けれど現実はそう甘くなかったんだ。
それは俺という想定を超えた存在がいてしまったが故に。
だからこそアルケティは期待し、つい抱いてしまったのだろう。
絶対的象徴という存在への渇望を。