第115話 人類選別計画
アルケティの人類選別計画。
その指標は争う者か、争わぬ者か。
心の在り方によって未来に生き残るべき者が決まるという。
しかしその選別が一体どこで行われていたのか。
「街で帝国を崇め拝む者達を君も見ただろう? 彼等はとても素直で、私の示した思想を心から受け入れてくれている。とても心優しき者達さ」
そう、俺はその選別の結果を既に目の当たりにしていたんだ。
人々の行動という証拠を幾度となく。
「彼等はいわば安寧の使徒、戦う事を放棄して未来を願う平和主義者なんだ。彼等の中には混血もいてね、かつ彼等同士でもう受け入れ合っているよ」
「つまり彼等がアルケティの理想とした者達か……」
「うん。彼等こそが未来を創るに相応しいと考えている」
恐らくその思想を持った者は兵士達の中にもいる。
だからレジスタンスがうろついていても一切手を下そうとしなかったんだ。
アルケティから「関わらなくていい」などと吹聴されているのだろう。
そしてレジスタンスが幅を利かせるのも計画通りだ。
放って置けば自然と同調者が集まっていくだろうからな。
パパム爺達がまさしくその対象と言える。
彼等はアルケティにとっては所詮、砂糖に引き寄せられた蟻でしかないから。
「その一方で、戦いを望む者達は帝国兵士やレジスタンスとなった。つまりこの時点で秤が掛けられたんだ。あとは不要な存在を消せばいい。争いという手段を心に刻んでしまった憐れな者達をね」
後はその蟻が溜まって傾いた盆を天秤からちぎり取って捨てればいい。
そうすれば秤は必然と平和主義者側へと傾き、争いの火種は無くなる。
後はそのちぎり取った事実を戒めとすれば、振り返る過去は消滅するだろう。
つまりアルケティは歴史に一つの区切りを設けるつもりなのだ。
今までの混血忌避という風潮へ終焉をもたらす為に。
戦いを求める者達を全て犠牲とする事によって。
――しかしそれではもはや虐殺だ。
あのブブルクがやった事となんら変わりはしない
その手段と抹殺対象がただ違うだけの。
「なおこの最終計画に関しては一部しか知らない。知っているのは同胞、そしてマルディオン皇帝とエルナーシェ姫だけだ。とはいえ、少し強引過ぎるとして二人には止められたけどね。でもそれだけの事をしないと世界は変わらないだろう?」
確かにアルケティの言い分もわかる。
殺して殺されても、怨みを増すばかりで世界はより複雑になっていく。
その中で英雄を立てた所で、結局は怨恨の対象にしかならないのだと。
ならいっそ愚か者達を全て纏めて消してしまえばいい。
これは極論で暴論だが、最も単純かつ合理的な悪の罰し方と言える。
そういう思想を持つ者すべてを根こそぎ消し去る訳だからな。
ただし相応の痛みも伴う。
罪を犯した訳でも無い存在も纏めて消し去ろうというのだから。
故にマルディオン皇帝もエルナーシェ姫も反対したんだ。
二人の思想は「全ての人民を救う」事に他ならないのだから。
「お前の言う通り、世界はそう簡単には変わらない。けど、世界はそんな手段で変わっていいのか!? 結局は臭い物に蓋をしただけじゃないかッ!!」
「……さすがだよアークィン君。君の意見もまたかの二人と同じだ」
「えっ……」
「二人もまた同じ事を言っていた。まずは争う心を持つ者達を斬るのではなく、宥めるべきなのではないかとね」
そう、二人はアルケティの計画を認めながらも否定したんだ。
自ら進んでその計画以上の成果を導き出すと誓って。
だから皇帝は俺達を立てて融和を願ったのだろう。
だから姫は死ぬ前まで世界を飛び回って尽力したのだろう
それでアルケティも今までずっと静観してきたのだろう。
「だから私に少し待って欲しいと懇願してきたんだ。その計画を実行する前に、何としてでも人心をまとめ上げて見せるとね。彼等の熱意は本物だった。特にエルナーシェ姫は当時まだ一〇歳ほどだったにも拘らず。全く、才という物は本当に怖いものだよね。それほどの熱意を見せてくれたからこそ私は潔く彼等に託したのさ」
彼等はずっと世界の事を案じていたんだ。
世間が混血児達を忌避する事に心を痛めながら。
一つ間違えれば世界人口の半分が抹殺されるかもしれないと理解した上で。
「そんな彼等と同じ思考を持つ君だからこそ言いたい事もわかる。こうして真実を語ったのも、君の意思を確かめてみたかったからに過ぎない。私の最終目的を語る為のね」
「最終目的、だと……!?」
ただそれも結局個人のエゴでしかない。
アルケティが願う未来を創るという事だけの。
それは所詮、独裁者のやり方に過ぎないのだと。
けどきっとコイツはそれもわかった上で実行しようとしているのだろう。
多大なる犠牲を伴った末に必要な事が何かをも。
「そう、私は全ての事を成した後、自らこの命を絶つつもりなんだ。犠牲を生んだ張本人として、全ての罪を背負って」
その覚悟は紛れもなく本物だった。
この男は嘘を言っていないんだ。
俺へと向けた眼がそれだけ真摯に語っていたからこそ。
自らをも生贄としてでも、必ず愚かな歴史に終止符を打つのだと。