第108話 亡国を想う
突如、俺達の前に土竜人族の老人が現れた。
しかも何故か妙な言葉を口走ってな。
姫様、だと?
人違いじゃあないのか?
あるいは俺達に向けて放った訳じゃないとか。
だがどうやらそうでもないらしい。
なにせその老人は今、真っ直ぐこっちに向かって走って来たんだから。
「姫しゃまぁ~~~っ!!」
「じ、爺や!?」
そんな時に反応を示したのはなんとあのテッシャだ。
まさかお前、あの老人と知り合いだったのか!?
それでもって姫って一体どういう……!?
「姫しゃまぁ~っ!! よくぞご無事でぇ~~~!!」
「爺や……爺やーッ!!」
すると今度はテッシャまで走り出して。
おお、これが俗に言う感動の再会という奴か。
あの爺さんまで涙目で駆けて来ている。
それ程までに会いたかった存在だったのだろう。
いかん、こっちの涙腺まで緩み始めて来た。
「姫しゃま~お逢いしとうございましたぁ~~~っ!!」
「死ぃねえええーーーーーーッ!!!!!」
そして見事な【テッシャーティ】だ。
教えた俺が誇らしいと思うくらいに迷いが無い。
だからほら見ろ、老人が血だるまになって空を舞っているぞ。
うん、これなら教えた甲斐があったというものだな。
――ってちっがぁーーーうッ!!
何やってんだお前ェェェ!
覚えた技を使う相手が知り合いってェェェ!!
つかなんなんだよ今の前振りは!
うっかり感動しちゃったじゃねぇかァァァ!!!
くっ、なんてこった。
俺が迂闊と教えたばかりに罪の無い老人が犠牲に――
「うぐぐ、しかし爺やはこの程度でくたばりはしませんぞぉぉぉ!」
「うッそォォォ!?」
――なってなかった。
全力の闘氣功による一撃を貰ったのにまだ立ち上がろうとしてた。
今の一撃、見紛うこと無き全力の一撃に見えたのに。
なのに何なのこの人、尋常じゃないしぶとさなんだけど?
「ぐぶゥ、おぶぶるォ……ッ!! せっかく姫しゃまとの再会したのに倒れてなどはいられませぬゥ……!! ブッパァーン!!」
あ、でも結構効いてる。
足元おぼつかないし、鼻血とか噴出してるし。
ただ、それでもテッシャにしがみ付いて離れようとしない。
この老人のなんたる根性。
凄まじき鋼の精神か。
これは並大抵の想いではあるまいな。
で、対するテッシャはと言えば。
「よーし、トドメさしちゃうぞー!」
今まさに笑顔で拳を振り上げている。
その鋼の精神へ風穴を開けんばかりに闘氣功を満ち輝かせてな。
もう殺意しか見えないんだが?
「待てェテッシャァァァ!! ほんと待てッ!!」
「えー? だってここで仕留めておかないと後が怖いよきっとー」
というかテッシャってこんなキャラだったっけ?
いつもは天真爛漫で明るくて楽しいだけの娘だったハズ!
なのに今はなかなかの凶気に満ち溢れているんですけど!?
しかし理由を知らないまま、いきなり滅殺させる訳にはいかない。
少しくらいは事情を聞いたって遅くは無いだろう。
という訳で一旦はテッシャを宥めて落ち着かせる。
本人としてはまだまだ不満そうだが。
「ニペル、確か療術が使えたよな? この人の回復を頼む」
「なぜーあちしではないのーかー」
「フィーが回復するとネコ語になってしまうだろうが」
「ちィ!」
おまけにフィーも揃って不満顔だ。
そんな顔を歪めてもダメなものはダメです。ネコ語厳禁。
それで老人を癒して一度場所を変える事に。
フィーの機嫌取りとクールダウンを兼ねて茶屋へと。
ついでにこの店とびきりのアイスを注文し、フィーとニペルを黙らせておく。
というか今の時代凄いな、こんな暑い所でも冷凍商品扱ってるとか。
「ふぃ、お陰で助かり申した。この度はありがとうございますじゃ」
なお、爺さんも何故かアイスを美味しそうに食べている。
待って、俺はアンタの分まで注文した憶え無いんだが?
それとクアリオ、やれやれって顔してるけどお前も同類だぞ?
「何も事情を知らない以上、ただ殺させる訳にはいかんからな。だがもし何かやましい事実でもあろうものなら次は止めん」
「その点はご安心くだされ。儂は常々にして清廉潔白を貫く身。純粋に今は亡き王家の事を想い、今日この日まで生涯を賭けて尽くしてきたのでございます。あ、店員さん、アイスおかわりをお頼みもうす」
こうして清廉潔白と言うがそれ、厚顔無恥の言い間違いじゃないのか?
ニペルより食べるの速いんだけど?
あとしれっとおかわり頼まないで?
「全ては我が主たる前王の為。忠誠を誓った儂は何としてでも【グゥマ光王国】を再興せねばならぬのでございますじゃ」
「【グゥマ光王国】とは?」
「確か四〇年前くらいに滅んだ王国だねぇ。黄空界の元三大王朝の一つで、歴史も長く過去五〇〇年にさかのぼって栄えていたらしいよぉ」
「左様。しかし王家一族はその没後も隠れ潜み、復興を夢見てきもうした。いつかこの砂の大地に再びと、我等土竜人族が栄華を極めるその時を……!」
ただそのアイスが消費される代わりに、老人の想いが次々と吐き出されていく。
長い年月を費やして築いてきたであろう願いと共に。
とても壮大な夢だと思う。
それが本当に正しいかどうかは別として。
滅びは自然の摂理とも言うが、栄華を極める事自体に罪は無いのだから。
その志自体は理解出来ない訳でもない。
打たれ強さと神経の図太さは理解出来ないけどな。
「そして遂に機が訪れたぁ! この日をどれだけ待ち望んて来た事かっ……! なれば語らねばなるまい、儂がテッシャ様を求めた理由をば!」
けどこの出会いはもしかしたら只の偶然ではないのかもしれない。
例えば、あの少年神が何かしら運命を細工した、とかな。
でなきゃここまで出来過ぎた事なんて起こり得ないだろう。
なんたって俺達にこんな千載一遇の機会をもたらしたんだからな。
「何を隠そう! そのテッシャ様こそが第一王位継承者だからなのじゃあ!」
まさかあのテッシャが亡国の姫君だったとは。
そんな予想外過ぎる展開に、驚きを通り越してもう呆れるばかりだよ。
だがこの機会、上手く利用出来ればあるいは――