第106話 黄空界
黄空界。
ここは全体が砂で覆われた砂漠の大陸だ。
ほぼほぼ平坦で、あるのは砂の丘陵と【オーバーマウンテン】くらい。
おまけに昼夜で寒暖差が激しく、生活環境としては白空界の次に厳しい。
それでも乾燥しているお陰で暑さは凌ぎやすいらしいが。
ただ、その砂が実はこの大陸にとって最も価値がある。
何故なら、この地の砂には黄金が多く含まれているのだから。
そう、あの黄金だ。
精錬して磨けば輝きを放ち、更には細工に向いていて、魔力も通し易い。
それも一握り分の砂を精製すれば親指分くらいは採れるという。
それだけ溢れているお陰で、この大陸では金装飾技術が発展している。
「装飾品を買うなら黄空界へ行け」と言われるくらいに。
しかしその一方で、黄金の扱いがとても厳しい。
製品として買った物ならまだ検閲が入るくらいで平気なのだが。
砂や精製しただけの黄金を持ち出そうものなら一発で監獄行きさ。
界外に出る時もしっかりと輸管検査し、エアシャワーまで浴びせられる。
砂一粒持ち出せない様になっているんだ。
金自体にそれほど価値は無いんだが、魔導具や魔動機には必須だからな。
それで足元を見て、こうやって徹底管理しているんだろう。
お陰で、この国の機空船発着所が世界で最も大きいとされている。
俺達も辿り着いた時にはその大きさに驚いたもんさ。
なんたって港全体が一つの建物と化していたんだから。
小型機空船用の発着所は特に壮観だったね。
一機分の停船スペースが等間隔にズラーッと並んでいたんだから。
物凄い儲かってるなぁなんて思えるくらいに整っていたんだ。
だからと余計なお金まで取られるかと思ったが、それは無し。
ちゃんと他の国と同じく入国手続きするだけで済んだよ。
国がそれだけ潤沢な資金を投入しているんだろう。
で、俺達はそんな国へと今やっと一歩を踏み出した。
建物の中は快適だったが、いざ出れば暑い日差しが迎える事に。
お陰でフィーとニペルが今にも溶けそうになっている。
きっと寒さに強く出来ている反面、暑さにはめっぽう弱いんだろうさ。
まぁその代わり、今度はマオの笑顔が眩しいけどな。
そうだよね、この陽射し待ち遠しかったもんね。
白空界だとほぼほぼ屋内か温泉だったし。
クアリオも随分と余裕そうだ。
緑空界自体も熱帯だったからか暑さには強いらしい。
それに引き籠っていたのは作業してたってだけで、寒さに弱い訳じゃない。
ちなみに俺とノオンは今まで通り。
若干キツいが耐えられない訳じゃあない。
むしろ緑空界の蒸れ具合と比べたらこっちの方が幾段マシさ。
それで故郷の地に戻って来たテッシャはと言えば。
「ねぇ~テッシャも行かなきゃだめぇ~……?」
こうしていつになくローテンションだ。
とはいえこれは出発時からの事なんだが。
それと言うのも、テッシャも故郷に何やらしこりを残しているそうな。
なので本当は帰って来たくなかったのだと。
目的が目的なだけに渋々了承してくれたけれど。
でもその気持ちはわからんでもない。
だって空港、とても居心地良かったもの。
空調も効いているし空気も澄んでいるし、まるで故郷を思い出す様でさ。
……俺は俺でホームシックかな?
「まぁ陽珠へ向かうまでの辛抱だ。それまで我慢してくれないか?」
「仕方ないにゃあ~」
何はともあれ、先に進まないといつまで経っても目的は果たせない。
ただでさえ本来は近寄る事さえ叶わない所に行こうとしているのだから。
それなら「陽珠の方から呼んでくれれいいのに」なんて思うけどな。
それに地理に詳しい者の案内も必要だ。
俺やニペル、クアリオはともかく、ノオン達も来た事は無いらしいから。
「旅するには水が一杯必要だよー。あと【スナスベリトカゲ】がいるといいかなー」
「トカゲというと……あぁ、アレか」
その点、テッシャは心強い。
黄空界の事をよく知っているからか、こうしてアドバイスも的確で。
それでいざ指を差し示してくれれば、この国特有の景色を目の当たりとする事に。
黄色い何かが砂の上を滑って走っているんだ。
それも人を乗せて、とても素早く。
あれが恐らく【スナスベリトカゲ】。
この国で言う所の馬に相当する生物なのだろう。
まぁ砂地だと蹄じゃ踏ん張り利かなさそうだし。
「買うのもいいけどレンタルでも平気だよー。巣の場所憶えてるからちゃんと自分で帰るんだってー。方角を感じ取れる触覚があってね、どこに進めばいいかもわかるんだよー」
「ほぉ。テッシャって結構物知りだったんだな」
「にへへー! 褒められたーっ!」
けど、こんな細かい習性まで知っているのは意外だった。
テッシャは適当に生きているっていうイメージがあったからな。
向こう見ずでマイペース一辺倒なのかと。
これならガイドは彼女に任せてもよさそうだ。
嫌々とはいえ、本人もそれほど辛くはなさそうだから。
それで俺達は機空船発着所を離れ、まずは最寄りの街へと向かう事に。
しかし、その先で待ち受けていたのは思いもしない出来事だったんだ。
どうやらテッシャの抱えていたしこりは思っていたより重かったらしいぞ……!