第98話 理を裂く
フィーとニペルに連れられ、地下都市にやってきたのはいいのだが。
街同様、案内された先にもひと気が一切なかった。
しかしニペルは自信満々に紹介してみせていて。
あたかも目の前に誰かがいるかの様に振舞っている。
これは一体どういう事なんだ?
もしかして、俺達を騙しているんじゃあないのか?
そんな疑念から思わず顔が強張る。
それも居もしない存在にでなく、揚々と振舞うニペルに対して。
「……何が目的だ? こんな誰もいない所へ案内して、俺達が喜ぶとでも思ったのか?」
「フフッ、滅相もございません。ワタクシ達はあなた方が喜べばと思ったからこそお連れしたのですよ? それに――」
けれどニペルは相変わらずだ。
翼をゆるりと振り回し、踊る様にくるりと回ってみせている。
更には初めて遭った時と同じ、不快な冷笑を向けてきていて。
「貴方が歓迎されている、とは一言も仰っておりませんので」
加えてこんな煽りの一言まで添えて来た。
一体何を考えている!?
もし騙そうというのなら容赦はせんぞ!
「アークィン、何を言っているんだい……?」
「えっ?」
――などと、そう心の中で息巻いていた時の事。
背後から肩を叩かれ、おまけにこんな一言までが届く。
それでいざ振り返ってみれば。
なんと仲間達全員が首を横に振っていたんだ。
それどころか部屋奥へと手を差し向けていて。
まるで誰かがいる事を俺へ伝えるかの様に。
「君には見えないのかい? ほら、そこにいるじゃないのさ」
「それもオイラくらいの背丈の奴がさ」
「いるよーっ!」
「なんだと……!?」
それも皆、どこか穏やかで。
むしろこっちに対して疑念を向けてきている。
つまり、異質を感じているのは俺だけなのだ。
俺だけがその主とかいう奴を視認できず、存在さえ感じていない。
強いて言うなら気配だけを感じるからこそ悪寒がある。
解せないな。
何故こんな回りくどい事をする必要がある?
それに呼んだのなら姿を見せるのが礼儀というものだろう……!
しかしどうやら、それも不可抗力に過ぎない様だが。
「主様、特別な人ー。だから普通の人は見えなーい。悪気も無ーい」
「ですが主様はこうも仰っておられます。〝君ならきっと障害を乗り越えて僕と逢う事が出来るだろう。そう、例えば輝操術という力を使うとかでね〟と」
「……俺の力もお見通しって事か。どうやって把握したかは与り知らんが」
恐らく視認する為には何かしらの条件が必要なのだろう。
主とかいう奴もそれを制御出来ず、自由に姿を晒せない。
だからここに籠っているのか、とまで言えば憶測に過ぎないが。
「いいだろう、望むなら隔たりを取り払ってやるさ。ただし、結果どうなるか保証はしないがな……ッ!!」
とはいえ、その障害の乗り越えを望んでいるなら話は早い。
力任せに突破する事だけは自信があるからな。
言われるがまま輝操術を見せる事になるのは癪だがね。
ただ、今回は探追だとダメだろう。
あれは言わば犬の嗅覚で追う様な技だから。
なので「相手がいる」と確信し、かつ繋がる媒体が必要となる。
例え目の前にいても、〝匂い〟が手元に無ければ機能しないんだ。
拡却も同様だ。
あれは物質を退ける技であって概念を取り除く事は出来ない。
精々空気が逸れるくらいだろうさ。
ならどうする?
どうやってこの隔たりを取り除けばいい?
――少し試してみたい事が思い付いた。
初めての試みだから叶うかどうかはわからん。
けどやってみる価値はあるだろう。
「確か〝俺の目の前にいる〟とか言ってたな? 大体どれくらいの距離だ?」
「そうですね、大体ワタクシの胸三〇房分と言った所でしょうか」
「この期に及んで冗談なんて必要無いぞ。無距離とでも返してやろうか?」
「失礼。片翼を伸ばした程度にございます」
距離間的にはそれなりに離れているな。
換算するに大体、起立した人六人分と言った所か。
これで距離はわかった。
ならうっかり奴ごと消さずに済むだろうさ。
じゃあ早速、間の隔たりを実際に取り除いてみせるとしようか。
その意味のわからん概念ごと、俺の手で砕いてな……ッ!!
「【輝操・裂袈】……ッ!!」
この時、俺の両手甲が輝きを放つ。
大きくX刻み、更には円を描きながら。
そうして制御術を構築しつつ、両腕を再び頭上で交わし――
開き伸ばした掌を重ねて今、正面へと真っ直ぐ突き出した。
「後悔するなよ! この力で砕いてしまえば元通りになるとは限らないんだからなッ!!」
そんな両手先からはなお光を噴出し続けている。
ただし歪み、いびつな方向へと伸びる様にして。
〝露光〟しているんだ。
俺が今、隔たりという概念に穴を開けた事でな。
強引に刺し開いたから空間が歪んでしまっているのさ。
だがこれで終わりでは無いぞ。
ここからが輝操術の本領だッ!!
裂け目が輝くままに、外側へと向けて押し開かれていく。
今度は力の限りにこじ開けようとしているからな!
「ハァァァ……ッ!!」
「な、何なのさあれッ!?」
「そんなッ!? 空間が、割れているだってッ!?」
それだけではない。
開けば開く程、空中に亀裂が浮かび上がっていったんだ。
それもガラスの如き清澄さでありつつ、岩塊の様に重厚な裂け目がな。
そいつを今、粉々に砕いてやるぞッ!!
けど、こうも亀裂を帯びれば後はもう一瞬だった。
隔たりそのものに強度なんて概念は無いからな。
それに、力なら俺の輝操術の方が圧倒的に強い!
故に今、空間が砕け散っていた。
それも周囲へと飛び散る程に激しく。
いずれも拳大程の塊の破片となって。
それもこんな称賛たる一声の中で。
「さすがだねアークィン君。君ならきっとやってくれると信じていたよ」
とても澄んだ声色だった。
それでいて幼さを感じさせる中性的な。
そしてそんな声に相応しい人物が目の前へと現れたんだ。
少年の様な身なりをした、一人の人間が。
俺が今砕いたのは概念そのものである。
こう形にはなっているが、常人に触れる事など出来はしない。
よってそんな破片がノオン達へと降り注ぐも、ただただすり抜けていくばかりだ。
だから皆慌てているものの、大事は無いだろう。
けど、目の前の少年だけは身じろぎ一つ見せやしなかった。
まるでこうなる事を予測していた、あるいは知っていたかの様にな。
とはいえ不思議と、嫌悪感が綺麗さっぱり消え去ったよ。
姿が見える様になった事で不安が除かれたからだろう。
「まさか概念をも砕き割るとは恐れ入ったよ。けどお陰で余計な隔たりが消えて、やっと君の前に現れる事が出来た。礼を言うよ。ありがとう」
「礼など要らないさ。けど事情くらいは話してくれるんだろうな?」
「もちろんさ。だからこうして君達を呼んだんだよ。あ、ちなみに君が僕の事を見えなかったのは、互いの波長が合わなかったから。本来は魂が高位では無い、波長が合わない者は呼ばないようにしているんだけど。ただ君は特別だからね、何としてでもこうして話したかったんだ。無茶させてすまないと思っているよ」
そんな身なり・態度もそうだが、存在そのものが自信に満ち溢れているな。
達観し過ぎているというか、落ち着き過ぎているというか。
一体何なんだこの男は……?
「けどやっと伝えたい事を伝えられる。なので早速、単刀直入に言わせてもらうとするよ」
でも恐らく、俺には推し量れる様な人物ではなかったんだろう。
いや、俺だけでなくこの場にいる全員が。
彼の部下であろうフィーやニペルでさえも。
なにせその答えは余りにも想像を絶していたのだから。
「僕は神です。この世界を創った張本人なんですよ」
突然こんな事を言われて信じられる訳も無いけどな。