第97話 二人の主とは
まさか白空界の地下にこんな都市があったとはな。
一体どんな文明が造ったと言うんだ……?
疑問は尽きない。
けどフィーとニペルはそんな事なんてお構いなしに進んで行く。
だから惑おうとも今は彼女達の後を追うしかない。
それで街中へと足を踏み入れた訳だが。
その光景もまた不思議以外の何物でも無かった。
中央の建物以外は全て同じ形。
箱型の家に三角錐の屋根、壁には文字の様な紋様が刻まれている。
この雰囲気はどこか識園の塔にも通じるものがあるな。
あとこれは初見でも見えていた事だけど、全ての建物が須らく青白いんだ。
まるで全てを水晶で造ったかの様に透き通った雰囲気を有している。
地面も、ドーム状の街外壁もが同様に。
でも触れてみるとすぐにわかったよ。
これは何かの金属で出来ているのだと。
それでいざ拳で叩いてみれば、高い音が鳴り響いて。
空かさず様々な音程の音色が次々と街中に伝わっていった。
まるで金管楽器の様にな。
それにやはりひと気が無い。
人の住んでいる気配が全く無いんだ。
誰かがいるなら今みたいな音に溢れているだろうしな。
なので当然、家を覗き込んでも誰もいやしない。
「家の中はいっちゃーやーよー。プライバシーのしんがーい」
「誰も住んでいないのにか?」
「住んでないけどー家決まってーるー」
おまけにフィーもこんな意味のわからない事を言い出す始末だ。
誰も住んでいないのがわかっているのに入るな、などとは。
ただ、街自体は凄く綺麗だ。
洞窟内にも拘らず、塵や埃が一切存在しない。
まるで常々誰かが清掃しているかの様に。
天井も全てこの金属で覆われているからだろうか。
だからふと開いた屋内を覗けばピカピカの室内が。
机なども外観同様一色で、凍り付いている様にさえ見える。
こうなると誰かが住んでいた形跡さえ無いと思えて来るよ。
仲間達もそんな光景に並々ならぬ不安を感じているらしい。
「不思議だけど、なんだか幻想的だね。夢の中にいる様だよ」
「確かにねぇ。おまけに誰が造ったのかわからないから神秘的でもある」
「でもちょっと味気なーい。像つくるー? テッシャできるよー」
「やめとけってー。主とかいう奴に追い出されちまうかもしれねーぞ?」
ま、一部のノリは相変わらずだけどな。
ただ、それでもいつもの様な騒がしさではない。
そう騒ぐ様な気にはなれないんだろうさ。
それも当然か。
彼女達も何かを感じ取っている様だから。
この街に漂う異様な雰囲気をな。
言うならば、ここはまるで幽霊の街なんだ。
人は住んでいないが、誰かに見られている気がする。
そんな生ぬるい感覚が常々肌を触ってくるのさ。
「間も無く主様の御屋敷に着きます。どうか粗相の無きよう」
その中を歩き続け、とうとう中央部に辿り着く。
街の中にそびえたつ城の様な建物へと。
かといっていざ訪れれば入口がどこにも見当たらなくて。
どこから入るのかと仲間達で惑う事に。
「ご安心ください。扉はすぐ目の前にございますから」
けれどそんな中、ニペルが翼先を壁面へと走らせる。
するとその動きに沿って壁に光が浮かび始めた。
それもまるで文字を刻む様にして。
「こ、これはッ!?」
「すげえ……!」
更にその光景の中、驚くべき事もが起こる。
なんと壁の一部が透き通っていき、遂には消え去ったのだ。
馬鹿な、金属の壁が消えた、だと……!?
こんな技術、赤空界でも見た事が無いぞ!?
バウカンの執務室への通路も確かに消えていたが、あれは幻影に過ぎない。
物質を消すという技術までは現代でもまだ確立されていないんだ。
魔法でも精々透明にする程度でしかない。
となればここの技術はまるで――古代文明技術じゃないか!
それは遥か昔、世界がまだ地続きだった時代。
当時には今よりもずっと発展した古代人文明が栄えていたという。
それこそ俺達が考え付きもしない様な超技術を誇る程の。
かくいう今の魔動機技術だって当時の受け売りに過ぎないのさ。
そんな文明なら消える壁が造れても不思議じゃない。
実際、こうして目の前にて再現されればそうも思うだろう。
だからかクアリオも興味津々だ。
壁の境をしきりに触り、仕組みを確かめようとしていて。
ただ何もわからないらしく、すぐさまお手上げを示していたけれど。
クアリオもすぐにはわからないくらいに凄い技術なのだろうな。
俺も技工士ではないが、とても好奇心をくすぐられたよ。
そうして足を止めたりもしつつ、屋内へと進む。
屋敷にしては全くの飾り気無い、青白一色な通路の中を。
それで最奥の部屋まで辿り着いた時、空かさずニペルが翼を広げて見せた。
「こちらにおわしますのがワタクシ達の主様にございます」
それは丁寧に。
それでいて自信満々と。
続いてお辞儀までして見せる姿は如何に優雅な事か。
だがこの時、一方の俺はただただ驚愕するばかりだった。
何故ならば。
部屋には俺達以外、誰もいなかったのだから。
街同様、姿どころか気配の一切さえも感じない。
そんな妙な一室を前にして、思わず絶句するしか無かったんだ。




