私はいま、幸せです
さて、翌日。今日は冒険はお休みでお出かけの日だ。
2階の部屋で、私は普段はあまり着ることのないドレス風の服に身を包み、ちょっとおめかしなんかしちゃったりして。
「ほほぅ、ずいぶんと気合を入れておるのぅ」
「まあ、せっかくのお出かけだからね。あと隣を歩くグリムに恥ずかしい思いもさせられないし……変じゃないかしら?」
「普通に似合っとるわ。素材が良いのじゃから堂々としておればよいのじゃ、お主は」
「……本当にスドは今日来なくていいの?」
パジャマのまま、私の部屋のベッドでゴロゴロと寝転がっていたスドは、なにやら意味ありげな笑顔を向けて来る。
「気にするでないわ。我はゆっくりしたいからと断ったじゃろ。今日は我のことは忘れて2人で楽しんでくればよい」
「……そう?」
まあそう言うなら無理に誘うのもよくないか、と私は「行ってきます」と部屋を出る。
「お待たせ、グリム」
家の外で待っていたグリム。その隣に並ぶ。
「……?」
グリムの様子がなにやらおかしい。
どうやら私が来たことに気づいてないっぽい。
それに顔が引きつっていて、おでこにいっぱい汗をかいてるみたい。
「……グリム?」
「──あっ! シャル様っ⁉ す、すみませんボーっとしておりました! どうしましたかっ?」
「あ、いや……お待たせ、って」
「いいい、いえっ! とんでもございません! 僕はぜんぜんっ、ぜんぜんぜんぜん、いま来たところですのでっ!」
「お、落ち着いてグリム……別に出先で待ち合わせしてたわけじゃないんだから。まだ家の前だし」
なんだか知らないけどパニックになっているようなグリムの背中をさする。
どうしたの、顔が真っ赤じゃないの。どおどお、落ち着くのだグリム。
「それで、今日はどこから行くのかしら? 私今日の予定ってあんまり考えていなかったのだけれど」
「は、はいっ! それについては僕が考えてきておりますっ!」
──おおっ! 用意周到、さすがはグリム。できる男の子だ。
「え、えっと……!」
なんだかロボットのようにぎこちない様子のまま、グリムはなぜか小刻みに震える手で胸ポケットからメモを取り出した。
「ま、まず現在時刻12時に家を出たあとはさりげなく手を繋いで歩き、そして12時半にレストラン【リングローブ】に到着。予約していたコースで食事。約1時間を予定。その後の14時以降、町のメインストリートまで出て2時間ほどショッピングを楽しむ。その際、シャル様に疲れが無いかを要チェック。疲れがある場合は近場のカフェへ。その後の16時、デザートにケーキショップでシャル様のお好きな特製モンブランを購入します。そして……」
「なんだか大統領の1日みたいなスケジュールね? それで、そのあとは?」
「はいっ! そ、そのあとですが……この町の南にある【海の見える丘】に行きませんか……? その、とっても夕日がきれいに見える場所があるそうなのです」
「へぇ! それは知らなかったわ! そんなところがあるのね……見てみたいかも!」
そう言うと、グリムはなにやらホッとした表情で胸をなでおろした。
「よかったです……。それでは夕方にそこへと行きましょう。あとそこで、その……お渡ししたいものもありますし」
「渡したいもの……?」
──なんだろう? 私って今日、誕生日だったっけ? 違うよね?
「さあ、シャル様」
「あ、うん。行こっか!」
少し疑問が残ったけど、グリムが歩き出したのでいったんそれは保留。
ちょっと行ったところで、
「おーい、グリムー--ッ!」
後ろから響くスドの声。スドは家の2階の窓から顔を出し、大きくこちらに手を振っている。
「グリムー--ッ! 気張れーー-ッ! 1発決めてやるのじゃー--ッ!」
なんだろうか、なにかへのエール? グリムに向けているみたいだったけれど。
グリムを見ると、
「えっ! どうしたの、グリム! 顔がまた真っ赤よっ⁉」
「い、いいい、いえ、なんでもないんです!」
「でも、本当に真っ赤よっ⁉」
「ほ、本当になんでもないんですっ!」
そっぽを向いてしまうグリム。いったいどうしたというのだろう?
耳まで真っ赤だけれど。
2人して、しばらく無言で歩く。
「……」
グリムはいまだに顔が赤いのか、ずっと私から顔を背けたままになっている。
──なんだろ、この空気。ちょっと気まずい……?
理由はいまいち分からないけれど、このままじゃダメよね。
これは私がどうにかしなくちゃだ。
というわけで、
「えいっ」
「──っ⁉」
グリムの手を掴んでやった。グリムが肩をビクリとさせ、勢いよくこちらを振り向いた。
──ようやく顔が見れたわ。まだ赤いみたいだけれど。
「シャ、シャル様……っ? い、いったいなにを……っ?」
「え? だってさっき聞いた予定の中で『手を繋ぐ』って言ってたから。……あれ? もしかして違ったの?」
「えっ? 僕が言っ……?」
「違ったかしら?」
「……いっ、いやっ! 違わないです……っ!」
そういうことみたいなので、そのまま手を繋いで歩くことに。
──しかし、手を繋ぎたいなんて……まだまだ子供っぽいところもあるのね、グリム。
最近ではもうずいぶんとたくましく成長してしまったグリムの、少年だった頃の名残? みたいなものを見つけると、ちょっと嬉しい気分だ。
それは私だけが知っているグリムの一面で、きっと他の人は知らないだろう。
私にとっての特別で、それがとてつもなく愛おしい。
「グリム、私ね、最近なんだか毎日楽しいわ」
「……そうですね。僕もとても楽しいです。そしてそれはぜんぶシャル様のおかげだと思ってます」
グリムが優しげに目を細める。
「もしシャル様があの日、僕の居る倉庫に来てくれなかったら、もし僕を家出に誘ってくれていなかったら、きっと僕はいまもまだディルマーニ家の中で雑用をして過ごしていたと思います。だから、いま僕がこうして外を自由に、そしてシャル様の隣を歩けているのはすべてシャル様のおかげなんです」
ぎゅっ、と手が少し強く握られた。
──ちょっとちょっと……そんな風に見つめられるとさすがに私もテレちゃうのだけれど……。
テレを誤魔化すように1つ、咳払い。
「私はグリムのおかげだと思ってるよ。だってグリムが居なかったらきっと寂しくて寂しくて、1人で泣き潰れていたかもしれないもの。でもあなたと支え合えたからこそ、私はここまで来れたのよ。だから、ありがとうグリム。生まれてきてくれてありがとう、私と出会ってくれて本当にありがとう」
「もったいないお言葉です、シャル様。僕からも本当に本当にありがとうございます」
何度も何度もお互いにありがとうって言い合って、それで笑い合う。
キリが無いわね、って。
私たちは大きく手を振って歩く、歩く。
「じゃあじゃあ、いっそのこと私たち2人のおかげと思うことにしましょっか!」
「あはっ! そうですね!」
「私たちは2人いたから自由を勝ち取れたってこと!」
「ええ、仰る通りです!」
「私たちきっと無敵のコンビね!」
「はいっ! あ、でも、ええと……。できればコンビより、その、カップルとかがいいかな、なんて……」
「え? ごめん最後の方、声が小さくて聞こえなかったわ。もう1回言って?」
晴天の元、どこまでも長く美しく続く田舎町の道。
私たちは賑やかにお喋りに花を咲かせながらその上を進む。
たぶん、これからもずっとこんな楽しい日々が続いていくに違いない。
──理由や根拠なんて無いけれど、でもみんなが自分らしく正しい道の上を生きているこの世界なら、きっとそうなるだろうって思うのよねっ!
暖かな陽の光に包まれて、私たちは2人、手を繋いで、ゆっくりと歩いていく。
~FIN~
これにて本作は完結となります。
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タイトルは【植物チートで南国スローライフ!~魔術の使えぬ無能だからと里を追放されたハーフエルフですが実は植物を自在に生長&操作できる特殊能力者です。追放先のジャングルで建国したら移住希望者が殺到しちゃいました~】です。
URL:https://ncode.syosetu.com/n1519hl/
こちらも追放×女主人公のストーリーとなっております。
今作を楽しんでいただけた方には親しみやすい物語になっているかなと思いますので、
ぜひ1話ご覧いただけたらと思います。
こちらについてもよろしくお願いいたします。




