新しい冒険をはじめましょう
「な……っ⁉」
音もなく着地した私たち3人に、最初に気が付いたのはオットー主席魔術師。いい反応ね。やっぱり、この王国内においてはかなりの実力者のようだ。
──1番強くて1番偉いのはこの人みたいだし……。話をつけるならこの人ね。
「グリム、スド」
「ええ、承知しております」
「分かっとるわい」
呼びかけただけで、グリムとスドは全部理解して頷いてくれる。
オットー主席魔術師にだけは手を出さない、と。
「こんにちは、オットー主席。こんな場で申し訳ございませんが、お話があるんです」
「……っ!」
オットー主席は泡を食った表情で顔を引きつらせている。
まあそれも仕方ないだろう。
いま私とオットー主席の後ろでは、スドが死刑台から降りて巨大化したホロウの姿になり群衆を威嚇し、さらにグリムの剣術によって死刑台を囲うすべての兵士・魔術師が意識を失い倒れたのだから。
「は……話とは、なんだね? シャル殿……」
「エリーデの処遇についてです。彼女の身柄を私たちに預けてはくださいませんか?」
「なっ、そ、そんなことできるわけないだろうっ!」
悲鳴のような声で、オットー主席が叫ぶ。
「多くの貴族を殺し、王国を転覆させようとした大罪人を逃がすだなんて……そんな結末を王国民が納得するはずがない! 王政の権威を地に堕とす気かっ⁉」
「まあ、そうですよね。それは分かります。だから私たちはエリーデを【無理矢理】に奪っていくことにします。国家反逆罪を犯した罪人として、ね」
「……まさか、シャル殿……っ! 君たちは最初からそのつもりで……⁉」
「ええ、まあ。ここまで王国民の前でド派手に奪っていけばウワサも立ちやすいでしょう? エリーデを取り逃がすことになった言い訳にもなると思いますし。とにかく、ご苦労はかけますがあとの情報操作はあなたにお任せします。それでは」
「……っ!」
オットー主席は険しい顔をしていたものの、それ以上私を止めようとはしなかったし、なにも訊きもしなかった。
まあそりゃ、エリーデを真正面から倒した人間たちを相手どろうなんて無茶をオットー主席ほどの人間がするわけもないだろうしね。
──【システム:カマイタチ】、起動。
私はエリーデを縛り上げている縄、首に繋げられていた鎖を切り落とす。
「さあ、エリーデ。この王国内にアンタの居場所は無いわ。私たちと来るのよ」
「……」
「エリーデっ!」
「……なんで、助けるのよ」
ボソリと、エリーデが呟いた。
「私にはもう、生きる意味が見つからないわ。私の目の前にあった道は完全に塞がれてしまった。貴女が塞いだのよ、シャルロット。私のこれまでの生き方を全否定することでね」
エリーデが弱々しい目をこちらに向ける。
「結局、私はもう生きていたくないのよ。私の持てるすべてを投げ打って夢を追い、そして散ったの。ならもういいわ、私はこのまま死んでいきたい」
「……本当にまだ、そんなことを思っているの?」
「本当よ」
消え入るような声。どうやらエリーデは本気のようだ。
「……はぁ。ねぇエリーデ。アンタ、バカなの?」
「……なにがよ」
──まったくこの姉ときたら。どこまで甘えれば気が済むのかしら。
「死にたいって? 【死ぬほど恥ずかしい】の間違いでしょ? アンタだってもう分かってるはずよ。アンタは単純に自分が進む道を盛大に間違えただけなんだってことを」
「……」
「目の前の道が塞がってしまったですって? なら来た道を戻ればいいだけじゃない。死ぬほど恥ずかしがりながら、顔を真っ赤にしながら、そして過ちを償いながら、これまで歩いてきた道を戻ったらいい。そして今度は独りきりじゃなくて、私たちと歩き直せばいい。違う?」
「……なんで、なんでそんなに私のことを構うのよ」
「それは……あんな記憶、見せられちゃね」
エリーデにはいろいろと苦しめられることもあった。
けれどエリーデの過去を見て、思った。私の置かれた境遇と似ていると思ってしまったのだ。
「私も、あのディルマーニ家でずっといじめられて過ごしていたら、エリーデと同じような道を歩んでいたかもしれないって思ったの」
もし私に前世の記憶がよみがえらなかったら、きっと私もこの世を儚んで、そして恨んでいただろう。
その憎しみはきっと歪んだ形となって現れることになったはずだ。
「だからね、ちょっとアンタの気持ちが分かるのよ」
「……同情、ってことかしら」
「半分はね。もう半分はアンタに教えてあげたいと思ったから」
「教える……?」
そのとき、私の小指が軽く引っ張られる
よくよく目を凝らして見ないと分からないレベルの細さの光の糸。それが私の小指に繋いであるのだが、それがクイクイっと規則的に動いていた。
──合図が来たわね……っ!
「問答はいったんおしまい! さ、行くわよ! スドっ!」
群衆を威嚇して死刑台近くから追っ払っていたスドが私たちの側にやってくる。
〔さっさと乗るのじゃ〕
「分かってる……よっこいしょっと」
「ちょ……ちょっと!」
私は嫌がるエリーデを米俵のようにして肩に乗せると、ホロウの姿のスドの背中へお飛び乗った。そのあとにグリムも続く。
〔それじゃあ、王都の外まで飛ばすぞ! しっかり捕まっておれ!〕
「よっろしくー!」
それからスドは風のように速く、音も無く王都を駆け抜けた。
そして街を囲う20メートルはあろう外壁もひとっ跳びだ。
あっという間に王都がはるか後ろの景色となっていく中、目印の赤い旗を掲げている馬車が王都から離れて走っているのが見えた。
「ウィーズ! お待たせ!」
「おう、みんな。もう追いついて来たのか、早いな」
その馬車の手綱を握っていたのはウィーズ。彼の指にもまた、私のものと同じ光が繋がっている。
さきにウィーズに馬車とこれからの旅に必要な物を買いそろえてもらい、そのあと無事に王都を脱出できたら糸を引っ張って合図してもらうという手はず。上手くいってなにより。
「さて、無事に合流もできたことだし? あとはゆっくりと行きましょうか。追手に追いつかれない程度にね」
スドもホロウの姿から少女の姿へと戻り、私たちは5人でゆらり馬車の旅だ。
「さて。馬車やら当面の生活用品やらを買い込んで一文無しになっちゃった。当面の間、ここが私たちの家ってことになるわけね」
「そうですね、少なくとも王国を抜けるまでは他の町の宿も使えないでしょうし。でも僕はシャル様のお側に居れるだけで満足ですが」
「ふははははっ! 我も追われる身になるのは何百年と生きてきて初めての経験じゃ。ワクワクするのぅ!」
「みんなポジティブだねぇ……。まぁ俺は気が済んだらエルフの村に戻ればいいだけの話だから、割と他人事なんだけどな」
ドラゴンに襲われて仲間と離れ離れにされたり、指名手配を受けて自由に動けなかったりでしばらくお預けだったこの異世界での楽しい生活がようやく再開する。
──これは期待も高まるというものよねっ!
「……え? いや、あなたたち、正気?」
しかしエリーデだけは、理解しがたいと眉をひそめて私たちを見る。
「あなたたち、もうなにもしなくても莫大な恩賞と領地、爵位も貰えていたはずなのに。英雄としてもてはやされていたはずなのよ? それをぜんぶ棒に振って、なんとも思わないのっ?」
「え? だって私たちは別に英雄になりたいわけじゃないし。ねぇ?」
グリムたちに問いかければ、みんな一様にウンウンと頷いた。
「俺はエルフの村以外の、人間の世界を見て感じることができればそれでいいからな」
「我はこのシャルとグリムの冒険を眺めているのが楽しいだけじゃ」
「僕はシャル様のお側にいることが幸せですのでっ!」
「そして私、シャルは心躍る冒険ができればそれでいいってわけ。ホラ、みんな英雄願望なんて無いでしょ?」
エリーデではポカンと口を開けて呆気に取られているようだった。
間抜けな顔だ。こんな顔もできたんだな、と姉の新しい一面を発見できたことが、なんだろう、いまはちょっとだけ嬉しかったりする。
「どう? いいでしょ? いっしょに居るだけで楽しくて、生きててよかったって思える最高の仲間よ。……アンタだって自分から歩み寄ればさ、きっと作れるわよ」
「……そういうもの、かしら」
「そういうものよ。きっと」
ボソリと呟くエリーデへと私は力強く答えた。
彼女はまだ、きっと心から笑うようなことはできはしないだろうけど。
いつか罪を償って、そして改めていろんな人と自分から関わり合うことによって、これまでの人生とはまた違った道を歩みなおせると思う。
「のぅ、シャル。王国を抜けて次はどこへ行くんじゃ?」
「うーん、決めてないなぁ……」
「シャ、シャル様……! 僕は謎のダンジョンが大量発生しているという2つ隣の連邦国に行ってみたいのですが!」
「おお、面白そうだね! じゃあそこで! 面舵いっぱい!」
馬車に面舵はねぇよ、というウィーズのツッコミは聞き流し、こうして私たち5人での新しい冒険がはじまったのだった。
本日より新作を公開しております。
本作を楽しんでいただけた読者様であればこちらも楽しんでいただけると思います。
1話だけでも読んでいってもらえると嬉しいです
↓
タイトル:【植物チートで南国スローライフ!~魔術の使えぬ無能だからと里を追放されたハーフエルフですが実は植物を自在に生長&操作できる特殊能力者です。追放先のジャングルで建国したら便利すぎたので移住希望者が殺到しちゃいました~】
URL:https://ncode.syosetu.com/n1498hl/
よろしくお願いいたします。




