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お世話になりました。さようなら!

 ドラゴン討伐から2日、ようやく身体に染み込んだ胃液の臭いも取れ、私とグリムがエルフの村を出る日となった。

 

「本当にあなた方には感謝しかない。小さな勇士たちよ」


 エルフの村長が深々とお辞儀をして、そしてなにかを手渡してくれる。

 平べったい木の板に、私たちには読めない文字が刻まれていた。


「これは……?」

「それはこのエルフの村への通行証じゃ。また再びこの地に訪れたくなったときは、その通行証が道しるべになる。そしてこの結界を通ることができるようになるからのぉ、決して無くさぬようにな」

「ありがとうございます」

「それと少ないがこれも持っていきなさい」


 そう言って次に渡された布袋に入っていたのは無数の金貨だった。

 恐らくいまは流通していない古いものだったが、しかし重さ的には純金だろう。

 ぜんぶ売れば確実に数十年は贅沢な暮らしができる量だった。


「いやいやいや、さすがにこんなにはいただけないですよ!」

「いいんじゃ。どうせワシらの村じゃ貨幣なんて使わぬのだから。それは風の賢者が洞窟を借りるからと勝手に置いていったものなのじゃ。持っていくがよい」

「えっと……そう言ってもらえるなら、ありがたく」


 ズシリと重さを感じるそれを、感謝して受け取ることにする。

 うーん……掃除者から資産家にジョブチェンジができそうだ。


「それとじゃな」

「ま、まだあるんですか?」

「いいんじゃ。これもどうせワシらが持っていても仕方ないものでのぉ」

「もしかして私たちのことをリサイクルショップかなにかとお考えですか、村長」

「これなんじゃがのぉ」


 こちらのツッコミを完全スルーした村長が手渡してきたのは銀色の手のひらに収まるサイズの球だった。


「えっと、なんですかこれは?」

「それが分からんのじゃよ」

「えぇ……?」

「実はこれもドラゴンを封印してくれた人間たちが残していったものでのぅ。確か『いつか必要になる時が来る』と言っておったのじゃが……」

「必要になる時っていつなんですか?」

「それが分からんのじゃ。それの書かれた紙もまたウィーズのヤツが子供のころに紙飛行機にして飛ばしてしまったゆえ」

「ウィィィイーーーズゥゥゥッ‼ アンタは紙飛行機職人かなんかなのぉっ⁉」


 村長の後ろで口笛を吹いて誤魔化そうとしているウィーズをにらみつける。

 まあ重要書類の管理がザル過ぎるっていうのが一番悪い気もするけどね! 子供の手の届くところに置いちゃダメ、絶対!


「そういうわけでじゃ、我々が持っておっても使い道が分からんのでな、あなた方に託そうと思ったわけなんじゃ」

「いや託されましてもねぇ……」


 まあもう受け取ってしまったし、いちおう貰っておくけれども。


「ああ、そうだ村長。そういえばドラゴンの死骸はどうなりましたか? 確か湖から引き上げているというお話でしたが」

「うむ、そうじゃった。それなんじゃがのぉ」


 村長はなにやら眉をひそめて不穏そうにする。


「なにか、問題がありましたか?」

「いや、無い。というかの、ドラゴンの死骸が湖のどこにも無いんじゃよ」

「……は?」


 そんなはずはない。ドラゴンが確かに湖へと沈んだところをあの場に居た誰もが目撃しているのだから。


「あの湖は底なし沼に繋がっているとか、そういうことはないですか?」

「いいや、ちゃんとした底はある。じゃがおかしなことにのぉ、ウロコの1枚だって発見できないのじゃ。まるで存在そのものが泡のように立ち消えたように」


 いったいどういうことなのだろう。しばらく考えてみるもサッパリだ。

 沈黙を破ったのはウィーズだった。


「まあいいじゃないか。ドラゴンがどこに消えちまったのかは分からないが、もうヤツはこの魔の森に存在しないっていうのは確かなんだから。危機が去ったってことを素直に喜ぶとしようじゃないか」

「……うむ。そうじゃのぉ。そうじゃとも。ウィーズの言う通りじゃ」


 村長が鷹揚おうように頷いた。


「シャルさん、グリムさん。お2人の出立の日に不穏な話をしてしまいましたのぉ、許してくだされ」

「いえ、訊いたのは私の方でしたから。お気になさらないでください」


 とは言っても気がかりな話ではあったが、しかしドラゴンの実体が無くなってしまったからにはこれ以上なにかを考えても無駄なだけだろう。

 村長が手を差し出してきたので、それを握る。別れの握手だ。

 

「いままでお世話になりました。エルフの村のお料理、とても美味しかったです。きっとまた食べに来ます」

「ああ、ぜひともいらしてください。魔の森の出口への案内はウィーズがします。どうかこき使ってやってください」


 そうして私たちはエルフの村を後にする。

 

 ――本当にいいところだったわね。今度はスドともいっしょに来たいなぁ……。

 

 魔の森を抜けたらやらなければならないことがたくさんある。

 まずははぐれてしまったスドを捜すということ。きっと私たちと同じで無事なはずだ。

 その次にガラムの町の掃除者ギルドに戻って今回の1件を報告しなければ。

 最後にギルバート、アイツは殺す(できれば社会的に、できなければ肉体的に9 / 10(じゅうぶんのきゅう)殺しにしてやる)。

 さて、そうやって息巻いて魔の森を歩いていたところ、ウィーズが突然に足を止める。

 

「なにやら人の気配がするな……」

「人?」

「ああ。この魔の森は特殊だからな、人の気配が混じっていたらすぐに分かるのさ。こっちだ」


 人の気配、ということはスドではないだろう。その正体はホロウなわけだし。

 ということはもしかして……と思いウィーズの後を追いかける。


「お、いたいた。ほら、あそこだ」


 ウィーズが指し示したのは木の上。私たちが見上げた先に居たのは。


「やっぱりお前だったか、ギルバート」

「おぇ……?」


 ギルバートが間抜けた格好で間抜けた声を出す。

 彼は木の枝に、なにやら白い糸のようなもので簀巻すまきにされて逆さにぶら下げられているのだ。

 

「たす、タスケ、タス……」

「は? どうした。お前のIQが低いことは百も承知だったけれど、もしかして言葉まで話せなくなったのかしら?」

「タス、タス、タス……」


 うん? どうしたものだろう、なんだか本当に言葉が通じてないようだ。

 

「シャルくん。あの人間は君たちの仲間なのかい?」

「いいえ、仲間からは一番遠い存在ね」

「それならよかった。もう手遅れだからね」

「手遅れ……?」


 ウィーズが再び別の木を指さした。そこを見ると、


「げっ」


 めちゃくちゃ大きな蜘蛛がひっそりと気配を殺して、こちらをジッと眺めていた。


「あれはジャイアント・スパイダー。この魔の森のハンターさ。ヤツらは動物を捕まえると糸で絡めとり、暴れ回らないように脳の一部を溶かす毒を注入して思考力を崩壊させるんだ」

「なるほど……それでギルバートがあんな状態になってるってわけなのね」


 枝からぶら下げられたギルバートは口をパクパクさせながらうわごとのように「タスケテ」と繰り返している。


「さて、どうする? ここで助けたとしてもあの人間の思考力が戻ることはない。廃人として一生を送ることになるだけだが」

「……」

 

 どうしたものか、とグリムを見る。頷かれた。うーん、私の好きにしろってことかな……。

 

「それじゃ、まあ、見捨てるのもなんだし助けてやりますか。グリム」

「はい。すぐに」


 グリムは高速で飛び上がるとギルバートを巻き取っていた糸を切り裂き、そして彼を抱えて着地する。

 ジャイアント・スパイダーは動くことなく陰からこちらを見るだけだった。


「相手はモンスターといえど……食料を奪ったのはごめんなさい。たださすがに同じ人間が食い殺されるのを見逃すのは、ね」


 ギルバートは思考力を奪われているだけのようで、普通に立って歩くことはできるようだった。その腰に紐をくくり付けて、引っ張って進むことにする。

 いまだに「タス、タスケ、タス……」と繰り返しながらヨタヨタと私たちの後を追って歩いてくる様はなんとも哀れだ。

 

「ギルバート、どうせ言ったって分からないでしょうけどね、それがあなたの罪に対する罰の形だと思いなさい。人を騙し、傷つけ、裏切ってきたこれまでのあなたが今のあなたを作っているのよ」

 

 なにを言っても、ギルバートはヨダレを垂らすばかり。

 とりあえず面倒を見るのは魔の森を出るまでだ。その後は近くの町に置いていこう。腐っても貴族なわけだし、近いうちにオンスウェン家の人間が彼を見つけてくれるだろう。

 私たちは4人でうっそうとした魔の森を歩くのだった。

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「シャルロットは今後どうなるのっ……!」


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