私の隣があなたの居場所なんです
グリムの言葉に、一瞬思考回路が止まる。
――なんて? 私の側にグリムが居るべきじゃない……?
「いやいや、なんで? 居て良いに決まってるじゃないの」
しばらく固まったあと、私は当然のごとくそう返す。
当たり前だ。だって私がグリムといっしょに居たいからこそ、家出だっていっしょにしたのだから。
「でも、僕はシャル様のお側に居るには相応しくないんじゃないでしょうか」
「どうして……?」
「だって、僕はシャル様に守られてばかりです。エリーデ様やスドさんと戦ったときも僕はシャル様の言う通りに動くだけでしたし、採石場では助けてもらうことしかできなくて」
「それは……相手が強すぎたんだよ、グリム」
「そうであったとしても、シャル様はそんな相手にも臆することなく、そして勝ってきました。それに、それだけじゃないんです」
グリムは俯き肩を震わせていた。
「ぼ、僕はあのゴーレムと戦っている最中……怖くて動けなかったんです。死ぬかもしれないってことに怯えて、身体が震えて動かなかったんです。あのときの僕は、ただの臆病者で、なにもできないただの子供で、僕はそんな自分が情けなくて……っ」
「お、落ち着いて、グリム。そんなの誰だって怖いに決まってるわ。グリムだけじゃないわよ」
「それじゃ……それじゃダメなんですっ! 僕がシャル様の側にいるためにはっ!」
「ぐ、ぐりむっ⁉」
顔を上げたグリムは――泣いていた。
ボロボロと涙をこぼして、嗚咽をもらす。
「ぼっ、僕は、僕はシャル様の家族じゃないから、そんな僕がシャル様の側にいるにはシャル様のお役に立てる人間じゃないとダメだから……っ! だから、シャル様にとっての騎士になろうって……っ! それならずっとお側にいれるって、そう思ったのに……っ! でも僕が弱いからそれもできなくて、なんで僕はこんなにダメなんだって思って!」
「グリム……」
――まさか、そんな風に思っていたなんて。
騎士? とかなんとかは初耳だったけれど、でもグリムは普段から私のことをすごく大切にしてくれていたし、それによく私のことを庇おうとしてくれていた。
――それは全部、私といっしょに居るためだったのね……。
「グリム」
そっと、これ以上傷を増やさないように。
大切な宝石を扱うがごとく、私はグリムの頭を優しく包み込み、胸に抱いた。
そしてその髪を撫でる。
「1人で悩んでたんだね、グリム。苦しかったね……」
「シャ、シャル様……っ? やめてください……。僕なんかを、そんな」
「僕なんか、なんて言わないでよグリム。私はグリムにだからこうしてるんだよ」
――どうして、気づいてあげられなかったのかしら。
私はグリムの頭をよしよしと撫でながら、深く後悔した。
自分にも散々言い聞かせてきた通り、グリムはまだ子供なのだ。
「ねぇグリム。家族じゃなきゃ側にいちゃいけないって? 騎士じゃなきゃ側にいちゃいけないって? そんなことない。そんなことないのよ。知ってるでしょ? 私は実の兄姉に殺されかけてる。そんな家族に側に居られたって迷惑なだけよ。そんな人たちよりも、私はグリムといっしょに居たいと思ってるわ」
「でも……でも僕は、シャル様と初めて出会ったあの時のただの使用人からなんの成長もできてなくて、だから、シャル様になにもお返しできてなくて……。僕は、そんな自分が嫌でしょうがなくて」
私の腕の中で、震えるグリムの気持ちが少し分かった。
私に対してなにもすることができていない、なにも返せていないという気持ち。そんな自己嫌悪がグリムを苦しめているのだ。
それは確かにグリムの心の中の話で、私が直接どうこうできるものじゃない。
けれど、
「ねぇ、グリムは私の側にいるのがイヤ……?」
「そ、そんなっ! 嫌なわけないですっ! ずっとお側に居たいと思ってますっ!」
「じゃあいっしょにいよう? 私もグリムとずっといっしょにいたいよ。いっしょにいるための理由なんて、お互いがお互いを必要にしているってことだけでいいんじゃないかしら」
私にはグリムの心をどうこうしてあげることはできない。
でも、私にとってグリムが必要なんだと言ってあげることならできる。いくらでもできる。
「グリム。私はあなたが側に居ないと寂しい。あなたが側に居ないと悲しい。だから私はグリムといっしょに居たい。それだけじゃダメかしら」
家族じゃなくても、どんな契約もなくても、例えグリムが自分自身の無力さを赦せないでいたとしても、私の方からお願いすることはできる。
「いいんでしょうか、僕は、本当にそれでいいんでしょうか……。このまま、こんな僕のままで、シャル様の側に居ていいんでしょうか……」
「いいのよ」
――グリムはまだ子供なんだから、自分の居場所に理由なんて求めなくていい。
「なにも理由がなくたって、私の隣がグリムの居場所でグリムの隣が私の居場所。それでいいのよ」
「シャル様……っ」
グリムはそのまま、嗚咽を殺すこともなく私の胸で泣いた。
――いい。それでいいのよ、グリム。
グリムにはきっと、物心ついた時から両親が居なかったはずだ。
ずっとおじいさんとディルマーニ家で暮らしてきて、そんなおじいさんも3年前に他界して。
グリムにはきっと、甘えられる大人が側にいなかったのだ。
――だから、いままで誰にも甘えられなかった分、私に甘えるといい。
「もっど、僕、もっど強くなりますがら……っ! いつが絶対に、ちゃんどシャル様のお側にいるに相応しい、ぞんな人間になりますがら……っ!」
「うん……待ってるわね。私はどこにも行かないんだから、焦らないでいいんだからね?」
グリムの髪を指で梳くように撫でながら、その背中をポンポンとしてあげる。
グリムが年相応の少年のようにすがってくるその姿を見て、その体温を感じて、胸の奥からなんとも言えない暖かさが湧き出るのを感じる。
――この少年を、私はもっともっと幸せにしたい……。
いっしょにいたい。生活がしたい。ご飯を食べお出かけして、その笑顔がみたい。
際限なくグリムを褒めたい、甘やかしたい、お世話したい。その成長を1番近くで見守っていきたい。いやでももうちょっとの間は可愛い少年のままの姿でいてほしくもある。
とめどないそんな気持ちがあふれ出してくる。
――これはもしかして……母性?
わたくしシャルロット・ディルマーニ、重ねた歳は8つ。
母親の気持ちが分かる気がする、そんな一瞬を迎えた幼女なのであった。
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