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さっそく出発しましょう

 私たちは依頼を受けたその日のうちに町を出発した。

 陽がまだ昇りきっていない午前中のことだ。

 

「あの、本当になにも装備は要らなかったんですか?」


 グリムが、歩きながら手ぶらで機嫌良さそうにしているスドを見る。

 手ぶらだ。それにまるで近所に散歩にでも出かけるかのような軽装でもあった。


「うむ。充分じゃよ、充分。歩いて5時間ばかりの場所じゃろ? その程度飲み水さえあれば事足りるわ」

「本当ですか……?」

「嘘を吐く意味がどこにあるんじゃ? まあ、お主らも旅慣れてくれば分かる日もくる」

「は、はぁ……」


 グリムがちょっと納得のいかなそうな顔で頷いた。

 まあグリムは剣に重たそうなリュックにテント一式などいろいろ持ってもらっているからね、スドの身軽さを羨ましいような気持ちになるのは分かる。


「グリム、あとでテント持つの交代しましょうか。重たいでしょ?」

「い、いえっ! そんなことはありません。むしろシャル様のリュックも僕が持ちます!」

「あえ? いや、いいわよそんな、あっ!」

 

 疲れてきただろうと思って気を遣ったはずが、逆に気遣われてしまった。

 あれよあれよという間にグリムにリュックを奪われてしまう。


「さあ歩きましょうシャル様。この調子なら日暮れ前に目的の野営地に着けるかと!」

「いや、だから自分で持つってば~!」


 私の言葉もむなしく、グリムはズンズンと1人で先に行ってしまう。


 ――ど、どうしてかしら……。

 

「ホント、お主は男心が分からんやつじゃのぉ」

「え、えぇ? どういうこと……?」


 スドがこちらを見て呆れたようにため息を吐くのだが、え? もしかして私が悪いの?

 結局最後までグリムに荷物を持たせたまま、夕入りの少し前、採石場まであと少しという場所までやってきてしまった。

 森から少し距離を取った見通しの良い平原に荷物を下ろす。


「さあ、野営の準備をしましょう」

「う、うん……」


 ――なんだかいつになくグリムが張り切っているように見えるのは気のせいかしら。


 テキパキと、グリムはテントを張って薪を集め準備を進めていく。


「それではシャル様は魔術で火をお願いします」

「あ、うん」

「僕はちょっと【警戒用トラップ】を仕掛けてきますので」


 言いつつ、グリムがリュックから取り出したのはいくつもの鈴がつけられている糸と、数本の杭だった。


「これを周囲に張れば僕たちが寝ている間のモンスターの接近にも気づけるので、奇襲を未然に防げるはずです!」

「へぇ……! すごいね、こんなものいつの間に用意していたの?」

「もしかしたら今日にでも依頼を受けるかもしれないと思って昨日のうちに用意しておいたんです。この前の野営の時にテルマさんたちも使っていましたし、僕たちにも必要になるものかと思いましたので」


 ――おお、なんてデキる男の子なんだろう!

 

 観察眼に優れているだけじゃなく気も回るなんて、これは将来きっとモテるでしょうね。


「それじゃあ僕、さっそくこれの準備をしてきますので」


 そう言って歩き出しかけたグリムの背中を、しかし。


「いや、それは要らんぞ別に」


 と、スドが止めた。


「ちょうどいい、我が手ぶらで充分だと言った意味を教えてやろう」


 そうして指を口に当てると、船の汽笛にも似た低い音が広く響き渡る。


「な、なにいまの……」

「いいから少し待っておれ。すぐに分かる」

「……え?」


 なにやら、森の方から地面を踏みしめて走るような音が聞こえてくる。

 その方向に目を凝らして見えたのは。


「――エンシェント・ウルフ! ……の群れっ⁉」


 そう。なにが起こったのか不明だが、何十体もの狼たちがこちらへ向かって走ってくるではないか。

 

 ――なんでこんなに……とにかく、戦闘準備をしなきゃ!

 

「慌てるでない。我が呼んだのじゃ、なにも問題はない」

「え? 呼んだ?」

「うむ。お主らに危害は加えん。身構える必要もないぞ」


 スドは近くの少し丘になった場所へと登ると、口を大きく開けて、


〔ォオーーーンッ!〕


 と甲高い狼の声を出した。

 すると、狼たちは一斉に方向転換をして、スドの足元に集まる。


〔我が同胞どうほうたちよ、貴様らに命じる。この周囲を警戒せよ。今宵は人間を襲うな。特に、そこの人間2人を決して傷つけないように。分かったら散れ〕


 その言葉に応じるように、狼たちは四方に散っていく。

 スドはそれを見届けると丘から下りてくる。


「というわけで、周囲の警戒は我が同胞どもにやらせる。それでいいじゃろ?」


 そう問われたグリムは驚きに目を見開いたまま、コクリと頷いた。

 同じく私も呆気に取られている。

 私たちのその様子がおかしかったのか、スドがケラケラと笑った。


「どうじゃ? これで分かったろう。我は同胞の狼ども操れるのじゃ。この力さえあればなにを持たずとも数日の旅くらいこなせるというものよ」


 フフン、と胸を張るその表情はとても得意げだ。


「我ら狼は知能に長けておるからのぉ、警戒・捜索・索敵・戦闘などなんでもこなせるのじゃ! 水場や果物の木の場所も知っておるから食事に困ることもない」

「う、うん……ちょっと驚いたけど、確かにそれはすごいかもしれないわね」

「そうじゃろう、すごいじゃろう!」


 これなら今日の夜は安心そうだ。少なくともこの前みたいに知らぬ間に狼に囲われてしまっていた、なんてことにはならなそうだった。

 

「安全問題も解決できたところで、それじゃあご飯の準備を始めよっか」


 3人でテントの方に戻る。

 このとき、グリムが小さなため息を吐いていたことに私は気づけないでいた。

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「シャルロットは今後どうなるのっ……!」


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