野営をしましょう
さて、ガラムの町から出立して早くも半日が経った。
途中で隣町に向かう舗装路からは逸れて山へと続く道に入ると。平原だった道のりいつしか森に囲われ始める。
その深くへと入って行く手前で、私たちは立ち止まり荷物を下した。
「今回の目的地はこの森の奥だ。ガラムの町の周りの森とは違って【魔の森】も近い。日が暮れてから入るのは危険だから、今日はここで野営をしよう」
テルマ曰く、【魔の森】とは王国の北から東にかけての広い森であり、そこには普通の森よりも遥かに強いモンスターが多数ひしめいているとのことだ。
私とグリムは素直にテルマの方針に従うことにして、さっそく寝床と夕食の準備を始める。
テントを張ってその外に薪を用意。そこへとシステム化魔術で人力では不可能なスピードで摩擦熱を起こして火を灯す。
「おおっ? シャル殿たちは火を起こすのが早いのだな?」
ラックスが驚いたようにこちらを見てくる。
その手に持っているのは火種石という、この世界特有の着火用鉱石だ。より火のつきやすい火打石とでも言ったようなものである。この世界にはライターやコンロといった便利な器具がないので、火の扱いはまだまだ原始的だ。
ちなみに、私とグリムと【疾風の狼殺し】チームで野営準備は別々だった。
まあ彼らは私たちの同行者ではあるけれど、同時に昇格試験の審査員でもあるのだから、あまり親身に関わり過ぎるのも良くないということかもしれないわね。
それに、こういった野営準備も含めて試験範囲という可能性もある。
――じゃあ、調理に取り掛かるとしましょうか。
とはいっても、そんなに工夫した料理なんてしない。
水を鍋で煮立たせて、その中へと塩漬け干し肉と乾燥野菜を入れ、香辛料で味付けをする程度だ。
なので、すぐにできてしまう。
隣のテルマたちを見ればだいたい同じようなメニューだった。
まあ、水と具材を使って作るわけだから、自ずと近い出来上がりになって当然だろう。
「どうだい? 食事くらいは一緒にしようじゃないか」
テルマから誘いに応じて、みんなで1つの焚き火を囲う。
「ところでさ、君とその少年はいったいどういう関係なわけ?」
鍋を食べ進めている間、キューレが踏み入った質問をしてきた。
「どういった関係といわれましても、見ての通り兄妹です。ねぇ?」
「はいっ! シャル様!」
「いや……どう見ても兄妹には見えないから訊いたんだけどね、言葉の端々からあふれ出す主従関係っぽさがさ……」
困ったように笑いながらボソッと言うキューレの、そのわき腹をラックスが肘で小突く。
「コラ。詮索はするものではないぞ」
「ああ。まあそうだね。悪かったな」
キューレはあまり悪びれもせず手をヒラヒラとさせてくる。
まあ別にこちらも気分を害したわけではないのでぜんぜん構わない。
むしろこちらからも質問しやすい空気になったのでありがたいくらい。
「あの、気になっていたんですが【疾風の狼殺し】っていうチーム名はみなさんで付けられたんですか?」
「うん? そうだけど?」テルマが答える。
「なんで狼殺しなんですか?」
「それはまぁ、狼殺しを専門にしているからだな。モンスター討伐の仕事は指名ありの場合も多いんだ。それならチーム名に自分たちの得意分野を入れた方が仕事が集まりやすいだろ? 『ちまたに現れた【エンシェント・ウルフ】は俺たちのチーム【疾風の狼殺し】にお任せ! この平原を疾り抜ける風のごとき速さで討伐してみせます!』ってな」
「なるほど、宣伝効果狙いですか」
なんというかロマンだけでネーミングしていないあたり世知辛さを感じさせるけれど、まあ中二病由来ではないことは分かってよかった。
ちょっと【疾風の狼殺し】って口に出して呼ぶのが恥ずかしかったのよね……なんか胸の奥がムズムズとして……いや決して身に覚えがあるわけではないわよ? 前世の私はただの文学少女だっただけ。それだけだから……。
それはそうと、聞きなれない新しい単語が出てきたわね。
「すみません、【エンシェント・ウルフ】とは?」
「え? 知らないのか? 生息地も広いしメジャーなモンスターだと思うんだがな」
「……すみません」
いちおうこれでも元・箱入り娘だったもので。まあ扱いは最低。箱入りというか軟禁というかって感じだったけれど。
「いやいや、謝ることじゃないさ。まあ生息地は広いといえどもこの王国全土というわけでもないし、住んでいた場所によっては知らないこともあるだろう」
そう言ってテルマがすかさずフォローを入れてくれるが、
「いや、それにしたって掃除者志望で知らないのはレア中のレアだろ」
「黙っていろ、キューレ」
そんなキューレとラックスの会話で水の泡だった。
まあ私は気にしないが。
「えーっと、エンシェント・ウルフについてだったな」
テルマが話を仕切り直してくれる。
「簡単に言えば四足歩行の肉食モンスターだ。体長は1メートルちょっとってところかな。奴らは好戦的だから、放って置くとこの平原にも良く現れて旅人を襲ったりもする。おかげさまで討伐依頼には事欠かないな」
「なるほど、聞く分にはまるで狼……というか説明を聞くにただの狼な気もしますが、狼とはどう違うのですか?」
「ん? いや狼だけど?」
「え……?」
奇妙な沈黙が場を包む。
「あの、通常の狼とモンスターのエンシェント・ウルフというのは別物ではないのですか?」
「いや……俺たちが知っているのはエンシェント・ウルフだけだな。もしかして、君たちの住んでいた場所にはエンシェント・ウルフとは違う狼がいたのかい?」
「えっと……いや、そういうわけではないのですが」
思わずグリムと顔を見合わせてしまう。
グリムもまたきょとんとしていた。
――もしかして、この世界ってモンスターと獣の境がないのかしら???
それからテルマたちに質問を重ねることで、この世界の人々は人に危害を加える獣のことを総称して【モンスター】と呼び、それ以外を動物と呼んでいることが分かる。
ディルマーニ家にこもりっぱなしだった私たちには外の世界の常識は縁遠い話だったので、そんな基本的なこともいま知る始末だ。
――うーん、もっと勉強しなければ……。
たまにはこうしてグリム以外の人間と腰を据えて話すのも悪くないものね。世間との知識のすり合わせもできるし、単純に新しいことを知れるのも楽しい。
そんな風に会話に花が咲き、夜も更けたころ。
「……予想以上に繁殖が進んでたみたいだね」
唐突にキューレが弓矢を持って立ち上がる。
それを合図とするかのようにテルマとラックスも武器を持った。
「囲まれてるか?」テルマが問う。
「ああ。5……いや10体はいるかな」
キューレが辺りを警戒するように耳をそば立てた。
「うむ。複数頭か。ではいつも通りの陣形で参ろう。シャル殿、グリム殿、貴殿らは私たちの中心に来るように」
ラックスが私とグリムの背中を押す。
突然の動きに、なにがなんだか分からない。
「えっと、どうしたんでしょう? なにが起こってるんです?」
「エンシェント・ウルフの群れに囲まれてるんだよ」
私の問いかけにテルマが短く答えた。
その通りだと応じるように、狼の低い遠吠えが夜の闇へと響き渡った。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「シャルロットは今後どうなるのっ……!」
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