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私を呼び止めるのは誰でしょうか

「はぁ……無駄に疲れたわ」

 

 静まり返った家の階段を降りながら、私はひとりボヤいた。

 本来ならとうに家を脱出して、ここから歩いて10日ばかりのところにあるらしい街へ向けて出発しているはずなのだけれど。

 とんだハプニングもあったものね。

 そして家の玄関ホールまで来たところで、


「シャル様っ!」


 グリムが私を迎えに来てくれていた。

 ログハウスへと置いておいた2人分の荷物も持ってきてくれているようだ。

 

「ご無事なようでなによりです」

「うん。ごめんね? ちょっと計画通りにはいかなくて……」

「いえ。僕としても初めての実戦を経験できたのでラッキーでしたよ。あまり手ごたえはありませんでしたが……」


 そう言ったグリムの片手には使い古された木刀が握られている。

 ふむ。さっきから何人もの護衛たちが床に倒れていて変だなとは思ったけど、全部グリムがやったのね?

 この1年での成長がすさまじいわ、グリム。

 

「ところでシャル様、この騒ぎでご当主様たちは……?」

「ああ、うん。ちょっと行って全員【秒殺】してきたわよ。あ、本当の意味では殺してないけど……戦闘不能にしたって意味で」


 まあ当然の結果だわね、語ることもそれほどはない。

 こちらが無属性魔術を攻撃にしか使えないと油断しているラングロの最初の一撃を無効化してやって、それに驚いている間に私が圧縮球を何十発と叩き込んでやるだけの簡単な作業だったわ。

 父親がやられたことに逆上してアルフレッドやフリードも攻撃してきたけど同じように対処した。

 

「とりあえず今後いっさい私に関わる気が失せるように、強めの攻撃で身体を壁にめり込ませてやって前衛芸術的な壁画の一部にしてきたから、これでしばらくは動けないと思うのだけれど」

「は、はぁ……」


 執務室にどんな光景ができ上がっているのか想像できないのだろう、グリムが首を傾げる。

 理解してくれなくていい。綺麗な心のままのグリムでいてちょうだいねと切に願う。

 

「じゃ、いこっか」

「はいっ!」


 リュックサックを背負って、私とグリムが玄関の戸を開く。

 もはや私たちを止める者は誰もいない。

 

 ――ある1人を除いては。


「あら、もう行ってしまうの? シャルロット」


 敷地の外に出るための門、そこに身体を預けるように寄りかかっていたのはエリーデだ。

 その姿を認めた瞬間、グリムが私を守るように正面に立ち、木刀を構えた。

 

「いいのよ、グリム。大丈夫だから」


 私はグリムに木刀を下げさせる。

 大丈夫。なぜならこれも【予想した通り】のイベントの1つだ。


「……エリーデ姉様。あなた、仕組みましたね?」

「なんのことかしら?」

「ちょっと考えたら分かりましたよ。だいいち、親切心で人にアドバイスをするような人間じゃないでしょう? エリーデ・ディルマーニという人間は」

「酷い言われようだわ……まぁ、その通りだけど」


 肩を竦めるエリーデに、ため息が出てしまう。

 まったく、手のひらで踊らされるとはこのことだった。

 

「? どういうことですか?」


 なにも分からないというようにグリムが訊いてくる。


「うん、つまりね。ログハウスに来たときにエリーデ姉様が私たちにアドバイスをしたのは私たちがすぐに逃げ出せるように準備をしておいて欲しかったからってことよ。それは私たちのためなんかじゃなくて、なによりもエリーデ姉様自身のために、ね」


 そうでしょう? とエリーデへと視線を送るが、彼女はうんともすんとも言わない。

 

「だいたい、今日絶妙なタイミングで子爵が私の部屋に来たのだっておかしいわ。こんなタイミングが良すぎるなんてあり得ない。きっとエリーデ姉様の指金さしがねでしょう? いったいどうたぶらかしたのです?」

「いいえ、別に? 単に寝酒に興奮剤を盛っただけよ?」


 ――ほら見なさい、やっぱりそうだった!


 げんなりした視線を送ると、なにがおかしいのかエリーデがクスクスと笑う。


「さあ、それじゃあシャルロット? 楽しい夢を見る時間は終わったわ。大人しく私に捕まりなさい?」


 エリーデの身体から稲妻が立ち昇った。


「グリム。私の後ろで指示に備えていて」

「シャ、シャル様……? これはいったい……?」

「合理主義者のエリーデ姉様らしい発想よ。当主であるラングロ、その長男のアルフレッドと次男のフリードを襲った私を姉様が捕まえることでなにかしらの利益を得ようとしている……そんなところでしょう?」

 

 エリーデをにらみつけると、彼女は少女らしからぬ酷薄な笑みを浮かべる。

 

「私の夢を果たすためにね、ディルマーニ家の当主となることって条件がついちゃったのよ。だからサッサと家督をもらいたくてね? でも実力行使で強奪するよりも、お父様には自ら身を引いていただきたくって」

「……それで出来損ないの私にボコボコにさせた、と?」

「ふふふっ。その方がいっそう自分の無力感を味わってもらえそうじゃない? 10歳にも満たない自身の娘に手も足もでないなんて。隠居ものの失態よ。そのうえで私があなたを捕まえたなら、長男のアルフレッドを不憫に思うがために家督の行く末を迷っていたお父様だって分かるはず。私を当主にするしかないってね」


 それを聞いた私にはもう、なんというか言葉もなかった。

 初めてラングロに少し同情する。

 

 ――私といいエリーデといい、アイツ、娘に恵まれなかったわねぇ……。

 

 まあ、どうでもいいわ。

 もうこれからの私には関わり合いのないことには違いないのだから。


「私たちをこのまま見逃す気はありませんか、姉様?」

「なんで? そんなことする意味ないじゃない。誰もキッチンに運んできた七面鳥を外に逃がすなんて真似はしないでしょう?」

「はぁ……」

 

 重たいため息が出た。

 なんとも面倒な。

 でもまあ仕方ない。

 繰り返すけれど、これもまた【予想した通り】のイベントの1つなんだから。

 前世の教訓はまだ私の中で息づいている。


『やられたら【絶対に】やり返す』


 それだけは絶対に間違えたりしないと心に誓った私が、まさかエリーデにグリムもろとも殺されかけたあの日以降、なんの準備もしてないと?

 

 ――まさか。冗談でしょ。

 

「分かりましたよエリーデ姉様。決着をつけましょう」

「決着? あらあら大人しくしていれば痛い目には遭わないのに、貴女はまた地面に這いつくばりたいの?」

「いいえ、姉様。今度地面に這いつくばるのはあなたの方ですよ」


 ――【システム:圧縮球】、起動。繰り返し《ループ》×10。全力投球(フルパワー)


「それでは、耳をそろえて借りを返させていただきましょう。復讐の時間ですわよ」


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