社交界に行きましょう(行きたくはない) その2
「別に、私は構いませんよ?」
私は、ティムへと冷ややかな視線を向けてそう言ってやる。
「……は? なんだって?」余裕ぶったティムが訊き返してくる。
「私は、別に、ここでドレスを脱ぐことになろうが構わない、とそう言ったんです」
「あ、そう。じゃあ早く脱いでよ」
「嫌です」私は即答してやった。
「は……?」
首を傾げるティムへと、私は両腕を左右に広げて、この身を包むドレスを強調して見せた。
「脱ぐことになるのは構いませんが自分で脱ぐのはゴメンです。なので、ティム様? 貴方様が手ずから私をお脱がしくださいませ」
「はぁ? 僕が……? ハッ、なんでそんなことを」
「それは貴方様が私の肌を見たいと仰ったからではありませんか。さあ、どうぞ」
「……肌が見たいなんてひと言も言ってない。お前の醜い火傷の痕が見たいと言ったまでだ」
「同じことでしょう。衣服の下が見たいと仰っているのですから。さあ、お脱がせください? それとも、まさかドレスの脱がし方がお分かりにならない?」
私がそう言って挑発してやると、ティムの眉間にしわが寄るのが分かった。
「おい、豚子爵専属の娼婦ごときが調子に乗るなよ! 誰に向かって口を利いている⁉」
「あら、ごめんあそばせ? そうですよね、たとえ微塵も女性経験がなくとも口だけならなんとでも言えようものです。いまだになにもご存じないティム様には荷が重い提案でしたね」
「いっ、いい加減にしろッ! 知ってるに決まってるだろッ! ただこの僕がお前ごときに自分の手を煩わせる必要が無いと言ってるだけだ!」
はい、出ましたね虚勢が。童貞ならではの見栄とも言えるかしら。
やはり下ネタがウザイ少年への対処法はその上を行く生々しい下ネタに限る。
マウントを取られたくない年頃の少年たちが負けじと意地を張るというのがテンプレ反応だ。
こんなに易々と乗ってくれるんだからチョロいものね。
「そうですか、ですが私は自ら脱ぐ気もありません。でも脱がされる分には構わないと申しているのですよ? ドレスなんてこの背中の紐を緩めていくだけですぐに脱がせます。ホラ、ここですよここ、簡単でしょう? お手を煩わせるほどの手間もありませんとも」
私はその場でくるりと背中側をティムへと向け、きつく締められた紐の結びの箇所を見せつける。単純な結び目だということが誰にだって分かる。
しかしそれでもなおティムはこちらをにらみつけたままかたくなに動こうとしない。
笑っちゃうわね。実際、ケラケラと笑ってやる。
「あらあら。散々脱げ脱げと仰っていたにもかかわらず、いざという状況でティム様はどうやら指を咥えて眺めていることしかできないご様子。そのお年まで潔白の身を貫き通されていらっしゃるなんて、さすがは高潔な公爵家のご子息です。お見それいたしましたわ~」
「き、貴様……ッ!」
ティムは顔を真っ赤にして怒りに震えている。
――ははっ。でも自分の手では脱がせないわよね? 知ってる知ってる。
先ほどからティムが声を荒げていたので、なんだなんだと周りの注目が集まってきた。
大人の貴族もその子供も遠巻きにしてこちらの様子をうかがっているのがわかる。
こんな場所で公爵の子息が自らの手で乱暴なマネなどできるはずもない。
――いやはや、地位が高いのも大変だねぇ。いろいろと配慮しなくちゃいけなくて。
ティムは真っ赤な顔のまま、「アルフレッドッ! フリードッ!」と私の兄たちを八つ当たりするかのような口調で呼びつける。
「貴様らの妹は躾がなっていないようだな……っ?」
「も、申し訳ございません……っ!」
アルフレッド、そしてフリードもティムの前に膝を着いて頭を垂れた。
「貴様らの身内の不始末だ。貴様らで始末をつけろ」
「し、始末とは……?」
こわごわとした表情で訊くアルフレッドに、ティムは口元がいびつに吊り上がった笑みを顔に貼り付けて、私を指さした。
「あのクソったれ幼女のドレスをひん剝いて床に転がせ! 公爵家への口の利き方を間違うとどうなるかを身体に教え込んでくるんだよッ!」
「はっ、はいっ!」
――えー、そうくるの?
自分で動けないなら手下にやらせればいいというわけか。
都合の良いパシリにされて大変ねぇ、我が家の長男次男殿は。
「シャルロット、お前、よくもやってくれたな……ッ!」
アルフレッドから熱い視線が送られる、悪い意味で。
オツムの出来の悪いフリードも、さすがに自分たちの置かれている状況がマズいものだと判断できるのか、こわばった顔で私を凝視していた。
「この俺が公衆の面前でこんなことをさせられるなんて……! 恥をかかせやがって!」
怒りの形相で私のドレスへと手を伸ばしてきたアルフレッドを、しかし私はヒョイと避ける。
横から伸びてきたフリードの手も楽々かわす。
「な……っ? お前、なんで避ける?」アルフレッドが驚いたように言う。
「なんで、って。そりゃ兄様たちには脱がされたくないからに決まってます」
「こ、公爵様からの命令だぞっ! 大人しく脱がされろ!」
「は? 脱がせと命じられたのは兄様たちであって私ではありませんので。避けるもかわすも私の自由です」
「こ、この……ッ!」
ムキになったアルフレッドとフリードが2人がかりで私へと手を伸ばすが、私はそのすべてを身軽に、ダンスをするかのようにかわしていく。
この1年半弱、体力づくりに励んだ甲斐があったというものよ。
平民には無い属性魔術に溺れてろくに運動をしていない貴族の子供たちの動きがスローモーションにすら見える。
「なにを遊んでるッ!」
一向に捕まる気配の無い私に業を煮やしたか、ティムが叫ぶ。
「もういいッ! この役立たずどもが、どいていろッ!」
ティムが右手を私へと向けて掲げると、そこに大きく渦を巻いて風が集まりだす。
「公爵家の嫡男であるこの身に無礼を働きしシャルロット・ディルマーニへと、僕自らが罰を与える! いいか、これは正当な罰だッ!」
ティムの掲げた手に、大きな空気の塊ができ始める。風属性の魔術だ。
その突然の行動にはさすがに周りで遠巻きにしていた貴族たちもどよめいた。
しかし、公爵家の不興を買うのが怖いのだろう、誰も止めようとはしない。
私としてもまさかティム自らこんなあからさまな実力行使に出るとは思ってもみなかったが、しかし。
――まあ、それでいいわよ。ちょうど私にも試したいことがあったのだから。
私はティムとの距離を見定めて、頭の中のスイッチを押すような感覚で【ソレ】を行う。
――【システム:真空作成】、起動。
「吹き飛べッ!」
怒りに赤く染まった顔のティムが風の魔術をこちらに向けて撃ち出そうとした、その瞬間。
「んなっ⁉」
驚いたようにティムが叫ぶが、時すでに遅し。
風の魔術はティムの手元で暴発し、周りの一帯へと強い風が吹いた。
言うまでもなくその中心にいたティムは1番にその風のあおりを受けて、はるか後方へと吹き飛んでいく。
「がはっ‼」
ティムは、元いた場所から10数メートル離れたところへ背中から叩きつけられる。
そしておそらくは気絶したのだろう、ピクリとも動かなくなった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「シャルロット、グッジョブ(*^^)b」
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