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社交界に行きましょう(行きたくはない)

 ある朝、いつも通り自室での朝食を終え、ログハウスへと向かおうとしていたところ。

 ドアがノックされて、入ってきたのはこの家で執事を務める使用人だった。


「ご当主様から言伝ことづてです。今宵こよいの社交界にシャルロットお嬢様も参加するように、と」

「は? 社交界?」

 

 それってあれでしょ? やんごとなき身分の人間たちが集まって、豪華な料理を立ち食いして、唐突に流れ始める音楽に合わせて男女が踊り始める謎ルールがある、ちょっとなにが楽しいのかがよく分からない合同コンパ。

 そんな生産性のカケラも無さそうなパーティーに出る意味なんてないし、もちろんお断りよね。

 その旨をラングロに伝えたところ、


「口答えするなッ! 社交界へ出ないのであれば今後お前の行動の自由を制限するぞ、それでもいいのか!」


 なんて言われてしまった。


 ――相変わらず言葉の1つ1つがかんに障る父親ねぇ……。


 たとえ軟禁などで自由を制限されたとしてもいまの私ならいくらでも対応手段はある。

 システム化魔術で鍵を開けるもよし、部屋に穴を空けるもよし。手段さえ選ばなければどこからでも抜け出せる自信があった。

 

 ――ただまぁ、きたるべき家出の日への準備期間はまだもう少し欲しいところだ。

 

 いまこちらの力を明かしてしまって、今後目を付けられるのも避けたい。

 というわけで、私は渋々ながらも素直に社交界に出席しましたとさ。

 社交界の舞台はディルマーニ家の隣の領地にある公爵、ティターン家の居城だった。

 

「すっご……」


 そこはめちゃくちゃデカい城だった。某ネズミの国の城のスケールを10倍にしたくらい。

 1周するのに30分は掛かるんじゃないかというくらいに広い庭があり、そして社交界が催される講堂は春高バレーと高校バスケのインターハイを同時に開催できそうなほどの大きさだ。

 

「おい、アホみたいな面をして突っ立ってるんじゃねぇよ」


 目の前の光景に圧倒されていると、後ろから棘のある言葉が投げられる。

 長男のアルフレッドのものだった。

 ちなみにこの社交界には多くの領地からいろんな貴族が家族ぐるみで参加しているらしい。

 それはディルマーニ家も同様で、ラングロ、母親、そして姉兄たちに私というフルメンバーが揃っている。一堂に会するのは1年半ぶりくらいかもしれない。

 

「社交界に参加させてもらってありがたいと思えよ、シャルロット。せいぜいディルマーニ家の顔に泥を塗らないようにマナーをしっかりな」とアルフレッド。

「ヒヒッ! 兄様、それは無理です。コイツがマナーの勉強してるトコなんて見たことないですもん! っていうかそもそも家庭教師がいないし!」と次男のフリード。

「フンッ! いいかシャルロット、貴様のことを公爵家のご子息が一目見たいと仰られたから連れてきてやったんだ。それだけ済ませたら早々に馬車に戻れ。特別な事情もないのに我が一族の恥を公衆の面前に出し続けてはおけん」とラングロ。


 散々な嫌味と自分勝手な都合の押しつけだった。反吐へどが出る。

 まあいちいちこんな奴らの言葉に反応してやることもないし、無視よ無視。 

 しかし気になるところはあった。

 

 ――公爵家の子息が私のことを一目見たい? なんで?

 

 そもそも私という出来損ないの存在は一族の外聞を気にするラングロによってほとんど秘匿に近い状態に保たれているはずなのだけど。

 そうして社交界が始まりあいさつ回りに終始するだけの数十分が経過したころ、


「やあ、こんばんは。アルフレッドにフリード、久しぶりだね」


 1人の、アルフレッドと同い年くらいの少年がそう言って声をかけてくる。

 すると、途端にアルフレッドたちはかしこまったようにお辞儀をする。


「これは、ティム様。本日はお招きくださりありがとうございます。またお目にかかれる機会をいただき光栄の至りです」


 アルフレッドが普段の傲慢さの微塵も見られない謙虚な態度だ。


「それにしても、申し訳ございません。本来ならこちらからごあいさつに伺わなければならないところを、わざわざお越しいただいてしまって。実は機を見計らってはいたのですが……」

「いや、いいんだよ。もともと僕からあいさつにくるつもりだったのさ」


 ティムと名乗ったその少年はそう言うと私の方を見て、そして視線を固定した。


「へぇ。コレが噂の」


 意味ありげに私へと向けられるティムとやらの微笑で理解する。

 ああ、もしかするとこの人がアレね? 公爵の子息。

 それならアルフレッドたちがヘコヘコとするのにも納得できた。

 ティムはうさんくさい笑顔でこちらにツカツカと歩み寄ってきて手を差し出してくる。


「キミがシャルロットだね? 僕はティム。ティターン家の長男だ、よろしく」

「……どうも」

「話は聞いていたよ、キミ、あの豚子爵と婚約してるんだって?」


 ティムが握手しながら、嘲るような最悪の笑みを浮かべて言ってくる。

 いやぁ、なんという直球だろうか。

 こいつもまた、私を見下してわらいたくて今日ここに呼んだわけだ、なるほどね。

 貴族って、やっぱクソだわ。


「なんでも、その歳でもう嫁の貰い手が他には無いとか。以前アルフレッドたちから話は聞いているよ。火傷の痕があるんだって?」

「……はぁ?」

「火傷の痕だよ、ヤ・ケ・ド」


 強調するようにティムが言う。

 あー、火傷ねぇ……。

 それはおそらく私が前世の記憶をこの身体に宿すことになったキッカケである、アルフレッドたちによる苛酷ないじめの時に負った傷のことを言っているのだろう。

 しかし、なに? アルフレッドは妹の身体を傷つけたことを武勇伝にでもしているの?

 どんだけみみっちいのよ長男。


「なぁ、脱いで見せてくれよ」

「……は?」


 とんでもないことを言いだしたティムに、当然私は訊き返す。

 

「そのドレスをいま、ここで脱いで見せろと言ったんだ」

「……なぜ?」

「火傷の痕ってさ、生で見たことないんだよ。誰もそんな醜いものをね、わざわざ僕の前で見せようとしなからさ。だから1回見てみたかったんだ」


 ティムはせせら笑うと「ホラ、脱げよ」と私に向かってアゴをしゃくってくる。


「公爵家の次期当主の命令だ。逆らったらどうなるか分かってるだろ?」

「……」


 あー……どうするべきかしらね、私は。

 確かにティムの言う通り、公爵家に歯向かったらどうなるか分かってる。

 めぐりめぐって自分の立場が悪くなることくらい。

 その程度のこと、分かってはいるんだけど……。

 

 ――でも、ちょっと本気で腹が立っちゃったかも。

 

「……別に、私は構いませんよ?」


 余裕然としたティムを迎え撃ってやろうと、私は冷笑を向けた。

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「シャルロットは今後どうなるのっ……!」


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