伯爵様に見捨てられて仕方なくスナックのママをしていたら皇太子様から求婚されたのですが
「いらっしゃい。あら、アナタね。いつもご贔屓に。いつもので?」
「あぁ、よろしく頼む。」
「お客さん、随分贔屓になさってくださっているようだけれども、こんな時間に出歩いてていいのかい?見たところ、名家の方のようだけれど。」
「よくお分かりで。」
男はそう言うと、コップいっぱいに注いだ酒をクイッと喉に通した。そして、氷のカランという音が、コップが空になったことを知らせてくる。
「まあ、元々はそこそこ良いところの人と一緒にいたものでね。その鎧を見れば多少はね。」
「そこそことは言っても鎧だけで分かるとは・・・、あなたのような方がなぜこのような場所に?」
私は空になったコップにお酒を注ぎ入れた。
男は私をじっと見ていたせいで、ついつい私も注ぎすぎてしまった。
「ごめんなさいね。」と溢れた分を拭き取ったが、男の視線が私から逸れることはなかった。
私は昔話のたぐいはあまりしたくないたちだったが、こうも熱い視線を浴びてしまうと、それをしないという選択すら憚られた。
私は、「はぁ・・・」と1つため息をついた。
そして、記憶の戸棚の奥深くに封していた戸を引き開け、男に語った。
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私は、元々は伯爵様に仕えるメイドの家系に育った。
母も祖母も伯爵様に仕えていたから、私も幼い頃からメイドとして働かせていただいていた。
そんな私を伯爵様は見初めて下さった。
歳は20を少し過ぎた頃だった。家族全員私の婚姻を喜んだ。
私も当然伯爵様の事を好いていた。
でもね、そこからしばらくして伯爵様はこう言ってきたんだ。
『アンデラ、すまない。婚約はなかったことにしてほしい』
私は理由を問い詰めた。
伯爵様はしばらく理由を明かしては下さらなかった。
でも、メイドとして働いている中で、その理由が分かったんだ。
伯爵様は街1の美女と言われていたユリアンナと恋に落ちてしまったのだと。
私よりも2つ若いユリアンナに、もはや勝てる要素はどこにもなかった。
伯爵様はユリアンナを正妻に迎え入れると、私がメイドとして屋敷にいるのが気まずくなったみたいで、私を追放なさったんだ。
そこから私は何も職を持てずに途方に暮れフラフラしていたところ、こんなところまで流れ着いてしまった、って言うわけさ。
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「まあ、まだ5年も経ってないのにこれに馴染んでしまってるなんて、元々こういうのがお似合いだったんだろうけどさ。」
私は捨て台詞のように最後にそう付け足した。
男はその話をじっと聴き入ってくれた。
そして、並々に注がれたお酒をゆっくりと身体の中に流し込んでいった。まるで私が吐き出したものをすべて呑み込んでくれるかのように。
私は、心のなかで封印していたことをこうして話したことがなかったため、どこかスッキリとした気分になった。
「アナタみたいな人にじっと話を聞いてくれる人、初めて会ったわ。なんかスッキリした。ありがとう。」
「いやいや、こちらから聞いたんだ。むしろ、無理に聞いてしまったかもしれないと思っていたから、そう言ってもらえて嬉しい。」
男はそう言うと、周囲を見渡した。
夜は深く、もうこの店に残っているのは私とこのお客さんだけだった。
男はそれを確認すると、お酒でトロンとしていた瞳を急にキリッとさせて私を見た。
「あなたに伝えたいことがある。」
「急になんだい?」
「私と結婚していただきたい!」
「何を言い出すかと思えば・・・。お酒の飲み過ぎじゃないかい?」
私は完全な冗談としてそれを受け取った。
お酒に呑まれてこういうことを突発的に言ってしまうお客さんを私は何人も見てきた。
そして、今回もそうなのだろうと、完全にあしらう気でいたのだ。
しかし、男はそこで引かなかった。
「お酒はまだ回っていない。私はあなたを后としてお迎えしたいのだ。」
「后って・・・、いくらなんでも言いすぎじゃないかい?私みたいなどこの馬の骨かもわからない人間をそうホイホイとお嫁に貰おうだなんて、アナタ変わってる。」
「どこの馬の骨かなんて関係ない。私が初めてあなたに出会ったとき、あなたの立ち居振る舞い、そしてその美しさに惚れたんだ。それにあなたは人を思いやれる素敵な人だ。何度も店に来るうちにあなたの素敵さにどんどんハマってしまった。」
男はそこまで言うと、最後の一言まで少し溜めた。
「私アレクサンダー・グリスはあなたを皇太子の后、将来の王女として迎え入れたい!」
私はその言葉に数秒反応できなかった。
言葉自体は聞き取れていたが、それを噛み砕こうとすればするほど、現実から乖離してしまっていたからだ。
「アナタ・・・皇太子?」
「いかにも。ラインチェスター王国の皇太子アレクサンダー・グリスとは私のことだ。」
「え、えぇ?!!なんでこんな街外れのスナックなんか来てるんだい!!?」
「公務で遠征をした時にたまたまここに立ち寄ったら、あなたに会った。その時から私はあなたを后に迎えたいと考えていた。だからこそ、こうして夜中に城を抜け出し、こうして身分も隠しながらここに通っていたんだ。」
正直な話をすれば、私はイカれていると思った。
一国の皇太子が、こんな場末のスナックに通い詰めているなんて知れ渡ったら、国の威信はガタ落ちだ。
ただ、逆にそこまでして私に会いに来てくれていた、という事実もある。
私は今までに感じたことのない胸の高鳴りを感じていた。
「こんな疲れた人間でいいのかい?皇太子ならもっと気品高い令嬢とお付き合いできるだろうに。」
「何を言う!あなたは若々しく、何より・・・とても綺麗じゃないか。」
頬を赤らめながらそういう姿に私は完全に射抜かれてしまったようだ。
私は明けてすぐにグリスと共に王宮へ入った。
国王らの反対もあったが、グリスの懸命な説得により、とうとう王宮内で反対を唱えるものは一人も居なくなった。
披露宴で伯爵様が目玉を丸くしていたのは、今思い返しても笑えるものだった。
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