重大な罪
突然父さんの顔色がまるでブルーハワイのように真っ青になり、焦りをあらわにする。
「何も考えずに行きやがって。あいつは本当にバカだ」
そう言うと、父さんは、激しく燃え盛る家の中へと、何の躊躇もせずに、足を踏み入れる。
「陸、広、待ってろ! 今助けてやるから」
近くいる消防士達は、父さんが家に足を踏み入れようとしている姿を目にして止めようとする。しかし、間に合わず、父さんは炎の中を突き進む。
「あなた何をしているんですか? 中は危険ですよ!」
その頃。
家の中にいる陸達二人は瓦礫の下敷きになってしまっている。幸いにも、かろうじて二人の意識がはっきりしているが、身動きが取れないようだ。
こうしている間にも、どんどん激しい炎と火の粉が二人に迫ってくる。
「陸兄ちゃん、熱いよ」
「クソ、体が動かない」
その時、近くから父さんの逞しい大きな声が、二人の耳に入ってくる。
「陸、広、どこにいるんだ?」
陸は残りの力を振り絞って声を張り上げる。
「父さん、俺達はここにいる!」
しかし、もう家が限界のようで、まるで岩が砕けるような轟音と共に、一斉に天井の床が抜けたり、家を支えていた柱が次々に倒れてくる。
陸はもうダメだと思い、覚悟を決めたまさにその時、目の前から、全力疾走で、上から落ちてくる瓦礫などを避けながら、父さんがこちらに向かってくる。
「陸、広、今助けるぞ!」
父さんの両手がまるでオーロラのように虹色の輝きを放ち、そのまま陸と広に触れる。
「ワープハンド!」
陸と広は見る見る間に塵になって消えていく。
父さんは大粒の涙をポロポロと流しながら、自分がこれから死ぬと言うのに、まるでお日様のように明るい笑みを浮かべる。
「陸、俺がいなくも元気でな。七奈美を悲しませるような事はするなよ」
陸と広は一瞬虹色にピカッと光り、家の前にワープされてしまう。
そこで、陸が最初に目にしたのは、まるで積み木で作った建物のように、消防士達の消火活動も乏しく、炎に包めれ、すごい勢いで崩れていく千佳の家。
陸は父さんを失った悲しみで、頭の中が絶望感でいっぱいになり、大粒の涙を流しながら、ただ激しく燃え盛る家をずっと見つめる。
「父さんは人や物をワープできても、自分はワープできないんだ。父さん、父さん!」
そして、陸の回想が終わる。
陸の横にいるゆいは、陸の悲しい過去を聞いているうちに、顔色がすっかり青ざめている。
「陸君のお父さんは本当に最後まで優しい人だったんだね。あと千佳ちゃんの家族は結局どうなったの?」
「千佳の家族は家を失って、少し遠くのアパートに引っ越したみたいなんだ。最近はあんまり連絡取ってないけど。もう遅いから、ココア飲み終わったら寝るぞ」
「そうだね」
そして、その日の夜の7時過ぎ。
陸の部屋。
ゆいは、ベッドで幸せそうな笑みを浮かべながら深い眠いについている陸を、横に激しく揺らして起こそうとしている。
「ねぇ、陸君、もう7時前だよ。早く起きないと学校遅刻しちゃうよ。あと一緒に夜ご飯食べよ」
しばらくると、陸が眠たそうに一度大きなあくびをしてから、ゆっくりと起き上がる。
「眠。まだ7時前じゃん。7時15分ぐらいになったら、また起こしてくれ」
「ダメ、そんなギリギリに起きたら学校遅刻しちゃうでしょ。早く起きて。夜ご飯出来てるから」
そして、ゆいは、寝起きの陸の手を引っ張り、リビングまで連れていく。
そこで、陸が目にしたのは、テーブルの前の椅子に腰をかけ、二人を待っている母さん。そして、夜にしては豪華な様々な料理がテーブルに並べられている光景。
陸は、とっても美味しそうなご馳走を目にして、食欲が湧き、完全に眠気が覚める。
「この料理は全部ゆいちゃんが作ったのよ」
「この料理は全部ゆいが作ったのか? すごいな、ゆい」
「料理は得意だから。あと陸君の深夜ご飯のお弁当も作ったの。気にいってくれるか分からないけど」
陸はとっても嬉しいようで満面の笑みを浮かべる。
「ゆい、ありがとうな」
「陸、早くゆいちゃんが作ってくれた夜ご飯食べて、学校に行きなさい」
そして、夜の8時前。
高校の3年2組。
生徒同士の賑やかな話し声などが聞こえてくる教室に、なんだかいつもとは違う冷静な陸が入ってくる。
陸に気づいたカイトはなんとも不思議そうな表情を浮かべながら、ゆっくりと陸に近づく。
「どうしたんだ? 陸が遅刻せずに学校に来るなんて。しかもそんなに笑顔で? なんか良い事でもあったのか?」
「失礼な奴だな。俺もちゃんと学校に来る時ぐらいある。それに、夜少し嬉しい事があってな」
その時、教室に、首席簿を持ち、スーツ姿の稲垣先生が現れる。
「どうしたんだ? 今日は珍しく大村が遅刻せずに学校に来ている?」
稲垣先生は陸の事が気になり、自身の血者の能力を使い、陸を目にする。すると、今世間を騒がしている人間のゆいと陸が楽しそうに食事をしている二人の姿が、白黒の風景で、頭の中に浮かんでくる。
その頃。
教室の後ろ側にいる陸とカイトは楽しそうに会話をしている。
「陸、そう言えば、次の土曜日に、毎年恒例の花火大会があるけど、お前は行くのか?」
「俺は多分行かない。俺はまだ小学生の頃は、よく父さんと行ってたけど。あと花火大会の屋台で、景品欲しさによく射的をしてたな。だけど、全然景品取れなかったけど。そう言うカイトは花火大会に行くのか?」
「俺は別に行く予定ない。一緒に行く相手がいないから」
二人の目の前に、何か知ってはいけない事を知ってしまったようで、表情が真っ暗闇の稲垣先生が現れる。
陸達二人は、異様な様子の稲垣先生に疑問を抱き、困惑する。
「どうしたんですか? 稲垣先生?」
しばらくすると、稲垣先生が重い口を開く。
「大村、ちょっと生徒指導室に来い」
そして、椅子と机があるぐらいの質素で狭い生徒指導室。
陸と稲垣先生はお互い向き合うように座り、話を始めようとしている。
「なんですか? 別に俺は、先生に怒られるような事してませんよ」
稲垣先生は表情を一つも変えずに、冷静に、こう発言する。
「お前、人間を家にかくまっているだろ? 俺の能力で、人間と楽しそうに飯を食っている様子を見かしてもらった」
陸はゆいの事が稲垣先生にバレッてしまった事で、心臓の鼓動が早くなり、不安と焦りで体がぶるぶると震え、先生に何も言い返す事ができない。
しばらすると、陸はぶるぶると震えながら重い口を開く。
「どうするつもりなんですか? 警察に通報するですか?」
「別に俺は懸賞金の2億円欲しさで、警察に通報するつもりはない。でも、だからと言って、お前を助けるつもりもない。けど、お前がやっている事は、とんでもない事だ。もしも、このままずっと人間を匿っていたら、軍や警察にバレた時に、お前とお前の家族はただでは済まされない。もしかしたら、お前は国家に反抗したと見なされて処刑されるかもしれない。自分の身と家族の事を思うなら素直に人間を警察に引き渡す事を勧める。まあ、どうするかは自分で考えろ」
そして、放課後の深夜4時前。
館内アナウンスが僅かに聞こえてくる静まった病室。
カイトは満月の光が丁度当たる所で、椅子に腰をかけ、目線の先のベッドで横になっている母さんと会話をしている。
「母さん。今日学校で、陸が先生に夜から生徒指導室に呼び出されて、よっぽど怒こられたようで、ずっと気分を悪そうにしていたんだ」
その時、母さんは急に強い頭痛に襲われ、頭を強く手で押さえる。
「母さん! 大丈夫?」
しばらくすると、母さんの痛みが一気にどこかへ消えていく。
「大丈夫よ。少し頭が痛くなっただけ。最近は急に頭が痛くなる事がよくあるの。でも、もう大丈夫だから」
母さんはそう言っても、カイトは母さんの事が心配で心配で落ち着かず、いつ声を張り上げてしまう。
「母さん! もしかして血爆症が悪化・・・」
母さんは自分の事を心配してくれているカイトに気を使い、咄嗟に笑顔を作り、その場をのりきる。
「本当に大丈夫よ。少し頭が痛くなっただけ。もう全然痛くないから安心しないで」
一方その頃。
隣の病室。
ベッドの所にいる7、8才ぐらいの青いパジャマ姿の少年。
その少年は目の前にいる注射器を持った20代ぐらいの若い看護師。そして、30代ぐらいのお母さんに向かって自分勝手なわがままを口にして、困らしている。
「龍一君、注射するからじっとして」
「嫌だ。注射って痛いじゃん」
「龍一、注射しないとどんどん血爆症悪化するわよ。そんなの嫌でしょ?」
「病気が酷くなるのは嫌だけど、注射も痛いから嫌だ」
その時、黒い軍服姿の大西中佐が、突然病室に現れる。
それに気づいた龍一は嬉しそうな笑みを浮かべながら、一目散に大西中佐に駆け寄る。すると、龍一はそのまま強くぎゅと大西中佐を抱きしめ、しばらくは離れようとしない。
「お父さん久しぶり。会えて嬉しいよ」
お父さん(大西中佐)は普段あまり笑わない人だが、この時ばかりは、久しぶりに家族に会えた喜びで、いつも間にかニコニコと笑みを浮かべていた。
「久しぶりだな、龍一」
お母さんも嬉しいようで、注射の事をすっかり忘れ、急いでお父さんのそばに駆け寄る。
「あなた、来るなら連絡してよ」
「悪い、急に連休が決まって」
龍一はますます子供らしくうきうきして、喜びが顔にはっきりと出ている。
「連休って言う事は、しばらくは、僕と一緒にいてくれるの?」
「当たり前だろ。あと俺が来る前にずいぶんと病室が騒がしかったけど、何かあったのか?」
「龍一は「注射は痛いから嫌だ」って言って、なかなか注射をしないの」
龍一は注射が怖くて怖くてますますお父さんを強くぎゅと抱きしめる。
「お前、注射が怖いのか?」
「だって注射痛いもん」
お父さんの笑顔が突然消え、龍一を鋭い眼光でじっと睨み付ける。
「そうか。なら、そんなわがままを言う奴は、俺のカラスのエサにするぞ」
それを聞いた龍一は恐怖を覚え、顔色が一瞬で、まるでブルーハワイのように真っ青になってしまう。
「カラスのエサにされるなんて嫌だ!」
「俺のカラスは、お前みたいなわがままな子供が大好物だからな。エサにされたくなかったら、お母さんと看護師さんの言う事をちゃんと聞いて、注射しろ。注射が終わったら、お菓子を買ってやるから」
「注射するよ。だからカラスのエサにしないで」
一方その頃。
喫茶店。
陸が窓側の席に座りかけ、まだゆいの事がバレってしまった事を深く悩んでいるようで、ずっと下を向いている。
陸の目の前には美味しそうなシュワシュワしたメロンソーダがあるのにも関わらず、まったく手をつけていない。
店内には、ラジオが流れている。
「次のニュースです。今日も病用中の佐橋大将に代わって、井下中将が会見を行い、逃亡した山崎ゆいの事について、新たな規定を設けました。人間の情報を知っているのにも関わらず、情報を提供せず、隠した者には(社会法第97条・情報隠蔽)及び(社会法第115条国家資産特別法)により、30年以上40年以下の懲役。また通報せずに、人間を長期間自宅で保護した者には(社会法第120条国家資産無断所持)及び(社会法第36条国家反逆特別法)により、無期懲役又は死刑」
マスターは、そんな陸を心配し、テーブルに、ふろふろのほんのり小麦の香ばしい香りがする極厚のこんがり茶色く焼けたホットケーキ。さらに、そのホットケーキの上に、バニラの甘い香りがするアイスがのせられている。またさらに、そのアイスの上には、甘々のハチミツシロップをぶんたんに一面にかかっていて、最後に自然を連想させるような緑のミントを一枚のせたパンケーキをそっと置く。
「陸、どうしたんだ? いつもと違って元気ないぞ。このパンケーキはサービスだ。これ食べて元気になれ」
陸は、美味しそうなパンケーキを前にしても手をつけようとせずに、ただ気分が悪そうにずっと下を向いている。
「本当にどうしたんだ?」
「別に何でもありません」
「いや、絶対何かあるだろ? まあ、とにかくコレ食べて元気出せ」
そして、時間が少し経ち。
人通りが少なく、街頭が少ないため薄暗い住宅街の狭い道。
陸が一人で歩いていると、目の前に小さな交番がある事に気づき、足を止める。そして、陸は急に息が荒くなり、心臓の鼓動が急激に早くなる。
陸は内心こう思う。
(もしも、今ゆいの事を警察に話したら、俺は犯罪者ではなくなる。しかも、人間の情報を提供したら懸賞金の2億円が貰える)
陸は自分が犯してしまった罪の恐怖に負け、多額の懸賞金に目が膨らみ、ゆっくりと交番に近く。
その時、陸の頭の中に、笑みを浮かべているゆいの姿が浮かんできて、足を止める。
しかし、しばらくすると、陸は覚悟を決め、ゆいの事を忘れる。
陸はまたゆっくりと交番に近くが、また頭の中に笑みを浮かべているゆいの姿が浮かんでくる。
陸はなぜだか分からないが、涙目になり、頭の中がゆいの事でいっぱいになってしまう。
「クソ」
陸は心の底で、ゆいを思う気持ちに負け、急いで、その場から立ち去る。