父さんの優しさ
陸の両親達は何かまずい事でもあるようで表情を歪める。
しばらくすると、父さんが重い口を開き始める。
「申し訳ありません。陸は今回の事で、精神を病んだようで、自分の部屋でずっと引きこもったまま部屋から出てこないんです」
「無責任にも程があるわ! 一番痛くて苦しいのは千佳なんですよ。これだから血者の人は嫌いなんですよ。乱暴ですから」
「おい、みのり、そこまで言う必要ないだろ」
千佳のお母さんは周囲の状況を全く気にせず、頭の中の怒りを一気に爆発させ、泣く子も一瞬で黙るような大きな怒鳴り声を上げる。
「あなた、この人達の子供が、うちの可愛い千佳に何されたか分かってるの? あの陸って言う子は鎖を振り回す悪魔よ!」
千佳のお母さんはそう怒りをぶちまけるとスッキリしたようで我に戻り、冷静さを取り戻す。
陸の両親達は、異様な千佳の母親の姿を目にしたせいで、何も言い返す事ができない。
「もう話す事はありません。今日は帰ってください」
そう言うと、千佳のお母さんはさっさとどこに行ってしまう。
「おい、みのり、どこに行くんだ?」
その日の朝の7時過ぎ。
自宅のリビングでは、両親達が椅子に腰をかけ、会話をしている。
「七奈美、大丈夫か?」
お母さんはどうやら陸の事で頭がいっぱいで、精神も体も疲れ果て、顔色がまるでブルーハワイのように真っ青になってしまっている。
母さんは顔を片手で強く押さえている。
「陸と陸が怪我をさせた千佳ちゃんの事が心配で、頭の中がいっぱいで少ししんどいの」
「陸の事なら俺がなんとかするから、七奈美は部屋のベッドで休んでいろ」
「でも、あたな一人で・・・」
「俺は別に大丈夫だ。それに、無理は体に悪いからな」
そして、少し時間が経ち。
2階の陸の部屋の前。
父さんはドアを軽く二回ノックする。
「おい、陸、いつまでも現実逃避して、部屋に引きこもって、クソニートごっこなんてしても、お前がやってしまった事は許されないぞ」
そう父さんがそう言っても、当然の事のように返事が何一つも返ってこない。
「陸、頼むから出てきてくれ。それにお前腹減ってるだろ? 一緒に飯を食おう。昨日没収したゲームも返してやるから」
しばらく経っても何の反応もないため、父さんはやや強引にドアを開ける。そこで、父さんが目にしたのは、誰にも聞こえないようにベッドでうつ伏せになり、毛布にくるまり、今日自分が犯してしまった罪を深く後悔し、静かに涙をこぼしている陸の姿。
父さんはそんな陸を心配し、陸のすぐそばに行く。
父さんは自分も今回の事で、頭の中が悲しい気持ちでいっぱいだが、決して、悲しい表情を一切出さない。それどころか父さんは幸せそうな笑みを浮かべる。
「陸、お前を心配して見に行ってやったら、何泣いてるんだよ。とにかく飯食うぞ」
「何も食べたくない!」
いつさっきまでずっと優しかったはずの父さんが突然凶変し、笑顔が消え、歯を強く食いしばり、声を張り上げる。
「陸いい加減にしろ! 一番痛くて苦しいのは、お前のくだらない理由で怪我をさせた千佳なんだぞ。けどお前は反省するどころか、部屋に引きこもって赤ん坊のようにぴいぴい泣きやがって。正直に言うと、お前みたいな悪さばかりして、人を簡単に傷つけるような奴なんて存在する価値なんてない。本当にお前なんて生まれてこなければ良かった!」
陸はもちろんそれを聞いてるはずだが、布団に潜り込んだままで、何も言い返さない。
しばらくすると、なぜだか分からないが、突然父さんの表情がまるで自分の最愛の人が亡くなってしまった時のように暗闇になり、優しい涙を流す。
「でも、こんなどうしようもないクズなお前でも俺と七奈美にとっては、たた一人の大切な可愛い子供だから優しいヴァンパイアに生まれ変わって欲しいんだ」
父さんの言葉が、陸の胸に深く刺さったようで大粒の涙を流し始める。
しばらくすると、陸はまるで真冬の寒空の下にいるかのようにブルブルと震えた声で答える。
「父さん、やっぱり飯食べるよ」
父さんはどんな悲しみも吹き飛ばすような満面の笑みを浮かべる。
「そうか。今日の朝飯は、俺の一番の得意料理のカップラーメンだ!」
そして、少し時間が経ち。
リビングでは、父さんと陸が椅子に腰をかけ、2人は目線の先にあるカップ麺をじっと見つめている。
「陸、そろそろ3分経つから、蓋取っても良いぞ」
陸がカップ麺の蓋をそっと剥がした瞬間、中に籠っていた醤油の甘辛い香りがふんだんに詰まった煙が一気に飛び出す。
しばらくすると、煙が晴れ、食欲そそぐ、濃い茶色い色をしたつやつや輝くスープ。さらに、そのスープの上には、ジューシーなブロック肉や新鮮でプリプリの海老などの具材がふんだんに浮かんでいる。
これはカップラーメンだ。
陸はまるで可愛いあの子にじっと見つめられているかのようにうっとりし、ついついよだれをぼとぼとと垂らしてしまう。
「うまそう」
「陸、待って。まだラーメンは完成していない。仕上げが残ってる」
父さんは目の前にある容器の蓋を開ける。
「カップラーメンにはこれをかけないと」
そう言うと、父さんはさっと自分と陸のカップ麺に、独特の臭みと少し癖の香りを持ちミルクのように真っ白なパラパラのチーズを贅沢に一掴み入れる。
「よし、陸。よく混ぜてから、食べてみろ」
陸がカップ麺を箸で混ぜれば混ぜれるほどスープの熱さでチーズが溶け出し、麺に絡まり、ボリュームとカロリーが2倍になる。
陸は、チーズが染み込み、こってりした麺を一気にすする。 すると、口いっぱいにトロトロのチーズと麺の油が溢れる
陸はあまりの美味しさでほっぺたが落ちてしまう。陸はまるで夢の国にいるような幸せそうな満面の笑みを浮かべる。
「父さん、カップラーメンにチーズを入れると、トロトロでスゲーうまいよ」
「だろ? でも、その代わり、カロリーめっちゃ高いけどな」
父さんは突然箸を置き、まるで鷲のような鋭い眼光で、陸の顔をじっと見つめ始める。
「そう言えば、陸、千佳の事はどうするつもりだ? お前がした事だから自分で解決しろ」
陸はどうやら食欲が皆無になったようで箸を置き、なんと言えばいいか分かったらないようで、顔色が暗くなり、黙り込んでしまう。
しばらくすると、陸は重い口を開く。
「明日、病院に行って、千佳にちゃんと謝るよ。許してくれるかは分からないけど。あと俺がバカな事したせいで父さんと母さんにすごい迷惑かけて、本当にごめんなさい」
そう言うと、陸はその場で深く頭を下げる。
「そうか、俺もついていってやるよ。明日は土曜日で仕事が休みだから。もう二度と万引きとかそんなバカな事はするなよ」
そして、次の日の深夜の2時過ぎ。
病院の207号室の前で、陸と父さんと千佳のお母さんで話し合いをしている。
「俺ちゃんと千佳に謝りたいんです。だから部屋に入れてください」
千佳のお母さんには陸の言葉がまったく響いてないようで聞く耳を持たず、ただ怒りに任せて怒鳴り散らす。
「帰ってください。千佳はこの子のせいで大怪我をしたんですよ。また、うちの可愛い千佳を傷つけられたくないので」
「お母さん、お怒りのお気持ちは分かりますが、陸も今回やってしまった事をとても後悔し、反省してますので、少しだけでも千佳ちゃんに会わしてやってください」
「どんなにこの子が後悔し、反省しても、千佳の怪我は直りません。いいですからさっさと帰ってください。あなた達の顔なんてもう見たくないですから」
陸は深く落ち込み、表情が雨雲のように薄暗くなってしまう。
「そうですか。色々とすみませんでした。陸、帰るぞ」
そう言われても、陸は諦めきれないようで、その場から立ち去らずにとどまる。
そんな陸の姿を目にした父さんは苛立ちを覚え、声を張り上げる。
「陸、いい加減にしろ! この人はお前を千佳に会わせたくないと言ってるんだ。早く帰るぞ」
父さんは陸の腕を強く引っ張り、その場から去ろうとするが、陸はびくとも動かない。
「陸、そんな事しても無駄だ!」
その時、陸は自分が犯してしまった罪の罪悪感と謝りたい気持ちで胸がいっぱいになり、静かに大粒の涙を溢す。
父さんはそんな陸の姿を目にして、陸から手を離す。
どうやら父さんは心変わりをしたようだ。
父さんはまるで最前線で戦っている兵士のような鋭く逞しい表情を浮かべ、お母さんの方をじっと見つめる。
「すみませんが、やっぱり、少しだけでも良いので千佳ちゃんに会わせてもらってもいいですか? 陸にちゃんと謝らせたいので」
お母さんはますます腹を立て、周りの目をまったく気にせずに、怒鳴り散らしながらあまりの怒りで理性を失ってしまう。
お母さんの顔色が唐辛子でも食べたかのように真っ赤になり、手の爪を獣の刃のように鋭くする。すると、お母さんは父さんに対して、殺意をむき出しにして襲いかかる。
「ふざけるな! 私の可愛い千佳に大怪我をさせた悪魔のガキに、千佳に会わせろなんてどの口が言う。このサイコパス一家め! お前達二人も千佳と同じ痛みと苦しみを味わえ!」
しかし、父さんは絶体絶命の危機的な状態にも関わらず、一歩を動かず、冷静だ。
その時、父さんの片手がまるでオーロラのように虹色の光を放ち、そのまま、まるで猪のように突進してくるお母さんの腹に触れる。
「ワープハンド!」
父さんはそう言うと、お母さんが見る見る間に塵になって消え、お母さんはどこかへワープされてしまう。
父さんはまるで何もなかったかのように、冷静に陸をじっと見つめる。
「陸、今のうちだ。早く千佳に謝りに行け。許してもらえるかは分からないだ」
陸は覚悟を決め、一度大きく深呼吸をすると、急いで、千佳がいる部屋に足を踏み込む。
ベッドで横になって、本を読んでいる千佳は、突然部屋に入ってきた陸に気づいた瞬間、手に持っている本を落としてしまう。
千佳はあまりの恐怖で、まるでホラー映画でも鑑賞しているかのように顔色が真っ青になり、体がぶるぶると震え出す。
「何しに来たの? (弱者のフットボール)の最新刊ならあげるから早く帰って」
「違うんだ。俺はただ謝りに来ただけなんだ。これは昨日酷い事したお詫びだ。受け持ってくれ」
陸が手にしている袋を、千佳のベッドの横の机に置く。
千佳は恐怖で怯えながら、意外な陸の行動に興味が湧き、じっと袋を見つめる。
「俺が持っている(弱者のフットボール)1巻から20巻までお前に全部やるよ。本当にお前に暴力振って大怪我させてごめん。謝っても許される事じゃないけど」
そう言うと、陸が深く頭を下げる。その陸の姿を目にした千佳は一気に恐怖が消え、表情がまるで太陽のように明るくなり始める。
「許すよ。でも、その代わり・・・」
陸は突然焦り出し、場所を気にせずに声を張り上げる。
「何でもするよ。パシリでも何でもするよ」
「私が入院している間、家のお手伝いをして欲しいの。だってお母さんもお父さんも共働きで忙しいから。私ができる範囲のお手伝いをしてだけど、しばらく入院しないといけなくって、できないから」
「そんな事なら何ヵ月でもするよ」
千佳は、そんな陸の様子を目にして、手で軽く口を押さえながらスクスクと笑い出す。
「お手伝いをちゃんとするなら許してあげる。あと私には、小学2年生の弟の広がいるけど、わがままだから結構厄介だよ」
そして、約4週間後。
夜の6時半頃。
自宅のリビングでは、父さんが椅子に腰をかけ、手にしている新聞を広げる。
新聞の内容[17日深夜1時頃。東京 十七分地区の銀行に強盗。犯人ら5人のうち1は血者。犯人ら5人は銀行員を脅し、現金約5000万を奪って、車で逃走を企てる。しかし、犯人らは、駆けつけた軍や警察に囲まれ、約30分にも及び、激しい戦闘の結果、犯人ら5人は全員死亡。軍や警察の死傷20名以上]
父さんは、あまりのショッキングな内容を目にして、表情が一気に暗くなり、一度大きなため息を吐く。
「本当に人間がヴァンパイアに変わってから、こんな凶悪事件が増えたな」
そこに、黄色いエプロン姿の母さんが現れる。
「あなた。今千佳ちゃんの家から電話があって、もう日の光が出てるから、陸は千佳ちゃんの家で今日は泊まらせるって」
父さんはどうやら安心したようで、新聞を机の上に置き、表情をにこやかにする。
「そうか。 それにしても本当に良かったな。千佳の怪我が治って。あと千佳の家族に陸がやってしまった事を許してもらって」
母さんは父さんに釣られるようにだんだんとにこやかになっていく。
「そうだね。それに陸も悪い心を入れ替えて、千佳ちゃんの家のお手伝いを頑張ってるみたいだし」
「あの悪ガキも今回の事をしっかり反省して、良い奴に生まれ変わったみたいだな」
そして、その日の夜の7時過ぎ。
人通りが少なく、閑静な住宅街の中に建つ、真っ白で二階立ての家の前。
そこでは、父さんが突っ立っていて、インターホンを鳴らしている。
しばらくすると、インターホンから、千佳のお母さんの声が聞こえてくる。