ヴァンパイアの誕生
そして、4日後。
点滴の落ちる音が僅かに聞こえてくるぐらい静まった病室。
そこでは、ベッドの上で友子が深い眠りについている。
しばらくすると、友子はゆっくりと目を覚ますが、視界がぼやけて景色がはっきりと分からない。
「ここはどこ? そう言えば、私は確か、智也君と一緒に研究していて、薬品が体にかかって・・・」
慣れた手つきで点滴を交換している30代ぐらいの看護師は、友子の意識が戻った事に気づくと、咄嗟に友子のそばに駆け寄る。
「山崎さん、もう4日も寝てたんですよ。あまり体動かさないでください。火傷の部分に巻いている包帯がずれるので」
そう言うと、看護師はベッドの横の机に置かれている鏡を手に取る。すると、看護師は鏡を友子に向け、全体が包帯でぐるぐる巻きになっている友子の姿が鏡に写し出される。
友子は急に辺りを見渡し、目をキョロキョロさせ、ある事が心配で心配で焦りをあらわにする。
「看護師さん、智也君の怪我はどうなんですか? 命に別状はないんですよね?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。松本さんならまだ安静して、入院していますが、元気ですよ」
友子は安心し、一気に体の力が抜け、大きく息を吐く。
「そうですか。それなら良かったです」
そして、約3週間後。
無数の宝石を砕いたような星がキラキラ輝く夜空の下。
顔色が真っ赤で、鼻歌を歌う酔っぱらい達や熱心に声を張り上げて、店のビラを配るアルバイトの人達などが行き交う、賑やかな商店街。
友子と智也はお互い手を強く握り合い、ラブラブなムードを出し、歩きながら会話を楽しんでいる。
「智也君、今日のデート楽しかったね。あと私達早く火傷治って、退院できて良かったね」
「そうだな。でも、まだ変な違和感あるけどな」
その時、周りの人達のガラケーから、一斎に、緊急地震警報のようなサイレンが爆音で鳴り響く。
「緊急情報、緊急情報。ついさっきほど、アメリカ・第13州を発生源とした原因不明のウイルスが猛スピードで、世界各国で流行しています。野外にいる方は速やかに屋内に避難してください」
周りにいる人々は突然のサイレンを聞き、まるで火に興奮した馬のように驚き、声を張り上げる。
「おい、ウイルスってどう言う事だ?」
「ウイルスに感染すると死ぬのか?」
パニックになった人々はまるで激安バーゲンセールが行われているかのように、一斎に、我先に近くの店に逃げ込む。
「お前押すな! 俺も入れろ!」
智也はもちろんまさかこんな事態が起きるとは思ってなかったが、焦りを1つも見せない。智也は冷静に、戸惑う友子の手を取り、近くの店へと誘導する。
「友子、俺達も建物に避難するぞ」
その時、まるで波のような轟音と共に、前から山のように大きな真っ黒な砂嵐のようなウイルスが猛スピードで商店街を飲み込む。
そして、街灯の光も乏しく、一気に辺りが真っ暗になり、情報がまったく把握できなくなってしまう。
「なんだ? 何も見えない。友子大丈夫か? 」
「智也君、真っ暗で何も見えないけど、私なら大丈夫」
その時、辺りが真っ暗でよく分からないが、前から男性の断末魔が聞こえてくる。
「智也君。何、今の声?」
「きっとウイルスに感染して苦しんでいるんだ。早く助けないと」
しばらくすると、前から、まるでついさっきまで全力疾走をしていたかのように息が荒く、汗だくでスーツ姿の30代ぐらいの男性。その男性は酒で酔っ払っているかのようにふらつきながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」
友子はそう呼びかけてもその男性はあまりの苦しさで声が出せない。
次の瞬間、その男性は突然眼光が見る見る間に真っ赤になり、手の爪が獣の刃のように鋭くなり、全身の血管がむき出しになる。
これはヴァンパイアの誕生である。
そして、お父さんの回想が終わる。
「結局、俺と友子はウイルスに感染しなかった。俺達がウイルスに感染しなかったのは、事故で火傷を負った薬品と考えて、俺と友子の二人で熱心に研究したけど、結局、何一つも分からなかった」
ゆいと咲はすっかり食欲が皆無になり、顔色が雨雲のように暗くなってしまっている。
「嫌な事聞いて、ごめんなさい」
「そんな飯が不味くなる話は終わりだ」
「ゆい、咲、ご飯が冷める前に早く食べたいなさい」
ゆいはさりげなく咲の皿に自分の唐揚げをのせる。
それに気づいた咲は、その唐揚げを宝石のようにキラキラさせた目でじっと見つめる。
「お姉ちゃん、この唐揚げ私にくれるの?」
「あげるけど、一個だけだからね」
咲は迷わず唐揚げを一口でほうぼり、あまりの美味しさで幸せでいっぱいになる。
その様子を見ている両親達は自然と笑顔になっていく。
いつも間にか暗い雰囲気から、家族の優しさを感じさせるような暖かく明るい雰囲気に変わっていた。
そして、その日の夜の7時過ぎ。
リビングでは、家族4人揃って、椅子に腰を掛け、笑みを絶やさずに会話をしながら食事を楽しんでいる。
ゆいの目の前にあるのは、夏に咲くひまわりの花びらのような黄色いカボチャとミルクの甘い香りが漂う濃厚なスープ。さらに、そのスープの味を引き立てるために、自然を連想させるような緑のバジルをふんだんに入れ、甘い香りを運んぶ湯気が立ったパンプキンスープ。
ゆいがそのスープをスプーンですくい、そのまま口に入れる。すると、口いっぱいにスープの甘みが一気に溢れ、体の芯まで温まる。
「お母さん、このスープ甘くて、すごく美味しいよ」
ゆいの横にいる咲は一瞬の隙をついて、一口サイズに切られたニンジンをゆいの皿に入れる。しかし、すぐにゆいに感ずかれてしまう。
ゆいはまるで唐辛子でも食べたかのように顔色を真っ赤にして、声を張り上げる。
「コラ、咲! ニンジンが嫌いだからって、私のお皿に入れないの。ちゃんと食べなさい」
「だってニンジン美味しくないもん。だから食べたくない」
その時、突然玄関からドアを激しく叩いているような騒音が聞こえてくる。
その騒音を耳にした家族達はただ事じゃないと思い、驚きながら辺りをキョロキョロと見渡し、不安な気持ちでいっぱいになってしまったようだ。
「お母さん、お父さん、何が起きているの?」
お母さんはほぼ何が起きてるかある程度は想像がついているようだが、恐る恐るリビングの窓から玄関の様子を確認する。
お母さんは目にしたのは、玄関のドアをハンマーなどで破壊しようとしている黒の迷彩服姿で、アサルトライフルなどで武装した厳しい顔立ちの軍人達15人。
「クソ、なんて頑丈なドアなんだ」
「早くしろ! 人間を逃がすな!」
「お前らは他に突入出来そうな場所を探せ!」
「おい、銃でドアを撃って壊すぞ」
軍人達は銃を一斉にドアに向け、激しい轟音と共に弾丸を何十発もドアに撃ち込む。
そんな衝撃的な光景を目にしたお母さんはまるで最初から分かっていた事のように焦らず、静かに一言だけ口にする。
「早く窓から逃げなさい。なるべき遠くに逃げない。私とお父さんは時間を稼ぐから」
お父さんは普段とは想像がつかないような焦りも恐怖も感じさせない逞しい表情を浮かべる。
「そうだ。ゆい、咲、早く逃げろ。俺達なら大丈夫だから」
ゆいと咲は突然の事で何が何だか分からず、今にも泣きそうだが、逃げようとせず、その場にとどまる。
「嫌だ。お母さんとお父さんを見捨てて逃げるなんてできないよ」
その時、お母さんはこんな危機的状態にも関わらず、太陽のように暖かく明るい笑みを浮かべて答える。
「私とお父さんはゆいと咲の事が本当に可愛くて大好きだから守りたいの。だから私達の事はいいから早く逃げなさい。お願いだから」
ゆい達二人は何も言い返さず、優しい涙を流しながら、急いで窓から逃げ出す。
しばらすと、玄関から聞こえていた銃声が鳴り止む。どうやらドアの破壊に成功したようで、軍人が家に流れ込む。
「人間を探せ!」
両親達はリンビンにあった包丁を強く握る。
「あなた、あの子達ちゃんと逃げれたかな?」
「大丈夫だろ。ゆいはしっかりしてるから、俺と違って」
「リビングにいるぞ!」
その時、軍人達がドアを簡単に蹴りで破壊し、リンビンに10人程度の軍人達が流れ込んでくる。
両親達は覚悟を決め、軍人に向かって包丁を向け、殺すような勢いで突っ込む。
「俺達ヴァンパイアに人間が勝ってると思うな!」
両親達は逆に軍人達に銃で強く殴られ、その場に倒れ、気を失ってしまったようでびくとも動かない。
しばらくすると、大西中佐はタバコの霧のような煙を大きく吐きながら現れる。
「おい、あと二人の人間はどこにいる?」
軍人達は言いたくないようでなかなか口にしないが、大西中佐の獣のように鋭い眼光を、目にして怯え、一人の軍人が重い口を開く。
「すみません、大西中佐。家中探しましたが、あと二人の人間が見つかりません」
その時、大西中佐は表情を一つも変えず、無表情のままで殺意を感じさせるようなオーラを出す。すると、大西中佐はカラスのような漆黒の爪を生やし、その軍人の首根っこを強く掴み、爪をその軍人の顔のギリギリまで向ける。その軍人はあまりの恐怖で体がブルブルと震え、言葉が出てこない。
「お前ら、何ヘマしてるんだ! 何かのアクションゲームと勘違いしてるのか? ふざけるな! これは人間を確保する重大な任務だ。任務はゲームと違って、失敗してもコンテニューできないんだぞ。もういい、残りの人間二人はそんなに遠くに行ってないはずだ。必ず確保しろ」
そして、家の近くの人通りがまったくなく、街灯が少ないため薄暗く、遠くからパトカーのサイレンの音がよく聞こえてきて、車がやっと一台通れるぐらいの住宅街の狭い道。
咲とゆいは裸足のため足の裏が傷つき、流血している。しかし、ゆい達二人は痛みを必死に我慢し、軍や警察から逃げるために必死になって、息を上げながら走っている。
「咲早く!」
咲は痛みに耐えきれず足を止め、その場でひざまずく。その咲の姿を目にしたゆいは悲しい気持ちでいっぱいになってしまう。
ゆいは別に怒っている訳ではないが、顔色が真っ赤になり、涙を流しながら咲のそばに行き、声を張り上げる。
「咲、何やってるの? 早くなるべく遠くに逃げるよ!」
「お姉ちゃん、足が痛くて、もう走れないよ。だから私を置いて逃げて」
ゆいの悲しい感情が爆発してしまい、つい咲のほっぺたをパーで軽く叩いてしまう。
「バカ! そんな酷い事できる訳ないでしょ。咲、肩貸してあげるから早く逃げるよ」
その時、ゆい達二人の頭上から、カラスのような真っ黒な羽が何枚かヒラヒラと落ちてくる。
「カラスの羽?」
ゆいはそっと後ろを振り向く。そこには大西中佐がタバコの嫌な匂いがする霧のような煙を吐きながら、ゆい達をまるで虫けらのように冷たい目線でじっと見つめている。
「見つけたぞ、人間」
ゆいは涙を止め、覚悟を決めてると、近くに落ちていた棒を強く握りしめ、立ち上がる。
ゆいはまるで別人のようなオーラを出すが、本心は恐怖で今すぐにでも逃げ出したい。
「俺とやる気か? 体が震えてるぞ」
「咲早く逃げて、早く!」
咲は今の状況が理解できず、パニック状態でただ涙を流す事しか出来ない。
「でも、お前は偉いぞ。まさかこんな状況になるとは分かってなかったはずのに、必死に妹をお守り、勝ってるはずもない俺に立ち向かう。お前らの両親も子供を守るために勝てるはずもない軍人に覚悟を決め、立ち向かった。お前とお前の両親がした事は何も間違っていない。むしろ、俺の部隊の平凡な軍人達と違って、素晴らしい行動だ。大切な物を守ろうとしたんだからな」
大西中佐はそう言い終われると、突然背中から2メートルはあると思う、まるでカラスのような黒い翼を生やす。すると、大西中佐はまるでジェット機のような早さで、ゆいに向かって飛び掛かる。
大西中佐はゼロ距離から、ゆいの腹に強烈なパンチを入れる。ゆいは気を失ってしまったようで何も言わず、白目を向く。
「お姉ちゃん!」
冷酷な大西中佐はゆいを気絶させたと思うと、迷わず、同じ風に高速で咲に近づき、咲も気絶させる。
「でも、俺にはお前らを確保する任務がある。だからお前らに情けをかけるつもりなど一切ない」
そして、ゆいの回想が終わる。
「そして、目が覚めると研究所に居て、手足を拘束されていて、それから・・・」
陸は、記憶を思い出す度にだんだんと顔色がまるで雨雲のように薄暗くなっていくゆいの事を思い、頭を優しく撫でる。
「もういい、もう十分かった。思い出すのは辛いなら、もう言わなくても良い」
ゆいは陸の優しさと暖かさを感じ、頭の中の嫌な記憶が真っ白になる。
その時、一階からお母さんの大きな声が聞こえてくる。
「陸、ゆいちゃん、ご飯できたわよ」